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 そんな風に言えなかった別れの言葉に思いを馳せる。今日は逃避の多い日だなと、頭の中の俺が一人ごちていた。


「ってか絶対にお前があそこに1本無駄な線を描いたせいだぜ!だからこんなのが来たんだよ」

「えぇ?でもトゥーリだって変なラクガキ描いてたじゃん。『こっちの方がイカしてるぜ!』ってさー」

「あれは必要だった」

「なら僕のも必要だった」

「じゃあ仕方ねーな!」

「ちょっと待て、何だその残念な呼び出し方は」

 仕方ねーな、じゃないだろっ。


 思わずツッコんでしまったが2人は気にした様子なく、顔を合わせてゲラゲラと笑い声をあげ続けた。ただでさえ現実を受け入れていないというのに、新たに知らされた事実に頭が痛くなる。

 しかし、そこではたと気づいた。もしかしてこれはチャンスではないだろうか?


 見ている限り2人は呼ぼうと思って俺を呼んだわけでない。そして召喚というものには必ず契約があり、小説や諸説を読んだ中ではこれを交わさなければここに留まる必要は無いのだ。

 ならば早々に話を進めて元の場所に戻してもら……――――


「いやぁ、でも散々失敗したから成功しただけマシか。何体かは死んでたからごみ捨て場に投げる始末だったしな」

「それね!まあ気にいったのもいなかったし、帰す分の力を使わなくてラッキーと思っとこうよ」


――――ダメだ、全く期待が出来ない。


 身震いが、止まらない。しかし現実は非常で、「かなめのトゥーリがいても失敗するんだから、やっぱり難しいねー」と言う鹿の言葉が期待の二文字に更に追い打ちをかけた。お前がかなめなのか……。

 もはや息をしなくなった期待を胸に、ひとまず返還が危険である事は理解した。物語のようにそううまく帰してはもらえそうにないのだと。

 ならば、次に取る行動はひとつだ。


(……逃げるか)

 帰れないと決まれば、立ち去るのが得策だろう。思っていたものが呼べた訳でないなら俺への意識も少ない。現に2人はいま笑っている。

 外界がどんなものかは知らないが何もせぬままに死ぬのも癪だ。

 意識が逸れているうちに、ここから立ち去るのがきっと最善――――


「ちーっす!あれ、2人共まだやってたの……ってわああぁぁ人間がいるうぅぅぅぅ!?!?」


――――と思った矢先に退路が絶たれるだなんて一体誰が思いつくだろうか?


「何で人間がいるんだ?!すげぇの呼ぶって言ってなかった?」

「トゥーリと僕がラクガキして、」

「すげぇの来いって願ったらアレが来た」

「ラクガキだけにガキが来たってか?」


「「お、うまい!!」」


 何もうまくねぇ。深く……深く息を吐く。

 目の前で繰り広げられる緊張感の欠片も無い会話に激しい脱力感がのしかかる。上機嫌に鳥と鹿にハイタッチを交わす男は馬面の……まさに言葉の通りの馬頭の男だった。馬だけにうまいってか?馬鹿野郎。


 黒っぽい体毛に短い金のタテガミ。爛々に輝く金の目が快活そうな雰囲気を纏わせる。背格好は2人とは対象に大柄で緑のダボついたズボンに襟付きのシャツを肘まで捲っていて、捲った腕の色は日焼けなのか褐色だった。

 その腕は土に汚れ、片手には草。もう片腕には……。


「毛玉……?」

 長く大きな布を纏い垂らす真っ赤でモサモサとした毛玉が抱えられていた。その毛の至る所に草花を散らし、床にパラパラと落としながら。


「なんだ、あれ?」

「ねぇ人間、名前は何て言うの?」

 ドキリと心臓が跳ねる。突如近いところから話かけられ、素早く見ればいつの間にか鹿がそこにいた。

名前……だって?

