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「冷えるようでしたらこちらをどうぞ」



トマの侍従であるノアが、ハンナにそっとブランケットを差し出す。


この日のために特別に用意したそれはドレスと同じラズベリー色で、肩に羽織れるようフードもついている。



「あ、ありがとう…?」



受け取ったはいいが、ハンナは見慣れない形に首を傾げるばかり。ノアは表情を緩めた。



「少々失礼致します」



ふぁさ、と肌触りのいいケットをハンナの肩にかけて、スマートな手つきでするすると首元でリボンを結んでしまう。



「はい、出来ました」



ノアがにこりと微笑んで、ラズベリー色の赤ずきんちゃんはぽんっと顔を真っ赤に染めた。



「あああ、ありっ、ありがとう、ございます…!!」


「どういたしまして」



―――殿下、さっそく破れたり。


ノアは本当に伏兵だわ、とレイラは合掌した。



「レイラ。だんだん陽も陰ってきたし、わたくしも寒くなってきたわ」



同じように肩からブランケットを羽織ったエマが身を竦ませて言う。



「ごめんなさいね。このあと催しが控えているから、あと少しだけ我慢してちょうだい。マリー、エマに温かい飲み物を」


「はい、お嬢様」



マリーがエマに新しい飲み物を差し出すと、彼女はもう違うところに意識を持っていかれていた。


「催しってなにかしら、わくわくしちゃう!」



太陽が低くなってきて、すこしずつ風が冷たくなっていく。まだ本格的な寒さでなくとも、ずっと外にいるとじわじわと冷えて、全員ブランケットを使い身を寄せて暖をとる。



「レイラ、なにがはじまるの?」



リーサの問いかけにいたずらに笑う。



「すぐにわかるわ」



茜色の空に闇がすこしずつ侵食してきて、絶妙なグラデーションが広がる。


美しい光景に、ほうと誰ともなくため息が漏れる。



「マジックアワーよ」



日没前の一瞬の薄明の時間。

空には細い三日月も煌めき、幻想的だ。



「レイラ嬢、たしかにこの瞬間はとても美しいが、催しと言うには…」



マルセルの言葉を遮ったのは、イリスの小さな歓声だった。



「わあ…!マルセル様、ほら!」



イリスに腕を引かれてマルセルが見たのは、小さな小花がぽつんぽつんと光を纏っていくところだった。



「これは…?」


「綺光石よ」



マジックアワーはほんの一時だ。

闇色が深まるにつれ、足元の小さな光が広がっていく。


レイラはふふんと満足げ。



「ハンナのお父様がさっそく送ってくれたものを事前に仕込んでおいたの。小さなものだったけれど、量が量だけになかなかね」



昼間よく晴れて陽射しがたっぷりあったのもよかったのだろう。



「すごい、素敵…!」


「きれいね!!」


「…まるで夢みたいだわ」



光を覗き込むリーサに、ステップで喜びを体現するエマ、うっとりしすぎて呆然としているハンナ。


イリスはマルセルの手を引いて、光る小花の間を歩いている。



「あんなに喜んでもらえるとうれしいわね。パンのように石を撒いた甲斐があったわ」


レイラは嬉しそうに言った。



「…レイラはパンを撒いたことがあったのか」


「あら、例えよ例え」



実は準備の段階で、弟のトマもいっしょに石を撒いていた。


その最中は不満だらけだったが、リーサが喜んでいる姿を見るとなんだかくすぐったくなる。…オレも手伝ったんだよ、なんて。



「見事だな…。父王はなぜレイラが綺光石を求めたのか疑問に思っていて、正直オレも同感だったんだが、この景色を見たら考えが変わったよ」


「だろう?レイラは素晴らしいんだ」



腕を組んで光を見つめるアドリアンの隣に、ルチアーノが並ぶ。レイラを称えるルチアーノは誇らしげだ。



トマと話していたレイラが、うふふとうれしそうにルチアーノに近づいていく。



「ルチアーノ様」


「レイラ、本当に素敵だ」


「ええ。わたくしもこんなに光るなんて思ってませんでした。嬉しい誤算ね」


「いや」



ルチアーノの腕がレイラの腰を引き寄せる。



「違う、レイラが素晴らしいと言っている」


「まあ…」



レイラは驚きでまあるく口を開ける。

くすくすと嬉しそうに笑って、そのままルチアーノと光の中を並んで歩く。とても楽しそうに。



「…………」



その後ろ姿をトマは黙って眺めていた。



「お姉ちゃん取られちゃって、怒ってる?」


「ロイドさん」



そんなトマに背後から声をかけてきたのは、ロイドだった。彼の一歩後ろには手を繋いだマリーがいる。



「違いますよ、そんなんじゃなくて…」



トマは思った。

子供の頃、打算もなにもなく、ただ純粋にレイラを想って協力するのが好意だと思っていた。


そして自分もそうしたいと思っていたが、根本的にレイラの趣味がよく理解できなかったのだ。…それはいまもだが。


姉であるレイラへ親愛の情から、できることはしてやりたいと思うが、理想の通りできていたかと言うと疑問が残る。トマはいつもレイラのアイディアに否定から入ってしまうから。



けれどルチアーノはどうだろう。

レイラへの愛情をきちんと認めたルチアーノは、いまではレイラから逃げず、きちんと肯定して応援している。


そしてそれはレイラの奇抜なアイディアだけでなく、レイラ自身を支えている。



「…レイラ、ルチアーノ様といてよかったなと思って」



「まあ!」


ロイドが叫ぶ。


「まあまあまあ!!」



「トマ様……!」


その後ろではマリーまでもが感激に打ち震えている。



「やったわね、ルチアーノ様!やっとトマ様に認めてもらえたわよ!」



「ええ!?」



ロイドが遠くにいるルチアーノへ大声で呼び掛けて、驚きの声を上げたのはトマだ。



「はあ!?なに言ってるんだよ、オレは最初から認めていたぜ!?ルチアーノ様、ずっとレイラの婚約者だろ!?」


「それは対外的にでしょう?お嬢様の弟であるトマ様は、内心では姉を取られたくないと思っていたはず。違う?」


「そんなことないよ!」



トマにもちゃんと婚約者がいるのだ。

以前にリーサにも勘違いされてしまったが、誤解はちゃんと解いている。トマは弟としてレイラを気にかけていて、それ以上ではない。当然だ。



「ふふ、姉弟だものね。でも、お嬢様風にいうと、それってシスコンって言うらしいわよ」



「っもういいよ!レイラのことはルチアーノ様に任せる!!」



煽られてついにトマが吠えた。

言質取ったりと笑うロイドに悔しくなる。



「…ロイドさんは意地悪だな」


「姉の幸せを望むなら、まずは弟が姉離れしないと。そろそろお邪魔虫は不要よ」



そしてロイドはちらりとマリーを見た。


マリーは喜び勇んでレイラの元に駆け寄り、トマの様子を告げている。



「…それから侍女も、主離れしてほしいかな」

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