(二)猫と話せる能力
◆ すごくそれっぽい
「でも、強くないと俺TUEEEじゃないし」
強いことと、何でもできることは同じではない。
だが、うちの人間は強さを大きくしようとすると、すぐに万能へ近づける。
火が使える。
ならば、世界で一番強い火。
剣が使える。
ならば、誰にも負けない剣。
治療ができる。
ならば、死んだ者まで治せる。
人間は、強いものを考えるとき、数字を大きくするか、できることを増やす。
分かりやすい。
ただし、分かりやすすぎる。
うちの人間は、主人公へ転移の力を与えた。
一瞬で好きな場所へ移動できる。
便利である。
以前、うちの人間自身も、
「異世界へ行くなら転移能力が欲しい」
と言っていた。
おそらく、朝に少し長く眠るためである。
うちの人間は文字を続けた。
主人公は異世界へ着く。
魔物に襲われている者を助ける。
力を使う。
周囲が驚く。
町へ連れていかれる。
冒険者になる。
力を測る。
測定する道具が壊れる。
うちの人間の指が、また止まった。
「……どこかで読んだな」
そうだろう。
何度も読んでいる。
自分が好きな流れを、そのまま並べたのである。
どこかで読んだようになるのは当然だった。
◆ 形の中へ入れるもの
うちの人間は、最初から読み返した。
普通の主人公。
事故。
神。
特別な力。
異世界。
魔物。
救助。
驚く人々。
冒険者。
壊れる測定器。
うちの人間は椅子の背へ体を預けた。
「すごくそれっぽいんだけどなあ」
それっぽい。
俺TUEEE系の話にありそうである。
だが、ありそうなだけだった。
その話でなければならない理由が見当たらない。
主人公の名前を変えてもよい。
転移の力を剣に変えてもよい。
助ける相手を商人から貴族へ変えてもよい。
町の名前を変えてもよい。
何を入れ替えても、同じように進む。
それは、形が整っているということでもある。
だが、うちの人間が書いたものには、その形の中へ入れるものがなかった。
人間は、よく使われる形をテンプレと呼ぶ。
それ自体が悪いわけではない。
家には壁がある。
屋根がある。
入口がある。
どの家にも似た部分がある。
それでも、すべて同じ家ではない。
住む者が違う。
置かれるものが違う。
窓から見える景色も違う。
同じ形を使っても、中に入るものまで同じとは限らない。
◆ 好きだから書けるとは限らない
うちの人間が今まで読んだ話にも、似た形はあった。
転生。
転移。
追放。
最強。
弱いと思われていた力。
周囲の驚き。
それでも、完全に同じではなかった。
主人公が何を望んでいるか。
何を嫌うか。
力を何に使うか。
誰と一緒にいるか。
どこで迷うか。
その違いがあった。
うちの人間も、読むときにはその違いを感じていた。
「これは好き」
「これはちょっと違う」
そう言っていた。
だが、いざ自分で書くと、その違いを作れない。
好きな形は分かる。
何が気持ちよいかも分かる。
主人公が強い。
周囲が驚く。
認めなかった者が後悔する。
それを読むのが好きだ。
だが、その形の中へ、何を入れたいのかが分からない。
好きだから書けるとは限らない。
食べることが好きでも、同じものを作れるとは限らない。
眠ることが好きでも、よい寝床を作れるとは限らない。
撫でることが好きでも、猫が喜ぶ撫で方を知っているとは限らない。
うちの人間が、そのよい例である。
◆ 猫と話せる能力
うちの人間は、最初の文章を消した。
今度は少し変えた。
主人公は事故ではなく、眠っているあいだに異世界へ移る。
神とは会わない。
力は最初から体にある。
魔物ではなく、盗賊に襲われている者を助ける。
冒険者ではなく、商人になる。
しばらく書く。
また止まる。
「これも、どこかで読んだな」
表面を変えただけである。
事故を睡眠へ変えた。
神を消した。
魔物を盗賊へ変えた。
冒険者を商人へ変えた。
だが、主人公が強い力で誰かを助け、周囲に驚かれる流れは同じだった。
それが悪いわけではない。
うちの人間が書きたいのは、そのような話なのだから、似た形になるのは当然である。
問題は、うちの人間自身が、
「これは自分が書きたかったものだ」
と思えていないことだった。
うちの人間は、また消した。
「じゃあ、変わった能力にしよう」
主人公の力を考える。
触れたものを柔らかくする。
食べたものの力を得る。
眠っているあいだだけ最強になる。
一日に一度だけ、絶対に勝てる。
猫と話せる。
最後のものを書いたところで、うちの人間がシジミを見た。
「猫と話せる能力って、面白いかな」
シジミには必要ない。
猫とは最初から話せる。
人間には通じていないだけである。
※第32話「小説」は全四回です。
続きます。
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