第十九章:暴走する呪いと譲れない想い
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――場面は再び、薄暗く冷たい廃工場へ。
呆然と立ち尽くす大和と、横腹を押さえて床に倒れ伏す雛を見下ろしながら、七海はギリッと唇を噛み締めた。その瞳には、行き場のない悲しみと、底知れぬ憎悪が入り混じっていた。 七海は再び狐面を付け、狐巫女へと変貌する。
「だから、あなたに呪いをかけてもらうはずだった」
七海の悲痛な叫びが暗い廃工場に響き渡った後、沈黙を破ったのは伊神のやれやれといった呆れ声だった。
「いや、まいったよ。お前さんに掛けるはずの呪いに、その大和ってのが割り込んでくるから」
「じゃあ、あの死神は伊神さんが?」
大和が驚いて尋ねると、伊神は悪びれもせずに首を肯定に振る。
「そう。七海さんからお金をもらって依頼されたの。お前さんのは間違った呪いだから、自然なふりして祓うの大変だったんだぞ」
それを聞いていた雛が、ハッとして伊神を指差した。
「あーっ!お前!あのお札、元々使うつもりだったな!」
「あ……」
口を滑らせたことに気づいた伊神だったが、時すでに遅し。雛は怒り心頭だ。
「もう遅い!絶対に百万円払わないから!」
「大丈夫。その分もこちらさんからいただくから」
伊神はそう言い放つと、素早く刀を構え、雛を庇うように立つ大和に向かっていった。
「邪魔だ!」
伊神の蹴りが大和の腹に入り、大和は吹き飛ばされる。
「うわっ!」
尻餅をついた大和めがけて、伊神が容赦なく刀を振り下ろす。
「ふんっ!」
だが、その一撃は大和には届かなかった。横から飛び込んできた狐巫女が、刀でそれを受け止めたのだ。
「何すんだよ!?」
「大和は傷つけない約束よ!」
伊神を睨みつける狐巫女に、伊神もイラ立ちを隠せない。
「だったら、そいつ大人しくさせとけよ!」
狐巫女が「ふっ!」と気合を入れると、彼女の長い黒髪が蛇のように伸び、大和の体をぐるぐると縛り上げた。
「うわっ!うおっ!がはっ!うっ……七海、どうして」
もがく大和を見下ろし、狐巫女は悲痛な叫びを上げる。
「あなたこそ!どうしてあんな女なんかに!よりによって雛なんて!あなたとは釣り合わない!」
「そりゃ、雛はガサツで、愛想がなくて、人使いが荒くて、凶暴だけど……!それでもいい所だってたくさんある!」
大和の必死の反論に、狐巫女は鋭く問い詰める。
「なにがあるのよ!」
「それは……えっと……色々ある!」
「ないわよ!」
「なんでも美味しそうに食べる!」
それを聞いていた雛が、思わずキレた。
「はあ!?そんなことかー!」
雛の怒りに呼応して青い電撃がバチバチと弾ける。それでも大和はめげずに叫んだ。
「……それでも!雛は可愛いし、俺は好きだー!」
そのまっすぐな言葉に、雛の動きがピタリと止まり、少し照れたように表情を緩ませる。
「そんなことに気を取られてる暇はないだろう!」
すかさず伊神が雛に斬りかかり、激しいチャンバラが再開された。しかし、動揺していた雛は伊神の攻撃を受け、床に倒れ込んでしまう。
「うわっ! ロレッタ!私の可愛いロレッタ!」
雛が叫ぶと、光の粒子とともに小さな人形・ロレッタが空中に姿を現した。
「こんにちは、雛」
「ロレッタ、お願い。大和を助けてあげて!」
「はい、雛!」
ロレッタは眩い光の玉へと姿を変え、宙を舞って狐巫女に向かって突撃した。
「あっ!」
ロレッタの攻撃により、大和を縛っていた髪が断ち切られる。
「えっ!うわっ!」
解放された大和は床にドスンと落ちた。雛の電撃が伊神を襲う。火花に包まれる伊神。形勢が不利になったと見た伊神は、忌々しそうに舌打ちをする。
「たく……しょうがねえな。ちょっと値は張るが、こいつを使わせてもらうぞ!やぁっ!」
伊神が空中に放り投げた複数のお札から、不気味なローブをまとって宙を舞う妖怪「死神」が次々と湧き出した。
「ふっ!たぁっ!」
雛が剣で死神を斬り伏せ、狐巫女も負けじと刀を振るう。
「はああっ!」
