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会場中が騒然とする。
残っていた兵士たちが駆け出し、マルセルとルチアーノも飛び出していく。レイラもすぐ後を追いかけた。
「レイラ!来ちゃだめだ!」
「だって!」
門に向かう道、まだ侯爵家の敷地内で、クロフォード家の馬車がおかしな向きで停まっている。
無惨に散らばるケーキ。
その傍らでブノワトがアドリアンに抱き寄せられていた。
「ブノワト!殿下!?」
一体何があったのかと目を瞠る。
アドリアンの護衛についていた兵士が、馬車から男を二人引きずり下ろしている。
「なにがあったんだ」
ルチアーノがレイラを守るように細い肩を抱き寄せて、二人に近づいた。
「クロフォード家の馬車に不審な男が乗り込んでいたようだ。ブノワトの悲鳴が上がったから、護衛たちと馬車を停めた」
事もなげに言うアドリアンに、ルチアーノとマルセルは顔を歪める。無謀なことを。
アドリアンの腕の中ではブノワトが青い顔で震えていて、レイラは胸が痛かった。
「ブノワト。一体どうして…」
「オレたちは頼まれただけだよ!この馬車に乗り込むきれいなお嬢さんを襲ってくれってさあ、ここの侯爵家の御令嬢に!!」
兵士に捕縛された男たちの下卑た声が響いて、レイラは「な…っ!?」と振り返った。
その向こうに集まった貴族たちがどよめいているのを見て青ざめる。
―――やられた…!!
レイラはブノワトを追い返したかったし、彼女を馬車まで案内したのは侯爵家の使用人であるノアだ。言い逃れができない。
ブノワトが執拗に招待状があると言っていたわけはこれか、ともう一度振り返ったレイラは、そして我に返る。
アドリアンに縋るブノワトの怯えようは尋常ではなく、到底演技だとは思えなかった。
肩に回ったルチアーノの手がレイラを宥めるように撫でる。レイラは彼を見上げて、不安げにその胸に寄りかかった。
「それはおかしいな」
声を上げたのはマルセルだった。
「ブノワトが乗り込む前、戻ってきた馬車から女が降りるのを見た。あれはクロフォード家の侍女じゃないか?レイラ嬢よりその女が協力者と考えた方が自然だろう」
将軍の息子であり、自身も衛兵団に所属しているマルセルの言葉には絶大な信頼があった。
なによりマルセルは野生児以上の、人間離れした視力の持ち主だ。兵士たちはマルセルに同意して頷く。
「レイラは人を襲わせるような姑息なことはしない。そう信じている。お前たちは捕らえた男を取り調べて、他の者はマルセルの言った女を探せ」
アドリアンの言葉に、兵士たちが「はっ!」と声を揃えて散って行く。
彼らを見送ってルチアーノは訊いた。
「ブノワトはどうするんだ?」
「このまま王宮に連れて行く。…気になることもあるしな」
***
結局、ラズベリーガーデンパーティーはそのまま散会となり、レイラはルチアーノと王宮にいた。
「ブノワトは?」
「ずいぶん興奮していたから他の部屋で休ませている」
アドリアンの硬い声にレイラは思わず振り返った。彼は難しい顔で指示を出している。
「至急、クロフォード卿のところに人を回せ」
―――ブノワトを助けたのは殿下だったから、もしかしてと思ったのだけど、違ったのかしら。
兵士たちがばたばたと出入りして、部屋は物々しい空気に満ちていた。
彼らの報告を聞くアドリアンの横顔はぶれることなく、時折ルチアーノに意見を求める。
遅れてレイラの父であるモンタールド外務大臣と、ルチアーノの父であるサルヴァティーニ宰相閣下が到着すると、レイラはここに自分の役目はないと退出を申し出た。
「大丈夫かい、レイラ?」
「ええ、平気ですわ。ブノワトの様子を見てきます」
モンタールド侯爵がレイラの頬を気遣わしげに撫でる。
レイラの誕生日パーティーで起きた事件だ。聞きたいことも確認したいことも山程あるが、それは後回し。
にこりと笑って首を横に振る娘に、父はなお心配そうに頭を撫でた。
「レイラ、ごめん。あとで迎えに行くから」
婚約者であるルチアーノの言葉にもにこりと微笑み返して、レイラは部屋を出た。
王宮の女官の案内でブノワトが休んでいる一室へと向かう。
さすが王宮内はとても広く、さらに人も多いため、すぐに迷ってしまいそうだ。はぐれないようレイラは足を速めた。
「――ブノワト?」
訪れた客間は見事な調度品が並び、細部まで趣向を凝らした贅沢な部屋だった。平時であれば「ほう」とため息をついて見入っていただろう。
けれどレイラの目にまず入ったのは、高価な絨毯の上で無惨に割れたカップと、それを片付ける女官の姿だった。
「あの、ブノワトは?」
指し示されたのは浴室。
レイラは声をかけて足を踏み入れた。
「ブノワト、レイラよ。大丈夫?」
温かい湯気に満ちたそこは爽やかな香りでいっぱいだった。鎮静効果のあるハーブだ。
ブノワトは大きな湯船の隅で自分を抱き締めて小さくなっていた。
「…ざまあみろって笑っているんでしょう」
「そんなわけないじゃない」
肩まで湯に浸かっているのに、その顔は真っ青だ。
レイラはそっとタイル張りの湯船の縁に腰を下ろす。ドレスが濡れることも厭わずに。
手を差し入れた湯はまろやかでやさしかった。片手で掬って細い背にかけてやる。繰り返し、繰り返し。
すんっと鼻をすする音が響く。
「こわ、怖かったわ…」
「そうよね」
ぼろぼろっと大粒の涙が落ちる。
ブノワトは手で顔を覆って、そのままわあっと泣き続けた。




