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「どうして!?なんでレイラのパーティーに行ったらだめなの?ねえ出して!お願いここから出して、ママ!!」
ハンナは自室に閉じ込められていた。
声も限りに叫び、ドアを何度も叩くが、外からか鍵が掛けられていて出られない。
朝からずっとこんな調子で、ハンナはすっかり疲弊していた。
「どうしてよ…」
涙も枯れ果てて睫毛がぱりぱりする。頭も痛い。
―――レイラのラズベリーガーデンパーティー、もう終わっちゃったかしら。行きたかったなあ。せっかく招待してもらったのに…。
クローゼットから出しておいたドレスが目に入る。今日のパーティーのために新調したドレスだ。レイラパピヨンのドレスではないが、ハンナのために用意されたドレス。ブノワトと共有ではなく。
結局着れなかったな、と思うとまたぽろりと涙が溢れる。
そのときドアの向こうに人の気配がした。
「ハンナ」
「ママ!?」
ハンナは声を上げる。必死に。
「ママ!お願い出して、ここを開けて!」
「ああもう、そんなになるまで泣いて…。ブノワトに任せておけば大丈夫って話したでしょう?」
甘くやわらかい声にますます混乱する。
「どうして!?どうしてわたしはパーティーに行ったらだめなの…!」
「だって侯爵様のパーティーでしょう?それも誉れ高いモンタールド家の。あなたになにかあったらどうするの?」
「なにかって何?なにもないわよ!」
「あなたはまだ若いから言ってもわからないわよね…。あれほどお付き合いは控えなさいと言ったのに、レイラ嬢のお茶会に参加していたのは知っているんですよ」
レイラ嬢の周りにいる方々は上位貴族ばかりなのに――。
聞き分けのない娘に手を焼く母と、言い分を理解してもらえないジレンマに悶える娘。
どこまでも平行線の会話が続く。扉越しに。
「だからって閉じ込めるなんてひどいわ!」
「こうでもしないとあなたどんな方法を使ってでもパーティーに行っていたでしょう?」
「どうしてブノワトならいいの!?」
「……それは、ブノワトなら、」
母がなにか言いかけたそのとき、バタバタと慌ただしい足音が聞こえた。
「―――!―――――!」
「あら、そうなの?まったく――」
使用人が駆けつけたようだ。
しかし、部屋の中にいたハンナには内容までは聞き取れなかった。
母はいくつか言葉を返したようで、来たときと同じようにまたバタバタと足音が遠ざかっていく。人の気配がなくなる。
「え!ちょっとまって、行かないで!開けて!出してよ!」
ハンナは部屋に閉じ込められたまま取り残された。声を張り上げても、もう扉の向こうには誰もいない。
「…なんで、ママ、どうして…!開けて、お願いよ…!」
膝をついたハンナは悲痛に訴えかける。
結局、ハンナは屋敷に戻ってきた父に扉を開けてもらうまで、ずっとそのまま出られなかった。
***
風呂から上がり、身支度を整え、その間もずっと泣き続けていたブノワトは、落ち着かせるために用意されたお茶を飲むや、ことんと眠りに落ちてしまった。
レイラは肩に寄りかかるブノワトの顔を覗き込む。
泣き疲れてずいぶん消耗したのだろう。
まだ睫毛は涙で濡れているが、とてもよく眠っている。
このままそっとしておこう、と思ったそのとき、こんこんと軽いノックの音がしてルチアーノが顔を見せた。
「ルチアーノ様…!」
「…ああよく眠っている」
しー、と口許に指を立てて、ルチアーノはブノワトを見る。
「うまく効いてくれたみたいだね」
「ルチアーノ様?」
「心配ないよ、ごく軽い睡眠作用のあるお茶なんだ。ブノワトが落ち着いたら呼んでほしいと伝えていたから」
女官が二人がかりでブノワトをベッドに運んでいく。
「彼女は王宮の女官たちに任せておけば問題ない。レイラはこっちに」
ルチアーノがレイラの手を引いて立たせる。
「逃げていたクロフォード家の侍女が見つかったよ」
「!!!」
***
王子の命でクロフォード卿の元を訪れたマルセルは、返す足でクロフォード家の屋敷に向かっていた。
王族の紋章が入った衛兵団の馬車が街を全速力で駆け抜ける。
「本当なんですか…」
「?」
マルセルが無言のまま目を向けると、斜め向かいで真っ青な顔をしたクロフォード卿がじっと耐えるように俯いていた。
「さっきお話しされたことは本当なんですか」
「残念ながら事実です」
マルセルは真摯に頷く。
「王家の名にかけて、嘘は伝えません」
馬車が屋敷の前で停まり、クロフォード卿は転げるように駆け降りた。
「あら旦那様、お早いお戻りで」
ハンナによく似た美しいローズ色の髪の夫人が振り返る。
「…本当なのか」
クロフォード卿は震える声で、マルセルへ向けたものと同じ問いを投げかけた。
「襲撃者を手引きした人物が君だなんて、本当なのか!?」
クロフォード夫人は形のいいローズピンクの唇を、うっそりと上品に吊り上げた。
「どうせモンタールド侯爵家の名を語って襲うなら、敷地外でやってほしかったわ。そうすれば完璧だったのに」
―――まあ、ブノワトはとっても美人だから、ならず者も我慢が利かなかったのかしら?
クロフォード卿はぞくりと背筋を震わせる。
うふふ、と笑う夫人の姿はとても可憐で、だからこそ余計に恐ろしく見えた。




