(四)またね、シジミ
◆ どこまでも広がる友達
犬の友達。
その友達であるシジミ。
シジミと一緒に暮らす人間。
だから、犬の友達。
犬の関係は、どこまでも広がるらしい。
うちの人間は柵の近くまで来た。
大量の犬がシジミを見ている。
「すごい。シジミ、犬にモテモテだね」
違う。
一匹の犬が、友達だと紹介した。
それを聞いた犬が集まった。
名前を呼ぶ。
シジミが見る。
さらに友達になる。
その連鎖である。
好かれていると言えば、好かれているのかもしれない。
だが、人間の考える人気とは少し違う。
犬たちは、シジミの性格を知らない。
何が好きかも知らない。
一緒に遊んだこともない。
ただ、友達の友達だから友達だと思っている。
名前を知ったから親しくなったと思っている。
うちの人間が笑う。
「お友達、たくさんできたね」
できていない。
勝手に増えた。
シジミの意思は確認されていない。
以前の犬が、うちの人間にも鳴いた。
「シジミ、入れて!」
うちの人間には、
「ワンワン!」
としか聞こえない。
「シジミと遊びたいのかな」
そこは合っている。
珍しい。
◆ 中に入れてあげたら
うちの人間は、入口のほうを見た。
「中に入れてあげたらどうなるんだろう」
やめてほしい。
犬たちが一斉に反応した。
「入る?」
「来る?」
「遊ぶ?」
「走る!」
「早く!」
人間の言葉を完全に理解したわけではない。
だが、うちの人間が入口を見た。
シジミを見た。
何かが始まりそうだと判断したらしい。
犬たちが門の近くへ走る。
以前の犬も走る。
「こっち!」
道を案内するつもりである。
シジミはすぐに立ち上がった。
入らない。
犬たちの期待が大きくなる前に、離れたほうがよい。
シジミが道を戻り始める。
犬たちは柵の内側を並んでついてきた。
「どこ行く?」
「帰る?」
「遊ばない?」
「次は?」
「また来る?」
以前の犬が大きく鳴いた。
「次は走ろう!」
次も走らない。
うちの人間が、シジミのあとを追う。
「もう帰るの?」
帰る。
見回りの道を変えた結果、犬の集団に友達認定された。
これ以上ここにいる理由はない。
◆ 関心にも種類がある
うちの人間は、柵の向こうの犬たちへ手を振った。
「またね」
犬たちが騒ぐ。
「また!」
「シジミも!」
「次は入って!」
「走ろう!」
うちの人間が楽しそうに笑う。
「シジミ、すっかり人気者だね」
人間は、集団が自分へ関心を向ければ、人気があると考える。
だが、関心にも種類がある。
匂いを嗅ぎたい。
遊びたい。
知り合いが友達と言った。
猫が珍しい。
名前を呼んだら見た。
それらが混ざっている。
全員がシジミを深く知り、好いているわけではない。
それでも、犬たちに悪意はなかった。
それだけは確かである。
少しうるさい。
距離が近い。
友達になる判断が早すぎる。
だが、名前を覚えていた犬には、少し感心した。
以前の飼い主が一度呼んだ名前を覚えていた。
次に会ったときも、すぐにシジミだと分かった。
犬は落ち着きがないように見える。
何も考えず走っているようにも見える。
だが、覚えるべきことは覚えているらしい。
◆ またね、シジミ
シジミが振り返ると、以前の犬はまだ柵の近くにいた。
尻尾を振りながら鳴く。
「またね、シジミ!」
ほかの犬たちも続いた。
「またね!」
「シジミ!」
「次は遊ぼう!」
一度も名乗っていない犬たちから、名前を呼ばれている。
シジミは相手の名前を一匹も知らない。
犬たちは、それでも気にしていないらしい。
自分の名前を知られていなくても、友達は友達。
ずいぶん一方的である。
うちの人間は、隣を歩きながら言った。
「犬のお友達、いっぱいできてよかったね」
よかったかどうかは、シジミが決めることである。
そもそも、友達になった覚えはない。
道を少し変えた。
以前会った犬に見つかった。
名前を大声で広められた。
気づけば、犬軍団の友達になっていた。
人間は、猫同士が近くにいれば仲良しと言う。
鳥が集まれば仲間と言う。
犬が大量に近づけば人気者と言う。
相手がどう思っているかは、やはり考えない。
シジミは猫語でつぶやく。
「本当に人間ってあさはかな生き物だよね」
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