(五)子どものほうが正確
◆ さわらないからだよ
間には、一人分以上の距離がある。
シジミは姪へ背を向けている。
耳だけは、姪のほうの音を確認できる向きにしている。
これのどこが仲良しなのだろう。
うちの人間は写真を姉へ送った。
文字も添える。
『すっかり仲良し』
勝手に関係を決められた。
しばらくして、姪が目を覚ました。
最初にシジミを見た。
驚かなかった。
手も伸ばさなかった。
ただ、小さな声で言う。
「近くにいた」
近くというほどではない。
だが、昨日よりは近い。
姪は少しだけ笑った。
「さわらないから?」
おそらく、そうである。
姪が静かに眠っていたから、同じ長椅子に上がった。
姪はそれを理解したらしい。
うちの人間は横から言う。
「シジミも一緒に寝たかったんだよ」
違う。
姪がうちの人間を見る。
「さわらないからだよ」
そのとおりである。
うちの人間は少し困ったように笑った。
「でも、嫌いだったら近くに来ないでしょ?」
嫌いではない。
だが、仲良しでもない。
その間が、人間には難しいらしい。
危険ではない。
静かなら近くにいてもよい。
手を伸ばさなければ、同じ場所にいられる。
その程度の関係である。
人間は、好きか嫌いかに分けたがる。
近づけば好き。
離れれば嫌い。
二つの間には、かなり広い場所がある。
姪は少し考えた。
そして、シジミへ向かって言った。
「さわらないよ」
シジミは動かなかった。
姪も動かない。
しばらく、そのままだった。
悪くない。
数日間で、姪はかなり学んだ。
追わない。
尾を触らない。
顔を近づけすぎない。
食事を渡した直後に背中へ触れない。
完全ではない。
ときどき手が動く。
シジミが何かを見れば、その先を見ようとする。
シジミが移動すれば、少しついてくる。
だが、最初の日よりは距離を守るようになった。
子どもは学ぶのが早い。
大人より、相手の反応もよく見る。
人間の言葉で説明されなくても、何をすれば離れ、何をしなければ近くにいるかを覚える。
問題は、覚える前の好奇心が強すぎることだけである。
◆ まだ、ちょっとだけ
姪を迎えに、うちの人間の姉が来た。
荷物をまとめる。
忘れ物を確認する。
姪は玄関へ向かう前に、シジミの近くへ来た。
少し離れたところでしゃがむ。
手は伸ばさない。
「またね」
シジミは姪を見る。
姪も見る。
それだけである。
うちの人間が言った。
「シジミ、寂しくなるね」
ならない。
家が静かになる。
追われる心配が減る。
尾を見張る必要もない。
普段どおりに戻るだけである。
姪が立ち上がる。
扉へ向かう。
途中で一度だけ振り返った。
シジミはまだ同じ場所にいる。
姪はうちの人間へ言った。
「シジミ、わたしのこと好き?」
難しい質問である。
嫌いではない。
だが、好きと呼ぶほどでもない。
昨日よりは安全な相手だと分かっている。
静かなら近くにいてもよい。
それくらいだ。
うちの人間は迷わず答えた。
「もちろん。すごく仲良しになったもんね」
勝手に決めた。
姪は少し考えた。
そして首を振った。
「まだ、ちょっとだけ」
姪のほうが正確だった。
うちの人間が笑う。
「そっか。でも次に来たら、もっと仲良くなれるよ」
次も来るらしい。
姪はうなずいた。
「次は、さわらない」
それなら、今よりは近くにいられるかもしれない。
姪は少し間を置いたあと、付け加えた。
「シジミから来たら、さわる」
条件を変えただけである。
まだ油断はできない。
◆ 子どものほうが正確
姪が帰る。
扉が閉まる。
家の中が静かになった。
うちの人間は玄関を見ながら言った。
「シジミ、姪ちゃんと仲良くできて偉かったね」
仲良くしたつもりはない。
危険を避けながら、数日を過ごしただけである。
姪はシジミの嫌がる様子を見抜いた。
見抜いたうえで近づいた。
やがて、近づかなければシジミのほうから少し近くへ来ることも覚えた。
それは確かに成長である。
一方、うちの人間は最初から最後まで、
「仲良し」
と言い続けた。
相手の耳も見ない。
尾も見ない。
体の力も見ない。
子どものほうが正しく理解しているのに、自分が一番分かっているつもりでいる。
シジミは猫語でつぶやく。
「本当に人間ってあさはかな生き物だよね」
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