 じりじりと後ずさると鹿男はパタパタと手を振った。


「そんな身構え無くても大丈夫だよ。ね、人間は必ず名前を持ってたよね?」

「なーんだまだ自己紹介もしてなかったのか?てっきり終わってたのかと思ったぜ!」

「あー……忘れてた」

 忘れるな。


「はぁ……あるにはある。だが、人に名前を聞く前に応えるのが礼儀だろ?」

  切り返しとしては苦しいかもしれないが先も考えた通り、俺は召喚された身だ。名前を明かす事で不利にならないとは考えられない。ならば先に名前を聞いておくのが得策だろう。

 ただこの返答でこいつらの機嫌が悪くならないとも限らない。もしそうなるのなら早めに逃げる事を考えて……


「なるほどな、一理あるぜ!!」

 あるのかよ。


「それもそうだね!じゃあ、誰から聞く?」

 しかもその決定権、俺にあるのか。

 呆れる間もなく3人が手を上げた。俺を指せと言わんばかりに勢いのある挙手にこけそうになったのは言うまでもない。おい鳥……お前も大人しく上げるのか……。

 ため息が出た。とりあえず先程から話を聞いてくれる鹿男を指す。指された鹿は咳払い1つ、それから楽しそうな声色で口を開いた。


「僕の名前はビーノ!城の清掃や環境管理をしてるよ。好きなものは花と魔王様と僕自身!」

 花に鹿。黙ってればかっこいいのに、どことなく残念さに鹿島を思い出す。

 さらりと出された“魔王”の単語に、いるのか……と、静かに絶望感が歩み寄るのを感じた。歩みを止めてほしい。


「チャームポイントは立派な角!!そして――――」

 ?そして?


「難点はこの角のせいでカーテンや花瓶を割っちゃう事だよ!」

「折ってしまえそんな角!!」

「それな」

「分かる、それな」

 自身の胸に指を立てて自慢げな顔のビーノ。だから角を褒められた時に上機嫌だったのかと納得していたらとんでもない汚点をあげてきた。口を揃えて笑い出した鳥と馬にビーノが角を刺す。

 普通に痛そうだった。馬鹿野郎。


「じゃあ次は俺!俺はニック!この城の警備と城の庭仕事をしてるぜ!」

 刺された事を気にした様子なく続いたのは馬、こと、ニックだった。大柄におおらかさを兼ね備えた雰囲気に馬場の姿が重なったのは言うまでもない。


「好きなのは魔王様と美味いもの!そして――――」

 ……そして……?


「短所は道草食うのと畑に植えたばっかの草を食っちゃう事だ!!」

「食うなよ!?」

 言いながら片手に持っていた草を食べ始めるとおかしそうにニックは笑った。いまかよ。


「って、ニック!それさっき僕が飾ったばっかの花じゃん!?」

「まじかよ。花無かったし、花瓶落ちてたから……あと腹減ってたし」

「なら仕方ないね。鹿だけに!!」

「おう!この花マジで美味いぞ!馬だけにな!!」


 植えた物を食べ、飾った物まで食べられて仕方がないで済ませられるビーノの器の大きさに拍手を送るべきか。それとも笑って事を済ませられるニックにある種の凄さを賛辞するべきか……なんにせよ、もう一度言わせてほしい。