狐巫女の指先から狐火が放たれ、周囲を焼き尽くす。その乱戦の中、ロレッタの光の玉が狐巫女へと迫った。狐巫女は反射的に刀を振り下ろす。大和は迷わず、その間に割って入った。
「ロレッタ!七海!」
ロレッタを切ろうとした、狐巫女の刀が大和を切り裂く。
「うわっ!」
鈍い音とともに、大和の体が崩れ落ちる。
お守りの鈴が危険を知らせるかのようにチリンとなった。
「きゃー!」
狐巫女もバランスを崩して倒れ込み、忌まわしい面が外れ、元の七海の姿へと戻った。
「あっ!」と息を呑む雛。「大和!」
血の気を失った七海が、倒れた大和にすがりつく。
「ごめんなさい……あなたを傷つけるつもりはなかったの……!」
大和は苦しそうに息を吐きながら、微かに微笑んだ。
「七海……。先に傷つけたのは俺の方だし、これで、おあいこってことで……許して、くれる?」
「(こくり)」
涙をボロボロとこぼしながら、七海は何度も頷いた。
「雛のことも……許してやって、くれる?」
「(こくり)大和……」
「ありがとう……。また……みんなで、仲良く、してよ……」
「大和……!?」
ふっと力が抜け、大和は静かに目を閉じた。
「大和!」
人形の姿に戻ったロレッタも駆け寄るが、大和はピクリとも動かない。絶望と後悔に押し潰された七海は、ゆっくりと立ち上がった。その顔に再び狐の面が現れる。
「ああああーっ!」
狐巫女となった七海は、怒りと悲しみの咆哮を上げ、刀を構えて死神たちの群れへと突っ込んでいった。
「何すんだよ!そんなことしたら呪いが戻ってくるぞ!」
伊神の警告も耳に入らない。狐巫女は狂ったように死神を次々と斬り裂いていく。
「うわあああーっ!」
「俺は知らないからな!」
伊神が逃げ腰になる中、倒された死神たちの残骸から黒い煙が立ち上り、空中で一つに融合し始めた。 凄まじい稲妻とともに、巨大な骸骨の妖怪「がしゃどくろ」が姿を現した。
「ああ……!ああ……どうすんだよもう!簡単には止められないぞ!」
頭を抱える伊神。がしゃどくろは不気味な音を立てながら、廃工場を破壊し始める。
「七海!七海、もう大丈夫だから早く逃げよう!」
雛が狐巫女から元に戻った七海の腕を引く。しかし七海は大和を見つめたまま動かない。
「大和が!でも、大和が!」
「だから大丈夫だってば!」
雛は大和のそばへ行くやいなや、容赦なく彼を蹴った。そして屈み込み、体を揺さぶった。
「大和!大和、さっさと起きて!」
すると、大和はハッと息を吹き返し、勢いよく身を起こした。
「はっ!えっ?俺……斬られて……あれ?傷がない。なんともない」
自分の体をペタペタと触る大和。ふと足元を見ると、着ていた服のポケットから何かが転がり落ちた。
「あれ?」
それは、真っ二つに割れた木彫りの地蔵だった。雛はそれを見て、得意げに微笑む。
「正解だったね。ちょっと高かったけど、身代わり地蔵買っといて」
「大和」
七海の顔に、ようやく安堵の涙と笑顔が浮かんだ。
「よかった……!」
だが、感動に浸っている暇はなかった。がしゃどくろの咆哮が響き、巨大な骨の腕が工場の柱を薙ぎ払う。天井からパラパラと瓦礫が落ちてきた。
「ここ危ないから、さっさと逃げましょう!」
「うん!」
大和が背後を振り返ると、土煙の向こうでがしゃどくろが不気味にこちらを見下ろしていた。
「うわ!目が合っちゃったよ」
大和はがしゃどくろの眼球のない目と確かに目が合った気がした。
「逃げるわよ!」
大和が悲鳴を上げ、三人は一目散に廃工場の出口へと走り出す。
「うわーっ!」
その直後、がしゃどくろの巨大な左目が妖しく発光し、一本の強烈な破壊光線が撃ち出された。光線が三人のすぐ背後の地面に着弾した瞬間、凄まじい轟音と共に大爆発が巻き起こる。うねるようなオレンジ色の業火と爆風が膨れ上がり、大和、雛、七海の三人は燃え盛る炎を背に受けながら、無我夢中で夜の闇へと飛び出していった。
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それでは、次回のストーリーでお会いしましょう。




