(二)一緒に走った
◆ 返事を待たない
確認はない。
シジミ本人の同意もない。
一匹の犬が鼻を柵の隙間へ近づけた。
「匂い嗅いでいい?」
返事をする前に、もう嗅いでいる。
別の犬も来る。
「オレも!」
さらに別の犬。
「どこ住んでる?」
「何歳?」
「走る?」
「中に来る?」
「遊ぶ?」
一度に話すな。
犬は、自分の知りたいことを順番に聞くという考えがないらしい。
質問する。
返事を待たずに別の質問をする。
その途中で別の犬が割り込む。
さらに、以前の犬がまた叫ぶ。
「シジミ! 走ろう!」
走らない。
シジミは柵の外。
犬たちは柵の中。
それ以前に、一緒に走るつもりがない。
だが、犬は柵の存在を大きな問題とは考えていないらしい。
「入って!」
どうやってだろう。
「こっち!」
入口の場所は分かる。
だが、シジミが自分で門を開けることはできない。
開いていたとしても、入るつもりはない。
中には何匹もの犬がいる。
全員がこちらを見ている。
尻尾を振っている。
足踏みしている。
一匹は興奮しすぎて、その場で小さく回っている。
敵意はない。
それは分かる。
だが、敵意がないことと、落ち着いていることは別である。
あれだけの犬が一度に近づけば、踏まれる可能性がある。
匂いを嗅がれる。
顔を近づけられる。
遊びのつもりで前足を出される。
そして、全員から、
「走ろう!」
と言われる。
危険というより、面倒である。
◆ 遊ぼ!
シジミは少し後ろへ下がった。
犬たちが一斉に反応した。
「動いた!」
「走る?」
「走るぞ!」
「どっち?」
まだ走っていない。
一歩下がっただけである。
犬は猫が動けば、すぐに遊びが始まったと思う。
以前の犬が柵に沿って走り始めた。
「こっち!」
別の犬もついていく。
「走る!」
さらに別の犬も走る。
シジミが動いていないのに、犬たちだけが走り始めた。
柵の内側を往復する。
「シジミも!」
「早く!」
「競争!」
勝手に競争を始めないでほしい。
シジミはその場に座った。
走らない意思を示したつもりである。
犬たちも止まった。
だが、諦めたわけではなかった。
一匹が前足を低くして、尻を上げる。
遊びに誘う姿勢である。
「遊ぼ!」
別の犬も同じ姿勢になる。
「遊ぼ!」
さらに二匹。
「遊ぼ!」
「遊ぼ!」
犬は数が増えると、同じことを大きな声で繰り返す。
一匹なら断れる。
二匹でも、まだ話は通じる。
十匹近くが同時に、
「遊ぼ!」
と鳴くと、断る声が届く気がしない。
シジミは、以前の犬へ向かって言った。
友達ではない。
何度か会っただけだ。
犬は首を傾げた。
「会った!」
そうである。
「名前知ってる!」
そうである。
「友達!」
なぜそうなる。
犬の中では、
会ったことがある。
名前を知っている。
遊びたい。
この三つがそろえば、友達になるらしい。
相手が一度も遊んでいなくても関係ない。
シジミが断っても、
「今日は遊ばない友達」
になるだけなのだろう。
◆ 一緒に走った
別の犬が、以前の犬へ尋ねた。
「一緒に何して遊んだ?」
以前の犬が答える。
「走った!」
走っていない。
犬が追いかけ、シジミが壁へ移動しただけである。
「シジミ、速い!」
逃げたのではない。
近づかれたくなかっただけだ。
「高いところ上手!」
それは合っている。
別の犬が目を輝かせた。
「すごい!」
さらに別の犬も言う。
「シジミすごい!」
話が勝手に広がっている。
以前の犬の中では、追いかけた出来事が、一緒に走った思い出になっている。
シジミが壁へ上がったことは、遊びの一部である。
下から降りてと騒いだことも、楽しい思い出なのだろう。
犬は、自分が楽しかった出来事を、相手も楽しかったことにする。
人間にも似たところがある。
一方的に話した。
自分は楽しかった。
だから、
「盛り上がった」
と言う。
相手がほとんど返事をしていなくても、
「話が合った」
と言う。
自分の感情を、相手にも広げる。
犬は、その方法がさらに強いらしい。
遊びたい。
だから友達。
追いかけた。
だから一緒に走った。
また会った。
だから再会を喜んでいる。
シジミの考えが入る場所がない。
※第31話「犬軍団」は全四回です。
続きます。
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