【後日談】 その4 ☆ハロルド視点
「結婚するまでダメだと言ったはずだ」
ジオルドは神妙な顔をしている。
「父上、申し訳ありませんでした」
俺は今、ジオルドを叱っている。
ジオルドの従者から、ジオルドがマリーにキスをしてしまったと報告を受けたのだ。
ジオルドも婚約者のマリーもまだ12歳だろう?
ませ過ぎだろう、ジオルドよ!
俺なんかカトリーヌにキスしたのは結婚式当日の夜だぞ! 初夜にようやく初めてのキス! まあ、そのままキスの先もしたが……
「ジオルド。お前、まさか無理やりしてないよな?」
「まさか! ちゃんとマリーは承諾してくれました」
「マリーには気持ちを伝えているのか?」
「はい! この前父上に言われてから、自分の素直な気持ちを言葉にするようにしています」
「どんなふうに言っているんだ?」
「えーと、『僕の可愛いマリー、大好きだよ』とか『マリーのことずっと大事にするよ』とか『マリー以外、何も要らないんだ』とか『マリーは僕の女神だよ』とか『僕が一生マリーを守るからね』とか、そんな感じです。遠回し過ぎますか?」
どこが遠回しなんだ!?
ジオルド、お前すごいな!
俺なんか、自慢じゃないが10代の頃は酷いもんだった。
カトリーヌのことが好きでたまらないのに優しくできないし、カトリーヌの気を引きたくて意地悪をして嫌われて、焦って心にもない言葉をぶつけて更に嫌われて……空回って拗らせて……カトリーヌは俺のせいでどれだけ傷ついただろうか?……はぁ、今思い出しても自分で自分がイヤになる。
結婚してから、昔のことをカトリーヌに謝って彼女は許してくれたけど、でも少女時代のカトリーヌを傷つけたことは取り返しがつかない。俺のせいでいっぱい泣いたんだろうな。昔の俺を殴ってやりたい!
「父上、やっぱり結婚するまでダメですか?」
「ダメだ! 『今度からは実力行使してもいいから止めろ』と従者に命じた。マリーを大事に思うなら我慢しろ!」
「父上」
「なんだ?」
「美しい花を大切に守りたい気持ちと、手折って自分のものにしたい気持ちがせめぎ合うんです」
ジオルドよ、お前は12歳のくせに何ということを!
「花を手折る」とか意味わかって言ってるのか?
わかって言ってるんなら恐ろしいな、おい。
そろそろ、そっちの教育もしないとまずいかな?
俺は初夜までキスすらしたことのない純情ボーイだったというのに、一体誰に似たんだ?!
父上か? 兄上か?
そうだ! 忘れてたけど、我が王家は色好みが多かった!
これは至急、ジオルドに教育を施したほうがいいな。マリーに手を出したら大変だ! カトリーヌにも相談しよう。
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一緒に執務をしている兄上が暗くてウザい。王太子がそんな顔してると周りが気を遣うだろうが!
「兄上。その暗いオーラ何とかしてください。周りの者が困惑してますよ」
「ハロルド……妻が怒ってる。ついでに古くから居る側妃や愛妾も怒ってるんだ」
「それは、兄上が若い愛妾をどんどん”蝶の宮”に連れて来るからでしょう? これ以上増やしてどうするんですか?」
「ちゃんと全員の相手をしてるぞ」
えーっ!? 兄上、どんだけ体力あるんですか?!
「さすがに疲れませんか?」
「全然! ハロルド、お前は真面目だな。いまだににカトリーヌだけなんだろ? せめて2~3人でも側妃か愛妾を作ればいいのに」
「俺はカトリーヌしか要りません!」
「……うーん、まあ確かにカトリーヌは魅力的だけどな。あの気の強そうな目で睨まれたいなー。できれば罵ってほしい。あ、ヒールで踏み付けてもらうのもいいな」
「兄上! カトリーヌに近寄ったら殺しますよ!」
「そこはせめて”幽閉”にしてくれよ。兄弟だろ?」
「はぁ~、全く兄上は……冗談言ってる場合じゃないんですよ! さあ、仕事してください!」
「はーい!」
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夏の宮にて。
夜、子供達が眠りについた後、カトリーヌと二人で語らう。
「兄上にも困ったもんだ。”春の宮”も”蝶の宮”も雰囲気は最悪らしい」
「また若い愛妾が増えたと、王太子妃殿下が怒っていらっしゃいましたわ」
「俺には兄上の気持ちが全然わからないよ」
そう、5歳の時から32歳になる現在までカトリーヌ一人しか好きになったことのない俺には兄上の気持ちはわからない。
でも、ずっと好きだったけど、俺がカトリーヌに気持ちを伝えて優しく出来るようになったのは、結婚してからだもんな。遅い! 遅すぎるだろ! 俺のバカヤロー!
「カトリーヌ、すまなかった」
「何のお話ですか?」
「10代の頃、お前をたくさん傷つけた」
「もう何十回も謝っていただきましたわ。ハロルド様、いつまでもお気になさらないで。私の方こそハロルド様に暴力を振るって騒動を起こして申し訳ございませんでした。」
「そのことはもういいって前にも言っただろ。あれだって元はといえば俺のせいだしな。レイモンドに嫉妬して俺がお前に酷い事を言ったせいなんだから。なんで俺はあんなに捻くれたガキだったんだろうな? 最近ジオルドが大きくなってきて、あの頃の俺に容姿が似てきたからか、やたらと自分の10代を思い出すんだ。お前を傷つけてばかりだったあの頃を……」
カトリーヌはそっと俺の胸に頬を寄せた。
「ハロルド様、昔のことですわ。本当にもう気に病まないでくださいませ」
「カトリーヌ……」
「ジオルドから聞きましたわ。ハロルド様はご自分の反省を踏まえてジオルドにアドバイスなさったのでしょう?」
「ああ、でもあいつはすごいな。どこで覚えたんだっていう歯の浮くような愛の言葉は囁くし、キスはしてしまうし……」
「ジオルドはハロルド様の少年時代とはまた違った意味での”困ったちゃん”ですわね」
「12歳のくせにませ過ぎなんだよ、ジオルドは」
「マリーちゃんに手を出したりしないように教育しませんとね」
「ああ、そのつもりだ」
俺はカトリーヌを抱きしめる。
「愛してる。ずっと俺の側にいてくれ」
「たぶん……ずっとお側におります?」
「『たぶん』とか言うな! あと何で疑問形だ?!」
俺達は顔を見合わせて笑った。
「懐かしいな。その台詞」
「よく覚えていらっしゃいましたね?」
「カトリーヌが俺に言った言葉は全て覚えてるぞ」
「相変わらずハロルド様は重いですわね」
「言っただろ。『俺の愛は深くて重いぞ』って」
「そうでございました」
カトリーヌが可笑しそうに笑う。
31歳になっても少女時代と変わらぬ気取らない笑い方。
いつまでも見ていたくなる笑顔。
カトリーヌ。お前は俺の全てだ。
完
最後までお付き合いいただきありがとうございました。




