(三)よいものでも読まれるとは限らない
◆ 読者が地図を組み立てる
「これ、結構読み込まないと分からない感じだなあ」
ようやく先輩の小説の読み方を覚えたらしい。
ただ、先へ進みたい者には少し難しいかもしれない。
軽く読める話を求める者。
その場ですぐに意味が分かる展開を好む者。
前の出来事を細かく覚えていない者。
そういう読者は、途中で置いていかれる可能性がある。
先輩は、自分の好きな世界を自分で作っている。
だが、その世界を見るには、読者側にも少し努力がいる。
入口は開いている。
しかし、中へ入ったあと、地図を自分で組み立てなければならない。
うちの人間は何度も戻りながら、ようやく一つの区切りまで読み終えた。
◆ あとがきがやばい
そして、あとがきを開いた。
本文で使われた設定の説明。
書いているときに考えたこと。
次の話への補足。
そういうものが書かれていると思ったらしい。
だが、うちの人間は読み始めてすぐ、声を上げた。
「あとがきがやばい!」
シジミは耳を向けた。
何があったのだろう。
うちの人間は画面を読み進める。
「そこ気にするところ?」
先輩は、話の中で起きた大きな出来事については、ほとんど触れていなかった。
代わりに、登場人物が途中で食べていたものの形について長く悩んだと書いている。
丸いのか。
細長いのか。
手で持てるのか。
その世界の道具で、どう作るのか。
本筋にはほとんど関係がない。
読者が気づかなくても困らない。
だが、先輩には気になったらしい。
世界の規則を考える。
社会がどう変わるか考える。
物語の根幹へ長い伏線を置く。
その一方で、登場人物が一度食べただけのものへ何時間も悩む。
うちの人間は笑っていた。
「本文であれだけ大きな話をしてたのに、あとがきでずっと食べ物の話してる」
先輩にとっては、どちらも世界の一部なのだろう。
世界を作るということは、大きな規則だけを決めることではない。
何を食べるか。
どう作るか。
どの形が普通なのか。
そのような小さなことも含まれる。
ただし、読者が一番気になる場所と、作者が一番悩んだ場所は一致しないらしい。
人間は、見えている結果だけでは、作った者がどこで苦労したか分からない。
大きな場面は、最初から決まっていたため簡単に書けたのかもしれない。
一度しか出ない食事の形は、世界の規則と合わず、なかなか決まらなかったのかもしれない。
外から見れば、
そこを気にするのか。
と思う。
作る者には、そこが気になる。
◆ 二度目の読者
うちの人間はあとがきを最後まで読んだ。
そして、最初の話へ戻った。
今度は、先ほど見落とした部分を確認している。
「ここ、最初から意味が違ったんだ」
一度読み終えたあとで、また読む。
先輩が言っていたとおりである。
展開を知っていても、読む理由はある。
世界をもう一度見る。
好きな場面を読む。
前には分からなかったものを探す。
うちの人間は、すでに二度目の読者になりかけていた。
次の話を開く。
また読む。
途中で前の話へ戻る。
小さなつながりを見つける。
「これも、あっちと関係あるのか」
少しずつ、声が増える。
「この人、前に名前だけ出てた」
「この習慣、最初は変だと思ったけど、世界のルールから考えると普通なんだ」
「うわ。これ、かなり前の話につながるんだ」
先輩の小説は、うちの人間が想像していたより、ずっと作り込まれていたらしい。
◆ よいものでも読まれるとは限らない
やがて、うちの人間は画面から顔を上げた。
「このレベルでも、読者がそんなにつかないのかあ」
その言い方には、少し驚きがあった。
文章を書ける。
世界も作れる。
長く続けられる。
前の話と後ろの話をつなげられる。
あとから読み返して意味が変わる場面もある。
それでも、多くの人間が読むとは限らない。
人間は、よいものを作れば自然に見つかると思いたがる。
だが、世の中には小説が多すぎる。
毎日、新しいものが増える。
読者が使える時間は限られている。
題名。
最初の数行。
紹介文。
更新の時期。
偶然見つけてもらえるか。
さまざまなものが重なって、ようやく読まれる。
内容がよいことは重要である。
だが、それだけで多くの読者がつくわけではないらしい。
※第34話「先輩の小説」は全四回です。
続きます。
作者個人サイトでは、人物相関図・各話アイキャッチ・用語メモなどの補足資料を公開しています。
※ネタバレ範囲にご注意ください。
https://www.simulationroom999.com/blog/humans-foolish-top




