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精霊王の優雅な悪役令嬢生活  作者: 泉 太月
攻略対象2人目、執事
15/47

14.盗み聞きする令嬢





封蝋を開け、中の手紙を読み始めた母の顔が徐々に歪んでゆくのを、レンシィは大人しく本を読んでいるフリをして見つめていた。


執務室の中と、書斎はレンシィにとって知識の宝庫だ。

幾ら永くこの世界を見てきた精霊王だと言っても、人間社会の常識や歴史、学問や知恵、知識など知らないことは多い。

何より歴史書や参考書だけでなく、人間が長い年月をかけて集めてきた知識を詰め込む図鑑や医学書なんかは、レンシィの認識外のものでとても興味深い。


そして何より、母であるグローリアが好むからと幾つか置いてある創作書物は、何よりもレンシィを楽しませていた。

架空の世界での話、架空の人物の人生、架空の生き物の暮らし。

それらを物語として書物に記し、空想の世界を楽しめるのだ。

何という面白いことを人間は考えるのだろうか。


地の精霊の月も過ぎ、水の精霊の月が訪れた窓の外は、徐々に寒さを増してきており、野外で過ごすにはあまり適さなくなってきた。

つい先日、マリアベルとその息子のアトラスと共に庭園の前でお茶を楽しんだばかりだというのに。


そんなことを思いつつ、父の代わりに代行できる書類の確認をしている母の近くで邪魔にならないように過ごしていた時だった。


ドアが軽くノックされ、入室の許可を出されてすぐに執事のウォークマンが訪れた。

いつも公務の補助をしている彼なので、それ自体はおかしなことではない。

いつもと違うのは、明らかに眉間に寄った深い皺と、1枚の手紙だった。


「奥様」

「どうしたの?ウォークマン」


少しだけ空気が張ったのを感じ、レンシィも手元の本から顔を上げる。

ウォークマンはグローリアが座る執務机へと近寄ると、手に持つサルヴァをそっと差し出した。

封蝋に家紋が当てられたそれは、明らかに市井の民からのものではなく、そしてその印には見覚えがあった。


「……ニルヴァーナ伯爵家からでございます」

「今更なんの用かしら……」


ペーパーナイフで封を切り、中の手紙を取り出す。

その間も、グローリアの顔はあまり宜しくない表情を浮かべてはいたが、手紙の内容に目を通していくうちにみるみる険しいものとなった。


「なんて事なの……」

「奥様、どういった内容で」


細く白い指で口元を多い、ショックを隠しきれないグローリアへ、ウォークマンが失礼を承知の上で問いかける。

グローリアはそれを咎めることなく、逆に厳しい表情でウォークマンへその手紙を渡した。


「先の火の精霊の月に、ニルヴァーナ伯爵家のご子息が亡くなられたそうよ」

「なんと」


ウォークマンは素早く手元の便箋へと目を通す。

たった1枚の紙だが、目を疑うことが書いてあるからだろうか。

速読術を持っているはずのウォークマンですら、3度読み返してしまった。


「……これは本気でしょうか……」


愕然としてグローリアを見るウォークマンが、僅かに声を震わせて信じられないとばかりに呟く。

その様子にきつく唇を引き締め、グローリアは席を立った。すぐに準備を進めねば間に合わないからだ。


「分からないわ。でも、もう時間が無いでしょう。おそらく明日にはこちらへいらっしゃる。それまでに整えておいてちょうだい」

「奥様は何を」

「エドウィンへ急ぎ手紙を送るわ。それから腕のいい弁護士を手配して。すぐによ」

「分かりました」


グローリアは1度レンシィの座るソファーへと足早に歩み寄り、愛しい我が子の前にしゃがみ込んだ。

困惑げな表情を浮かべている子供を、なんでもないのだと落ち着かせるために。


「レンシィ、お母様たちは今から少し忙しくなるの。マリアベルとアトラスと一緒に、今日から明日の夕刻まで、西の別館に泊まっていて欲しいのよ」

「……西の別館に、ですか?」

「そう、本邸は少しの間、騒がしくなるから」


そうしてレンシィの返事も待たず、微笑みかけてその頭を軽く撫でると、グローリアは執務室を足早に出ていってしまった。

ウォークマンも手紙を素早く封筒の中へと仕舞うと、グローリアの後を追うように執務室から出ていく。


残されたレンシィは、手の中の本へと1度だけ視線を投げると、軽くため息をついてパタリと閉じた。


ページは覚えている。後ほどゆっくりと読めばいいだろう。

このように騒がしい中では、物語の世界へ没頭することは不可能だ。


グローリアの事だから、おそらくここへアトラスなりマリアベルなりを呼びに来させる。

そのまま西の別館へと移動することになるだろう。

別館と言っても、この本邸から目と鼻の先にある綺麗に手入れされた屋敷だ。

不便なことは何もないのだが、今までレンシィだけを別館に泊まらせるなどということは、1度もなかった。

別館の裏手には美しい湖が広まっているため、その景色を楽しむためにエドウィンとグローリア、そしてレンシィが揃って気分を変えようと泊まることは幾度もあったが、それだってこんなにも急ではない。


