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リンゴンと祝福の鐘が鳴り響き、色鮮やかなフラワーシャワーが飛び交う。
「おめでとう!」
「お幸せに!」
「二人ともとても素敵!」
花嫁と花婿に向けて溢れる、たくさんの祝福。
レイラは目を潤ませた。
「本当に、すごくきれいよ」
「…ありがとうございます」
純白のウェディングドレス姿の少女も微笑みながら眦を拭う。シナモンベージュの肩上内巻きボブがかわいらしいレイラの侍女、マリーだ。
彼女の隣に立つのは白いタキシードを着た美青年。
背が高く、ゆめかわいい藤色のロングヘアが印象的な彼の名は、ロイド・デル・テスタ。レイラのブランドの共同経営者でもある。
今日はレイラの大切な侍女とその恋人の結婚式だ。レイラは花嫁付添人として参列している。
マリーのウェディングドレスは透明のビーズで刺繍が施されており、動く度にきらきらと七色の光を反射する。ロイドのタキシードもまた同様。
もちろんレイラパピヨンのデザインである。
ロイドといっしょに、いかにマリーを美しく引き立てるか、悩みに悩み抜いて考えた。
パピヨンの全力プロデュースは、新郎新婦の衣装だけではなく、結婚式全体に及ぶ。
けれどレイラが奮闘しなくとも、この式は素晴らしいものになっただろう。
娘マリーの結婚式にあわせて、普段は侯爵領を管理している男爵も王都の屋敷まで飛んできた。
著名な芸術筋と名高いデル・テスタ家からは、宮廷音楽家を務めるロイドの祖父が楽団を率いてやってきた。華やかで壮麗な生演奏だ。
同じく宮廷画家を務めるロイドの父は、一心不乱に式の様子を絵に残していて、写実的、いや写真にも劣らないリアルすぎる絵を何枚も描いている。
ロイドの母は妖艶な踊り子だった。
艶かしいダンスを披露したと思ったら、オーセンティックなダンスを完璧に踊る。そのギャップがすごい。
モンタールド侯爵は結婚立会人を務めた。
侯爵の前で二人は結婚誓約書に署名して、晴れて夫婦となったのだ。
「うふふ。マリーかわいい、ロイド様も素敵」
「ロイド様、ついに念願かなったわね」
「いいなぁ。わたくしもはやく結婚したいわ」
「ほんと、羨ましい…」
エマ、リーサ、イリス、そして悩ましげにため息をつくハンナも、全員ブライズメイドとしてお揃いのスイートなシャーベットカラーのドレスを着ている。
それは特別にしあわせな日のしあわせな光景。
レイラは目を細めた。
「レイラ」
呼び掛けられて振り返ると、天鵞絨色の髪の婚約者が佇んでいる。
「ルチアーノ様」
差し出された手に手を重ねようとして、「あら」と彼の胸元に気付く。
「見覚えがあるわ、このチェーン飾り」
ルチアーノの琥珀色の瞳に似た、黄水晶のちいさな星がついた懐中時計のチェーン飾り。
「ぼくも覚えがあるな、そのネックレス」
レイラの首元で光るのは、彼女の瞳の色と同じブルーサファイアのちいさな星のネックレス。
「やっとつけてくれたのね!」
レイラはうれしくなって彼に飛びつく。
「やっと宝石箱から出してくれたんだね」
ルチアーノもなんなく彼女を受け止めた。
うふふと微笑み合うカップルに、「今日の主役はマリーとロイド様よ」なんて冷やかしの声がかかる。
「わたくしも婚約者様としあわせになるわ」
振り返ったレイラは、ルチアーノの首に両腕を回したまま、とてもうれしそうに微笑んだ。
***
『七色のパピヨン』
架空の国を舞台にした、ある乙女ゲームのタイトルだ。ヒロインは桃色の髪の少女で、5人のカラフルな攻略対象とそれぞれの恋愛を楽しむ。
ゲーム内でどの攻略ルートでも共通して登場するのが、レイラ・モンタールドという当て馬令嬢。
5人のヒーローたちはそれぞれ婚約者がいたりするのに、ライバルキャラとして立ちはだかるのは必ずレイラだ。
弟と仲が良すぎる姉だったり、婚約者がいるのに攻略対象といい感じになったり。
けれどレイラはいつもヒロインには勝てない。
そして最後はこう言うのだ。
『やっぱりわたくしも婚約者様と幸せになりますわ』――と。
「でもさ、それを言えない相手が唯一いるんだよね」
「………?」
ゲームの中でもレイラの婚約者はルチアーノだった。ではルチアーノルートのラストはどうだっただろうか。
ルチアーノはヒロインを選んで、レイラは捨てられる。その後のことは語られない。別な形で幸せになるかもしれないし、ならないかもしれない。
バッドエンドのないぬるい恋愛ゲームといわれたが、唯一、ルチアーノルートだけがレイラにとってのバッドエンドだ。
もちろん他のルートでも浮気心のあったレイラが幸せになるのかは確かではない。けれどそんなものは些末なことだ。
幸せになりたいと思う相手がいるのか、いないのか、それが重要だ。
―――そう、特に彼女の父親にとっては。
「かわいい娘と婚約させてやったのに、心変わりされちゃあ許せないよね」
「どうしたんですか、侯爵」
モンタールド侯爵の突然のひとり言に、黒い商人と呼ばれる男は首を傾げた。
「ん?選ばなかったら、ただじゃおかないなって話」
モンタールド侯爵はにこりと微笑む。
「……っ?!」
ルチアーノは突然の寒気にぶるりと背を震わせた。
「どうしたの、ルチアーノ様?」
「なんか、悪寒が…?」
おしまい




