がまん、がまん
自信に満ちあふれた風色のロングヘアー。今日は春夏秋冬のすべての色がまざったすてきな色です。
その上にちょこんと生えている、緑の可愛いふたば。
空と海をよくばった瞳と、きゅっとむすんだ小さなお口。
砂漠のきびしい日差しに負けないように、マフラーや手ぶくろはふくろにしまい、いつもの白のワンピースだけを身にまとっています。
昔とちがうのは、背中に虹色にかがやく、すきとおった大きな羽があること。
緑の妖精のフラハは、大きなふくろを「どっこいしょ」と砂の上へとおろします。
見わたす限り、黄色、黄色、黄色。砂でできた丘がずーっと向こうまで連なっています。
砂以外では切り立った大岩や、ひび割れた地面というとてもさびしい景色。
風が吹けば砂ぼこりがうずまいて、小さなオアシスでは丘によく似た背をしたラクダが、がぶがぶと水を飲んでいます。
とうとう、帰ってきたのです。
フラハは、何も知らずにこきつかわれてきた、砂風の吹くこの黄色の丘に、もどってきたのです。
「あら! どこかで見た顔ね?」
どうやら、感傷にひたるひまもあたえてくれないようです。
足元に耳の大きな白い子ギツネのようなけものがいます。
「あなたは、おすましフェネックね」
「そういうあなたは、砂の妖精のフラハじゃないの。ずっと見かけなかったけど、どこに行っていたの?」
フラハは質問に答えようとしましたが、フェネックは自分のしゃべりたいことを続けました。
「長老ガラガラヘビが、あなたのことをさがしていたわよ。あなたがいないせいで、わたしがお説教をたっぷりと聞かされたわ。わたしって、耳が大きいから、お説教もうるさくてこまるのよ。それから、いじわるサソリにもさされたし、文句たれラクダのミルク運びまでやらせられたの」
「わたしのせいで、ごめんね」
「一回だけだけどね。二回目からは、逃げてやったわ。だって、わたしの仕事は、いつも可愛くいられるように、毛皮をつくろうことだけだし」
フェネックはすまして前脚の毛皮をなめています。
「じゃあ、わたしの代わりは、だれがやっていたのかしら?」
「知らない。わたしって、もともと自分のことは自分でできたし。それより、あなた、髪の色が前とちがうわ。それ、わたしの百万ぶんの一くらい、可愛いわね」
フェネックはそう言うと、フラハにしっぽのほうを向けて、思いっきり砂をけってあびせました。
フラハはすっかりと砂まみれです。
「そっちのほうが、ずっと似合ってて可愛いわ。わたしの一億ぶんの一くらいね!」
フェネックはフラハをあざ笑い、楽しそうに砂の上をはねながらどこかへと消えていきました。
「やれやれ、相変わらずだわ」
本当はくさったラクダのミルクにしずめてやりたいところでしたが、ぐっとがまんです。
フェネックは自分が世界でいちばん可愛いと信じているようですが、緑の丘には同じくらい可愛い生き物がたくさんいますし、性格の問題までふくめて考えれば、どちらかというとぶさいくに入る子でしょう。
まあ、あの子はフラハに対していじわるだったというよりは、だれに対してもああですし、かのじょの言う通り、それほどフラハに仕事を押し付けたりしていなかったので、序の口です。
フラハは水筒の水を一口飲むと、オアシスに向かって歩き始めました。
“文句たれラクダ”にも会っておきましょう。
フラハは正直に言って、関わりたくありませんでしたが、広い砂漠でかのじょを見つけるのは骨ですし、入ってすぐ見つかったのは幸運といえるのです。
昔は、ミルク運びのために暑い中ラクダをさがして、干からびそうになったことが何度もありましたし、会えるうちに会ったほうがよいわけです。
「おひさしぶりです。ラクダさん……って、きゃあ!」
フラハはさっそく悲鳴をあげました。なぜって、髪の毛にかみつかれたからです。
「もう! ちっともおいしくないじゃないかねえ!」
「もう、はこっちのせりふよ! いきなり、なんてをことするの!」
「草がしゃべったよ。おいしそうなふりをして近づいてくるなんて、なんていやみな草なのかね!?」
どうやら、フラハの髪を草だとかんちがいしていたようです。