先程の手紙の内容が、おそらくこのグローリアの対応のヒントになるのだろうが、レンシィの目の前で大人たちは詳しいことを口にするのを避けた。

今は既に手紙も持っていかれてしまっているため、こっそり読んで確認することは出来ない。

そのように思われたのだが。


「可愛い子たち、先程中身を見たでしょう?何が書いてあったのか、私に教えてちょうだい」


右の指を立て、クルクルと回して見せれば、その指の先に集まるようにどこからともなく小さな下位精霊たちがわらわらと集まってきた。


この世界の至る所に精霊は居るのだ。そして彼らはとても好奇心が旺盛で楽しいことが大好き。

グローリアやウォークマンが手紙に目を通している最中にも、その肩や頭の上に留まって興味深げに手元を覗いていたのを、レンシィはしっかり見ていたのだ。


何より彼らは、自分たちの至上である精霊王には絶対の忠誠心と敬愛を持っている。

レンシィの頼みを聞かないわけがなかった。


『ニルヴァーナ伯爵家の当主が、明日ここに来るんだって』

『跡取りがいなくなったから』

『改めて迎え入れたいって』

『アトラスが欲しいって』


「…………なんですって?」


あちらこちらにチラチラと飛び回る下位精霊たちの言葉が、パズルのように降り注ぐ。

それを当てはめていくまでもなく、察するのは容易だった。つまりは。


『アトラスに帰ってこいだって』

『迎えに来るって』

『権利があるって』


「つまりは……」


『アトラスを奪いに、明日父親がやってくるって』


グローリアが顔色を変えて執務室を飛び出していった理由が分かった。

これは面倒臭いことになりそうだと、レンシィはソファーから立ち上がり、手に持った本を書棚へと一旦仕舞った。








手紙を見せると共に内容を簡潔に告げた際、今にも倒れてしまいそうな程に顔を真っ青にしたマリアベルは隣で立ちつくしたアトラスを強く抱き締めた。


「嫌です!この子は!この子は私の子です!伯爵家の道具ではありません!」

「マリアベル……」

「お許しください奥様!この子を奪われるくらいなら、私は今からこの子を連れて逃げます!」

「落ち着いてマリアベル。大丈夫よ」


(こんなにも取り乱したマリアベルは初めて見るわ)


下位精霊の視界を共有する魔法を使い、執務室に居ながら応接間でマリアベルと話をするグローリア達を、レンシィはこっそりと覗き見ていた。

何分、下位精霊たちの切り取った言葉だけでは詳しい事態を把握出来ないのだ。

まずは何より情報収集である。


精霊は意図して姿を現さない限り、普通の人間には見えない。

そのためいくら厳重に人払いをした空間だとしても、いくらでも精霊たちは侵入し放題なのだ。

何よりこの世の物質全ては精霊を邪魔することは出来ない。

壁も、窓も、人の目も、何もかもすり抜けることが出来るため、精霊に隠し事をするのは難しい。

そんな精霊の視界を借りてしまえば、レンシィはこの世界のあらゆるものをこの目で見ることが出来るのだ。


レンシィの目の前では、レンシィが視界を借りている下位精霊に気づくことなく、グローリアとマリアベルがどうするかを話し合っている。


1人、詳しい事情を聞かされていなかったアトラスだけが、当事者であるにもかかわらず、困惑気味にマリアベルとグローリア、そして後ろに控えるウォークマンへ忙しなく視線を巡らせていた。

そんなアトラスに気づいたウォークマンが、見かねてやや大きめに咳払いをした。


「ここにいては奥様方にもご迷惑をお掛けしてしまいます!そんなこと出来ません!もう逃げるしか!」

「どこへ行くというの。外の方が危険は増すわ。迷惑だなんて気にしなくていいのよ。私たちの過ごした時間はそんな薄いものでは無いでしょう?」

「ですが!」

「お2人とも、少し落ち着かれてください」


決して声を荒らげた訳では無い。

いつもよりも若干声が張っただけだ。

だがそれだけで、泣き叫ぶように言い合いをしていたグローリアとマリアベルが空気を掴まれたかのようにピタリと口を閉じた。

それまでの騒がしさが嘘であるかのように、一瞬でシンっと静寂が訪れる。

流石は長年この公爵家を仕切ってきたウォークマンだ。圧が半端ない。


「まずは当事者であるアトラスに説明をなさるのが何より先でしょう。呼び出されたは良いものの、何も事情を知らされずに困惑しております。その上でどうするかを選ばせるべきでは?マリアベル、腕の中をご覧なさい」

「……あ……」


それまできつく抱きしめていた自身の腕をそっと開き、胸元へと視線を移す。

マリアベルの瞳に、ようやく彼女を見上げてくる息子が映った。

それはウォークマンの言う通り、普段8歳の子供らしからぬ沈着冷静な姿しか見せないアトラスとは思えない、どこか不安そうに眉根を寄せて物言いたげに見つめてくる子供がいる。

その姿に、ようやくマリアベルとグローリアは我に返った。


「ごめんなさいアトラス。何より貴方にきちんと話さなければならなかったのに……」

「お母様……」

「できれば貴方には、何も知らず、何にも縛られず、自由な人生を楽しんで欲しかった。でも、運命はそれを許してはくれないのね……」

「マリアベル、私たちまだソファーにも座っていなかったわ。まずはお茶でも飲んで、落ち着いてから話しましょう?」

「ですが私は使用人の身……」

「いいのよ、今は気にしてはダメ。大切な話をしなければならないのだから。エルメシア、お願いね」

「はい!はい奥様!」


部屋の隅にはエルメシアも居たらしい。

彼女達のやり取りをハラハラしつつも、黙って見守っていたのだろう。

グローリアは床にしゃがんでいたその身を素早く立ち上がらせ、先にソファーへと座った。

これで少しはマリアベルも座りやすくなるだろうと。

マリアベルも僅かに躊躇う様子を見せたが、この場に座り込んでいても話が進まないと分かったのだろう。ウォークマンから差し出された手を恐る恐る取り、促されるようにソファーへ移動した。アトラスも共にだ。


「……最初から、説明しないといけないわね。アトラス、貴方の父親のことも」


少し緊張した面持ちで自分を見つめるアトラスに、マリアベルはようやくその重い口を開いた。





 

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