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**sideブノワト**
レイラとの言葉の応酬は気分が高揚する。
それが例えどんな内容でも、美しいレイラが私を見て、私を相手にしているんだから。
特にいま着ているドレスは、以前レイラが雇っていた職人から買い付けたドレスだ。レイラのデザインを指定して仕立てたのだから、私を見る目も変わるはず。
そう思っていたのに、レイラはドレスを見るや顔を顰め、トマ様には好き勝手なことを言われてかっとする。何のためにこんな動きづらくておかしなドレスを着てきたと思ってるのよ!
それからレイラの隣にいたルチアーノ様から、靴を指摘される。
あらあの子、一度この靴を履いていたのね。
ハンナの分として新調したヒールだが、ハンナのものは私のものだ。靴に限らず、どんなものもサイズは私に合わせてある。それを間違っているとも思わなかった。
そうだ、靴といえば――。
「ていうかレイラ、あなた入学パーティーでピンクのヒール壊したわよね!?ハンナから聞いてるわよ!あれも私のものなの、弁償しなさいよ!」
「ええ…?」
ハンナが入学パーティーで履いていたピンクのヒール。足に合わなくて失敗してしまったと嘆いていたが、そのおかげでルチアーノ様と知り合えたのだから、ハンナは私に感謝してもいいくらいよね。
そしてレイラは私のヒールの踵をへし折ったというのだから、弁償して当然。
―――そういえば、あのとき憤る私の話を聞いてくれたのはクロフォード夫人だった。『ヒールを折るなんて野蛮なご令嬢ね』と言って、侍女と眉を寄せていた。
レイラの友人であるハンナの代理として参加するのだから、パーティーではハンナの姉である私に他の貴族から声をかけられるものだと思いきや、そんな気配はひとつもない。
「新しいお客が来たっていうのに誰も挨拶に来ないじゃない。あなたのパーティーもたかが知れているわね」
「なにを言ってるのよ。招待客はみんなクロフォード家より上位の貴族よ。まずはあなたから全員に挨拶するのが筋よ」
「まあ!」
筋だ礼儀だなんだと、これだから貴族は嫌よ。
「あなた、クロフォード家の養女になる話が出ているのでしょう?」
「まあ、あなたの耳にまで届いているのね」
レイラに切り出されて、嬉しくなる。
そうよ、私またあなたと同じ令嬢に戻るの。
「…そのままだったらクロフォード家まで没落するわね」
なによ!私の身分を奪った当人のくせに。
いまに見てなさい、どんな手を使ってでもあなたのいる場所に立つわよ。
レイラのパーティーといえど貴族の催しは堅苦しいし、レイラもうるさいし、さっさと逃げることにする。
僅かとはいえ、パーティーに参加したことは事実だし、またハンナや他の使用人たちに自慢してあげるの。ああ楽しみ。
美味しそうなケーキの詰め合わせまで用意してもらって最高。
呼び戻した馬車の扉を押さえて渋い顔のノアにも、最後は優雅にお辞儀をしてやる。
―――あら?
馬車に乗り込んで首を傾げる。
いっしょに来たはずの侍女がいない。
馭者に声をかけようとして、ぬっと伸びてきた男の手に口を押さえつけられる。
「恨むならお貴族様にしてくれよ。オレたちは頼まれただけだ」
「!!?」
「あんた上物だな。だけどなんだこの変な服」
ぞろりと男の手が身体を這ってぞっとする。
逃げ出そうにもドレスが絡み付いて動きにくいし、押さえつける男の力も強い。
なりふり構わずケーキの箱を振り回して、なんとか口を覆う男の手を剥ぎ取った。
「きゃあああああ!!」
「このっ…!」
力の限り声を張り上げる。
焦った男に馬車の座面に押し倒されて、ああもうだめだ、とぎゅっと目を瞑ったそのとき、がたがたと馬車が激しく揺れて停まった。
「ブノワト!」
私に覆い被さっていた暴漢が引きずり下ろされ、空色の髪の少年に助け出される。
がたがたと震えるだけの私を、彼はぎゅっと抱き締めてくれた。
怖かった、怖かった…!
私は美しい、と誇りに思っていたが、男にいやらしい目で見られたことも、こんな扱いを受けたのもはじめてだ。
青ざめてがたがた震える私を見かねたのか、彼は私を伴って王宮へと向かった。
そこではじめて私は、彼がこの国の第一王子で、レイラの友人でもあるアドリアン王子殿下だと認識した。
不敬に慄き、けれど王子は私を助けに来てくれたんだから、と期待に胸を震わせる。
けれど彼は王宮に着くや、私を女官たちに任せて、自分は執務室へと向かってしまった。
ひとり取り残されれば、再び怯えが募る。
なんだかんだと声をかけてくれる女官たちが煩わしくて強く手を振ると、がしゃん!と音をたてて茶器が落ちた。
王宮のティーセットだ、どんな咎を受けるか。
青くなる私を見かねて、女官たちは湯に浸かるよう促した。いろんなことがあって取り乱しているのですよ、湯を使って落ち着いてください、と囁いて。
ハーブの香る王宮の浴室で、私は呆然としていた。
いったいどうしてこんなところで湯に浸かっているのか。いろんなことが起きすぎてついていけない。頭はパニックで、心は怯えていて――身体が動かない。
「ブノワト、レイラよ。大丈夫?」
そこにレイラが現れた。
見知った彼女の顔に、強張っていた肩から力が抜ける。少しずつ。
「…ざまあみろって笑っているんでしょう」
「そんなわけないじゃない」
ぽろり、と涙が頬を転がり落ちる。
「こわ、怖かったわ…」
一粒落ちれば、あとはなし崩し。
「そうよね」
私は手で顔を覆って、レイラの前でわあっと泣き続けた。
***
「そうだ私、レイラの前で泣き続けて、それで眠っちゃったのよね…」
レイラの前でなんたる失態。
食後のお茶を飲みながら、遠い目をする。
…けれど彼女を見て安心したのは事実だ。
「お食事が終わりましたら、こちらへどうぞ。アドリアン殿下がお呼びです」
王宮女官の言葉に目を輝かせる。
そうだ、私には王子がいるわ!
アドリアン第一王子殿下。私を助けてくれた人。きっと私に目をかけてくれているに違いない。