ラクダは口をもぐもぐさせながら、フラハのことをねっとりと観察します。
「ああ……。砂の妖精のフラハじゃないかい。まぎらわしいことをしないでおくれよ。あたしのきげんをそこなったら、どうなるか分かってるだろう? ミルクがもらえないとこまるくせにさ」
でました。お得意の文句です。
「ごめんなさい……」
フラハはつい、謝ってしまいました。昔のくせというやつです。
よくよく考えると、よく見なかったラクダが悪いのですし、別にラクダのミルクがなくてもこまらないのですけど。
「それにしても、ひさしぶりだねえ。ミルク運びをさぼって、どこをほっつきあるいていたんだい?」
「緑の丘です」
「あの緑の丘! ……ってどこだい? その髪に緑色の部分があるのも、緑の丘に行ってたせいかい? さぞかし、まずい草がたくさん生えているところなんだろうね」
「そんなことありません。緑の丘はすてきなところです」
「別に聞いちゃいないよ。同じ緑なら、とげとげサボテンをかじるほうがよっぽどましってもんさ」
ラクダは口をくちゃくちゃさせ、つばをはきました。砂の地面に落ちたつばには、さっきかじられたフラハの髪が少しまざっています。
たくさんはかじりとられなかったようですけど、頭をさわったらべちゃべちゃです。
まあ、髪についてはひがいは小さいですし、カルヴィーツィエさんにむしられるのとくらべたら百万ぶんの一くらいのもんです。
フラハはそれよりも、見たこともないくせに緑の丘をばかにされたことに腹が立ちました。
でも、ここはがまんです。
「わたしがいないあいだ、だれがミルク運びをしていたの? あなたがとどけてくれたの?」
「はいぃ? ただでミルクを出してやってるのに、あたしがとどけるわけがないだろう。みんな、自分で取りに来たさ」
「じゃあ、だれもこまらなかったの? みんな、自分のことは自分でできるようになった?」
それは、ちょっと良いことかもしれません。
砂漠のみんなは手伝わせすぎでしたから。
「こまったから自分で取りに来たんだろうが。あたしだって、こまったったらないよ! あんたが運んでいたときは、一回でまとめてすませられたのに、てんでばらばらに取りにこられるもんで、あたしは毎日百回は返事をしなきゃならなかった。そのうえ、ヘビやサソリは、取り置きのミルクだと、くさってまずいとか言って、かんだり、さしたりしてくるんだよ! おかげで、こぶがこーんなにはれあがっちまった!」
こぶはもともとですけど、フラハは「ごめんね、痛かったね」と言ってなでてやりました。
するとラクダは、「なでかたに心がこもってない!」なんて言います。
フラハのなでる手がいっしゅん、「グー」になりましたけど、がまんです。
みなさんも、腹が立ってきましたか? ココロ先生の顔を思いうかべて、深呼吸をしましょう。
まだ落ち着きませんか? こぶしが「グー」なら、ココロ先生のお昼寝顔も「ぐう」です。なんちゃって。
「で、今日は運ぶのかい? もう昼間だから、すっかりくさっちまってるけど」
ラクダがあごでしゃくった先の地面に、黄色い池のようなものがあります。取り置き用のミルクだめです。
「今日はちがう用事で来たの。あなたは、もう少し親切にしたほうがいいってことを教えにね」
「へえぇ!? それは見上げたこと! あんたが親切にしろっていうのなら、あたしはよろこんでそうしてやるよ!」
「本当!?」
これは予想外です。フラハはむかむかしていたのが一気に消えてなくなりました。
「あんたにプレゼントを用意していたんだよ。あのミルクだまりの向こうのくぼみを見てみな」
プレゼント! なんでしょう? フラハはくぼみまで急いでかけていき、のぞきこんでみました。
すると、いきなり背中が「どんっ!」と押されて、フラハはくぼみの中へ落ちてしまいます。
すりむいてしまうかと思いましたが、なにやらべちゃべちゃしたものがクッションになってくれました。
「それは、あんたのぶんのミルクだよ。あんたがいなくなった日から、ずっとためておいたのさ。親切なラクダおばさんの、最高級チーズをめしあがれ!」
船酔いのお客さんとおならの妖精を百人集めたくらいにひどいにおいです!
