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**sideブノワト**
朝、目が覚めると、真っ白で肌触りのいいシーツの上だった。
こんな上質な寝具ははじめてだ。
地方貴族だった実家はもちろん、モンタールド家でもクロフォード家でもお目にかかったことはない。滑らかなシルクに頬を寄せてうっとりとする。
しばらくそうしていると、コンコンとノックの音がして「おはようございます」と二人の女官がやってきた。
そこではっと、ここが王宮であることに思い至る。そうだ、昨日――。
美しい女官たちは、私が目覚めていることに気づくとそれぞれ動き出した。
シャワーを浴びるよう促され、朝から温かい湯を使う。清潔なタオルで身を拭い、渡された着替えもシンプルながら一目で上等とわかるワンピースだった。
身支度を整えている間に、朝食の準備が済んでいた。
窓辺に置かれた丸テーブルの上にスープやパン、フルーツやヨーグルトが並ぶ。きらきらと陽に照らされて本当に美味しそう。
女官のひとりに椅子を引かれ、夢のような気分で腰を下ろす。
彼女たちは始終黙々と仕事をこなし、必要なこと以外は喋らない。しかしそれが余計に自分が傅かれているように感じ、胸が震えた。
―――ああ、最高だわ。
それに比べて、昨日は本当に怒濤の一日だった。
***
クロフォード夫人にハンナの代わりにパーティーに行ってほしいと招待状を渡されて、よく確かめてみれば、それはレイラ・モンタールドの誕生日パーティーの招待状だった。
驚いて、喜んで、ハンナがそれを手に入れていることに嫉妬して。でもやっぱり嬉しくて。
夫人は『ハンナの代わりに顔を出してくれればそれでいい、すぐに帰ってきても構わない』と言ったけど、そんなわけにもいかない。
こんな機会は滅多にないんだから。
急ごしらえで身なりを整えて。
新調したばかりのドレスと靴があってよかった。
ドレスはレイラがデザインしたもので、斬新でしかも動きにくいけれど、注目は集まるはず。
ヒールは一度ハンナに与えたものだけれど、私のサイズに合わせてあるんだから、ハンナより私に似合うのが当然。
意気揚々といつものようにクロフォード家の一番大きな馬車に乗り込んで、侯爵邸へと出発する。いつも妬んだ視線を向けてくる使用人たちもいなくて気分がよかった。
モンタールド邸は相変わらず美しくて素敵だった。たくさんの身なりのいい人々が歓談している。
招待状を示して、私もその中に混ざろうとしたのに、聞き覚えのある声に止められた。ノアだ。
彼はレイラの弟であるトマ様の侍従で、モンタールド邸の中でも侯爵一家の次に発言力がある。
その男が私を迷惑そうに見ている。
「なんでいるんだ、ブノワト」
「なによ!私はもう侯爵邸の使用人じゃないわよ?招待状もあるんだから!」
高らかに掲げると、ノアはそれを見てますます眉を顰めた。
「…ハンナ嬢の招待状じゃないか」
「ハンナは私の妹よ!代理で来たの、問題でもある?」
「大有りだ。二度とモンタールド邸に戻らないという約束だったと思うが?」
「戻ってないわ、招待されたの!」
本当に気に入らない男だ。真面目で四角四面、融通なんてちっともきかない。
厄介払いされて堪るもんですか、と招待状を見せつける。
騒ぎに気づいた客がちらちらとこちらを見ており、ノアの旗色が悪くなる。しめたとますます声を張り上げた。
「招待状があるのよ!?どうして入れてくれないの!」
ノアは鬱陶しそうに重くため息をついて「騒ぎを起こすな」と釘を刺してくる。そして中庭に続く大きな門扉に取り付けられたベルを鳴らした。
からんからん!と響いた音に気分が上がる。
ドキドキしながら会場に足を踏み入れると、血相変えたマリーとロイド様が飛んできた。
シナモン色の髪の侍女は相変わらず可愛らしかった。藤色の髪の美男の腕に小さな手を絡めていて、少しいらっとしたが流してやる。いまの私は使用人じゃない、令嬢だもの。
「あらマリー、ごきげんよう。お久しぶりね」
「ブノワト…!!」
青い顔で必死に睨みつけてくるマリーのなんてかわいいこと。…それに比べて、不愉快そうに眉を寄せているロイド様は少々、いいえ、結構恐ろしかった。
駆け戻っていくマリーと、それを長い足で追いかけるロイド様。さらにその後ろをゆったりと続く。令嬢らしく、優雅に。
…まったく歩きにくいドレスだ。
マリーが向かった先には案の定、彼女がいた。
今日の主役であるレイラ・モンタールド。
ゴールドのドレスを着た彼女は文句なく美しかった。ラズベリー色の髪もきらきらと輝いている。
傍らにはレイラの婚約者であるルチアーノ様が佇んでいて、お揃いのゴールドの衣装もあり、完成された一対だ。
「ごきげんよう、レイラ嬢。本日はお招きいただきありがとうございます」
「…あなたを招いた覚えはないけれど」
レイラが私を見て吐き捨てるように言う。…ぞくぞくした。