 馬鹿野郎……。


「最後はこの俺様だ!天才にして最強の――――「トゥーリだろ。あー、とりあえずよろしくな二人とも」――――聞けよっ!あと俺様だけ勝手にはぶくんじゃねぇ!!」

 トリを飾ろうとした鳥男が喚く。デジャヴを感じたのは言うまでもない。


「散々名前は聞いていた。間違っていないだろ?」

「間違いだとか何だとかの関係じゃねぇ!自己紹介ってのは初めが肝心なんだよ、いいから聞けっ」

 フンッと鼻息強く、そして威圧するように胸を張るとそのクチバシ大きく口を開いた。


「俺様の名前はトゥーリ!!“魔王国”の情勢管理を任され、魔王様の一番の側近!天才にして最強のリーダー、城で一番すげぇ奴とは俺様の事だぜ!!」

 どうだと言わんばかりの態度と自信に満ちた声。そうかそうか……――――で。


「短所は?」

「3歩歩くとっ、大事な事を忘れることだっ!!」

「「ウェーーーイ!さっすがトゥーリ!!」」

「もうお前ら仕事辞めちまえっ!!」


 思わず叫ぶ。腹を抱えて笑い出した3人にもう何を言っていいのか分からない。

 本当にそっくりだ。デジャヴもビックリな異世界版の鳥居達だ。馬・鹿・鳥で見事な3馬鹿鳥男さんばかとりお。そっくりすぎて、頭が痛い。

 

「…………ん?」

 すると足元を何かがつついた。目を落として、少し驚いた。


「……………………」

「…………おう……」

 毛玉がいた。動けたのか……お前……。

 先程までピクリとも動かなかった毛玉は何やらモゾモゾと動くと、その毛の間にズボンの裾を何度も引いた。チラリと3人に目を向けるが気づいた様子は無い。抱いていたはずの馬ですら草を食むだけで、バカ話にゲラゲラと声を上げていた。おいこら。

 何が言いたいのかは分からないがとりあえず拾い上げてみる。特に抵抗する様子なく拾い上げられた毛玉は腕の中にすっぽりと収まるとスンスンと鼻を鳴らした。

 真っ赤で艶のある毛並み。付いてた草を払うと所々から羽が隠れ見えた。


「……鳥か?」

 だが鳥が鼻をこんな風に鳴らすとは思えない。ひとまずその顔を見ようとスンと鳴らす、恐らく顔である毛を掻き分けた。


「――――っ!?」

 息を呑むとはまさにこの事を言うのだろう。

 掻き分けた先に出てきた顔は、何とも例え表せない美少女だった。

 子供独特のふっくらな頬に、柔らかな色味の乗った小さな口と白い肌。こぼれ落ちるのではないかと思うほど大きな目には紫水晶の様に綺麗な瞳。穏やかで、何処と無く曖昧な目が少女の風貌を更に魅力的なものに引き上げた。

 髪から除く幾枚かの羽が少女を異質なものだと示し、しかし、より一層の神秘さを纏わせる。


「…………」

「…………」

「…………よう」

「…………ぴぃ」

 鳴いた。鳥だ。

 ひとまずもう一度髪をかけておく。目が焼けそうだ。


「あっ!てめぇなに勝手に触ってんだよ!!」

「なにって……毛玉の、美少女?」

 そう答えると張り手がとんできた。とりあえず避けておく。


「よけんなっ!!」

「避けるに決まってるだろ。殴られる理由がないのだから」

「てめぇがふざけた事言ってっからだろ!どこ見て毛玉言ってやがる!!目ん玉引っこ抜いてもっとよく見やがれ!!」

「鳥目なのかお前?こいつに決まってるだろ」

 それと、目を引っこ抜いて見れるなら存分に見せてみてほしいところだ。人類に前例がない。


「このガキが……いいか、よぉーく聞け!その方こそ、不死にして頂点!生命の原点を司る俺らが敬愛!!――――“不死鳥の魔王様”だぜ!!」


 耳を疑った。何を言っているのだろうと首を捻って、腕の中に収まる幼子に目を向ける。

 赤い羽根と紫色の瞳。聖獣『不死鳥フェニックス』と魔族の王『魔王』の異名を持つ少女。閉じた髪を掻きわけてやると目を瞬き、マネでもしているのか。俺に合わせて首を傾げると、穢れのない少女はもう一度鳴いた。その様子を見て、目を閉じ呼吸をひとつ。大きく吐いて目を開けて、それからトゥーリに向き直ってはっきり一言。


「寝言は寝て言え」



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