フラハはいよいよ文句を言ってやろうとしましたが、息をすいこんだら言葉ではなく涙とおえつが出てしまいました。
「昼間は日差しがひどいからねえ。冷たい砂で頭を冷やすといいさ。ぺっぺっ!」
なんと! ラクダのやつはくさったチーズに落ちたフラハに砂とつばをかけ始めました。
なんてひどいやつなんでしょう。
「よくお聞き。これまであんたにミルクをやってきたということは、あたしは母親と同じようなもんだ。それを仕事をさぼってほっつき歩いて。まったくの恩知らずだよあんたは!」
フラハは、どろどろになりながらも、「そうそう、毎日こんな感じだったわね」と昔のことを思い出していました。
当然、こんなことをされればいかりくるうか、泣きさけぶかするものですが、当時のフラハは「ごめんなさい」と謝っていたのでした。
それを思うと、当時の自分が置かれていた境遇がいかにひどいものだったか分かるのですが……フラハはなんと、「ゆるすべき。それがふつうだと考えた自分も悪かったのね」と納得してしまいました。
やっとのことでくぼみから出ると、ラクダはすがたを消していました。
フラハの心はすっかりとしおれてしまっています。
とりあえず、オアシスから水を借りて髪や身体に付いたよごれを洗い流します。
本当に腹が立ったのですが、日記を開いて「どんなにおこっていても、人に見せてはだめ」と書きこんでおきます。
やはり、早急にこの黄色の丘を緑化して、豊かにしてしまったほうがよいでしょう。
ここにある緑といえば、オアシスにたまに生えてるけちくさい雑草か、とげとげサボテンくらいのものです。
そんなだから、みんな心にゆとりがないのです。
「あら、うわさをすればなんとやらね」
黄色だらけの景色の中に、“緑がつっ立っている”のが見えます。
細かいとげをびっしりと生やし、枝分かれをした体がまるで片手を上げてるような格好に見えるサボテンです。
フラハは、これまでサボテンと口をきいたことがなかったのを思い出します。
あのころは、緑の妖精の力に目覚めていなかったので、声も聞こえなかったのでしょう。
「こんにちは、“とげとげサボテン”さん」
『おれにさわるんじゃねえ!』
おお、サボテンの声が聞こえました。
「さわらないわ。もし、お願いがあるなら、何かおてつだいをするけれど。種をどこかすてきなところに運んだりしてほしくない?」
『おれに、さわるんじゃ、ねえぜ!』
また同じことを言います。
「あの、お願いは……」『おれにさわるんじゃーぁ、ねえぜっ!』
三回目です。
『いいか? ぜったいに、おれにさわるんじゃねえぞ?』
「だれがさわるもんですか」
変なやつです。フラハはほっといてガラガラヘビの家へ向かうことにします。
『おい、まてよ』
「なあに!?」
『ぜったいに、おれにさわるんじゃねえぞ?』
なんだかもう、ぎゃくに「さわれ」と言ってるような気がしてきます。
フラハはサボテンに近づいていきました。
『おーい、おいおいおい! よるなさわるな近づくな! ちくっとするぜ! 手をのばして、そっとおれのことを、さわったりするんじゃあ、ねぇ~ぜっ!』
フラハは手をのばして指先でそっとさわってみます。
もちろん、ちくりとして痛いです。
『な? あんなに言ったのによ……。けがするんじゃ、ねえぜ』
何が、「な?」なんでしょうか……。
どうやらここは植物までひねくれてしまっているらしいです。
フラハはこのひねくれサボテンもひっぱたいてやろうかと思いましたが、おばかさんではないのでたたきませんでした。
がまん以前の問題です。
「さて、本番はこれからよ」
ここに来るまでにも、さんざん痛い目にあって、すっかりくたびれてしまいましたが、砂漠にはもっと面倒なやつがいます。
まず、フラハは、“いじわるサソリ”を……無視しました!
サソリは相変わらず、だれかをさしてやろうとえものをさがしているらしく、でたらめに砂の中をとげでさして回っています。
こうすると、たまに砂の中で寝ているトカゲの頭にささっておどろいて、大笑いができるというわけです。
さすがにこいつの相手はしていられません。
フラハはこいつにおてつだいを何度もじゃまされていたので、いちばんひどくて謝ってほしい相手ではありましたが、こいつにさされると半日は起き上がれなくなるうえに、こいつの気分次第では、寝ているときにも何度もさされてしまい、一週間くらい経ってしまうこともあるからです。
そうなると、一週間ぶんのおてつだいがとどこおって、文句やお説教、いじわるも一週間ぶんまとめていただくことになりますし、何より干からびてしわしわになります。
長老ガラガラヘビのほうがよっぽどましというものです。
あいつも、お説教に何日も付き合わせますが、お説教は岩でできた屋根のある“長老のほらあな”のすずしい日かげで行われますし、おしゃべりには喉がかわくのでお茶も出されます。
お茶といっても、とげのういたサボテンジュースですけどね。
かくれるものの無い砂漠でしたが、フラハはまったく音を立てずに走りぬけてサソリをやりすごしました。
これは、リーデルくんたちとの外遊び――かくれんぼや、かけっこ、だるまさんが転んだ――で、きたえた技です。
それから、フィーユちゃんとの演劇でやった“空気ごっこ”で学んだ、“空気の気持ち”を思い出して、かんぺきに気配を消したのもこうをそうしたのでしょう。
ニンジャの妖精フラハさんとよびたくなる妙技ですね。
「あばよ、いじわるサソリさん。あなたとは、森ができてから話をつけましょう」
フラハは、ちょいと船長のサングラスをかけて、せりふを決めてから立ち去りました。
さあ、いよいよ長老ガラガラヘビの家に着きましたよ。
フラハは重たいふくろを一度おろして、ちょっと休憩をしてから、長老のほらあなをたずねます。
「おひさしぶりです、長老さん。緑の妖精のフラハです!」
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☆妖精の世界のひみつ、その二十九☆
「王さまから聞いたのだけど、ずっーと昔には黄色の丘にも妖精が何人もいたらしいわ。みんな、出て行っちゃったみたいだけど」




