(二)使わないこともある
◆ 魔法が日常にあるなら
先輩は違うらしい。
魔法が日常にあるなら、人間は何に使うのか。
火を起こす。
水を運ぶ。
物を乾かす。
病気を治す。
遠くへ連絡する。
できることが増えれば、働き方も変わる。
道具も変わる。
法律も必要になる。
禁止される使い方もある。
人間は便利なものを作ると、それを悪用する者も同時に現れる。
先輩は、そういうつながりを考えるのが好きらしい。
うちの人間が尋ねた。
「設定先行型ってことですか?」
「たぶん、そう」
◆ 推理小説とは違う
「だったら、推理小説とか向いてそうですね」
「どうして?」
「設定が複雑だから」
推理小説を、設定が複雑なものとしてまとめている。
以前も似たようなことを言っていた。
犯人。
動機。
手がかり。
仕掛け。
それらを細かく考えるから、世界観を作る者に向いていると思ったらしい。
先輩は少し笑った。
「推理小説は、世界観っていうより状況の作り方かな」
「違うんですか?」
「私の感覚ではね。推理小説も舞台のルールは必要だけど、勝手に決めたルールじゃ駄目なことが多いでしょ」
「勝手に決めたルール?」
「犯人だけ壁を通れます、とか」
「それは駄目ですね」
うちの人間でも分かるらしい。
途中まで普通の人間の事件として進めておきながら、最後に犯人だけ壁を通れると言われれば、推理のしようがない。
「推理小説は、限られた状況をちゃんと作って、その中で成立するように考える感じ。私は、世界のルールそのものを勝手に決めるほうが好き」
「だったら、やっぱりファンタジー?」
「ファンタジーなら、結構好き勝手に決めやすいかな」
先輩はそう言って、菓子を一つ取った。
「空に島が浮いててもいいし、海の中に町があってもいいし、死んだ人と話せてもいい。最初にそういう世界だと決めて、その結果どうなるかを考える」
「何でもありですね」
「何でもありに見えて、決めたあとは守らないといけないけどね」
◆ 決めたあとは守る
そこが重要らしい。
何でも決めてよい。
だが、一度決めたことを都合よく変えてはいけない。
空を飛ぶには特別な石が必要だと決めた。
ならば、石を持たない者が急に飛んではいけない。
死者とは一度しか話せないと決めた。
ならば、必要な場面だけ何度も話せるようにはできない。
人間は、自分で決めた規則に自分で縛られる。
ずいぶん面倒な遊びである。
しかし、シジミには少し分かる。
猫にも、自分で決めた場所がある。
眠る場所。
見回る道。
危険があれば逃げる方向。
一度安全だと判断した場所は使う。
危険だと分かれば変える。
規則があれば、迷う時間が減る。
先輩は、世界の規則を作り、その中で登場人物を動かす。
うちの人間は、登場人物を先に考え、その人物が強く見えるように世界を動かそうとする。
似ているようで、順番が違う。
◆ 全部説明したら邪魔
うちの人間は少し感心した顔をした。
「世界を作って、登場人物に見せてもらうんですね」
「そんな感じ。読者も登場人物と一緒に世界を見る」
「じゃあ、説明をいっぱい書くんですか?」
先輩は少し困った顔をした。
「そこが難しい」
世界を作った者は、作ったものをすべて見せたくなるらしい。
国の歴史。
魔法の仕組み。
昔の戦争。
神の名前。
町の制度。
通貨。
食文化。
考えたのだから、書きたくなる。
だが、登場人物が今知らないこと。
必要のないこと。
話の流れと関係のないことまで並べれば、読む側は困る。
先輩は言った。
「私の中では全部つながってても、読者に全部説明したら邪魔だからね」
「もったいなくないですか?」
「もったいないよ」
「じゃあ書けばいいのに」
「書いたら読みにくくなる」
「せっかく考えたのに?」
「考えたからって、全部出す必要はないから」
◆ 使わないこともある
うちの人間には、少し理解しにくいようだった。
買ったものは使いたい。
覚えたことは言いたい。
考えた設定は書きたい。
人間は、自分が手に入れたものを見せたがる。
だが、先輩は考えたものを使わないこともあるらしい。
シジミには、その判断が少し分かる。
※第33話「小説と先輩」は全五回です。
続きます。
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