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鬼と童  作者: ナルハシ
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四。

 春が来ました。

 雪が溶け、新芽が芽吹き、眠っていた動物たちも次々と目を覚ます時です。

 

 そして山間のあばら家に住まう童と鬼にとっては、約束の時でもございました。

 



「さあ、出てゆくがよい」


 ある日の朝、童は鬼にそう言い渡しました。

 突然ではありましたが、確かに頃合でございましょう。


「さあ出てゆけ、やれ出てゆけ。負けた鬼っ子は尻尾を巻いてさっさと出てゆくがよい」


 童はしっしっと追い払うように手を振ります。

 鬼はとうとう家を奪い取ることができませんでした。


「ああ、出て行こう。しかし負けたから出て行くのではない。思えばこんな襤褸(ぼろ)屋を奪い取って何になる、いらぬと思うたから出て行くのだ」

「ふふん、負け惜しみを」


 鬼は言い返せません。


「判ったのならば早うゆくがよい。行って、二度と戻って来るでないぞ」


 童は鬼を急かします。


「言われずとも、このような場所に用はない。二度と戻るものか」


 ひと月共に過ごしたとはいえ、やはり災いと福の神は相容れることができないようです。随分あっさりとしたお別れとなりました。




 家を出た鬼は獣道を通り山へ向かいます。

 行き先は決めておりませんが、また人里へ下りることになるでしょう。どこへ行くにしても、ひとまず山を通り抜けなければなりません。


「やあ、鬼さん。今日は何をお探しだい?」


 山へ入ると、今やすっかり顔馴染みとなった狢が話し掛けてきました。蕗の薹を分けて貰って以降も、狢には山を案内して貰い何度も世話になったのでした。


「いや、もう何も必要はない。時が来たので今あの家を出たところだ。もう戻ることはない」

「そうなの? でもね、さっき木苺が生っているのを見付けたところなんだ。持って行ってあげなよ、きっとあの子は喜ぶよ」


 世話になったお礼もしていないのだろう、と狢はふさふさとした尻尾を鬼に向けました。




 しばらくして鬼は来た道を引き返してきました。手には一握りの木苺。


 鬼は家に世話になったのであって、童に世話になったつもりはありません。

 礼をする気など毛頭ありませんでしたが、それでも木苺を採ってきたのは親切な狢の顔を立てるためです。


 獣道を抜けると、二度と戻るつもりのなかった見慣れたあばら家の姿が見えてきます。


 見えてくるはずでした。



 そこに見慣れた家の姿はありませんでした。

 大きな腕を持った機械が、めりめりと大きな音を立てて家を切り崩していました。


 家のあった場所から少し離れた所に柄杓を手に提げた童が佇んでおりました。

 獣道を抜けて来た鬼に気付いた童はそちらを見やります。


「なんだ戻ってきたのか。二度と戻って来るなと言うたはずじゃ」

「どういうことだ、これは」


 二人して大きな機械を見上げます。


「家を崩し、山をもっと平らにして、ここに四角い大きな家を建てるそうじゃ」

「お前はそれを知っていたのか。知っていたから俺に戻って来るなと言ったのか」

「言うたであろう、ぬしに家を奪うことは無理であると。それが無意味なことであると」


 少しだけ残っていた家の一部もあっという間に切り崩されて、平らにされてしまいました。

 福の神が守る家は、もうどこにもなくなってしまいました。


「お前はどうするつもりだ?」

「わらわがすべきことは家を守ることじゃ」

「その守るべき家はもうなくなった。新たな家が出来上がるまでここで(ぼう)と待ち続けるつもりか」


 童はいつもの憎まれ口を叩きません。柄杓も飛んでは来ません。


 しばらく沈黙して、童はぽつりと呟きました。



「わらわは履物を持っておらぬ」



 土を踏む童の足元は裸足です。

 鬼の足元も裸足ですが、だからと言って特に気にしたことはありませんでした。



 鬼はため息を吐きました。吐いた息が白くなることはもうありません。


 何も言わず、背を向けて童の前にしゃがみ込みます。

 童は何も言わず、その背におぶさりました。




 鬼は童を背負い、山道を歩きます。


「なあ、鬼よ」

「なんだ」


 肩の辺りから声が聞こえ、鬼はそれに返しました。顔を伏せているのでしょう、童の声はくぐもって聞こえます。


「わらわはあの家を追い出されたのではない、出て行ってやったのだ。間違えるでないぞ」

「そうか」

「次の年には、新しい家が出来上がる。そこには、多くの人間が住むのだそうじゃ」

「そうか」


 簡単な返事をして、鬼は歩き続けます。


「なあ、鬼よ」

「なんだ」


 しばらく黙った後、童はまた鬼に話し掛けました。


「わらわは必ずあの場所に戻るぞ。戻って、新たにそこに住み着いた者たちに幸を呼び込んでやるのじゃ」

「ならば俺は今度こそ、お前から住処を奪い取ってみせよう」

「ぬしにそのようなことができるものか」

「やってみなければ判るまい」


 童は柄杓で鬼の額を小突きました。



「どこへ向かうのじゃ?」

「木苺が生っている場所があった。まずはそこへ行こう」


 握っていた木苺はいつの間にかどこかに落としてしまったようです。


「今は木苺の気分ではない」

「本当に我侭な娘っ子だ」



 鬼は童を背負って山道を歩きます。

 その姿は木々に隠れ、やがて見えなくなりました。





 *





 次の年の二月、あばら家のあった場所には大きく立派な建物が建っていました。

 そこにはたくさんの人間が住んでいました。



 ですがその場所に二人のあやかしの姿はありません。



 四角い建物からは鬼は外と払う声も、福は内と招く声も聞こえてはきませんでした。


 災いも福の神も、いずこかへと立ち去ったまま、二度とこの場所に戻って来ることはございませんでした。

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