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「あなたお名前はなんて言うの?」


「…ハンナよ。ハンナ・クロフォード」


「そう、ハンナ、わたくしはレイラ・モンタールド」


「…レイラ…」



よろしくね、とレイラが告げると、ハンナはにこりと小さく笑う。



桃色の髪だけでなく、ハンナは顔立ちも雰囲気もとても可憐だった。

レイラは素直に可愛らしい子だなと思った。



「これじゃ歩けないわね、どうするの?」


「とても困っていて…。だって侍女も呼びに行けないわ」


そうよね、とレイラは頷く。


「ねえ、わたくしに考えがあるんだけど、いいかしら?」


「え?」



レイラはハンナから靴を受け取ると、えいっとヒールを折ってしまった。



「きゃあ!?」


「乱暴なことをしてごめんなさい。でもこうすればさっきより安定するでしょう?」


「あ、本当だ…」



もう一方も同じように取ってしまい、サンダルのようになったそれを履いてハンナは目を丸くさせる。



「すごいわ、レイラ!立てる!」


「ふふ、よかった。でも気をつけるのよ」


「ええ」



「ハンナお嬢様?どちらにおられますか?」



「あ!」



遠くから令嬢を呼ぶ声がして、ハンナは顔を上げる。



「向こうから来てくれたみたい!レイラありがとう、あなたいい人ね!」



ハンナはにっこりと笑って、「ここよ!」と小走りに侍女の方へと駆けて行った。



「まあ…」



レイラはちょっと呆気にとられた。


先程まで足元もおぼつかなかったのに元気に走っていったことにも、泣きべそをかいていた少女の明るい表情にも、いい人と言われたことにも。



そしてくすりと笑ってしまった。

今度の笑みには、憂いの影は見当たらない。



―――でもいまの侍女の声、なんだか…?



「ああ、元気になったみたいでよかった」



突然声をかけられ、どきりと心臓が跳ねる。



「えっ、殿下…!?」



そして声がした先に立っていた人物にも二重で驚いた。


慌てて膝をつこうとしたレイラを王子は押し留める。



「そのままでいい。せっかくのドレスが汚れてしまうよ」



王子はそう言ってベンチに腰かけた。

視線で促されて、レイラも「失礼します」とおずおず腰を下ろした。



「侍女は私が呼ぶように指示したんだ」


「ありがとうございます。あの、殿下お一人ですか…?」



アドリアン王子はにこりと笑う。それが答えだった。



「そんなにかしこまらないでよ。これから同じ学園に通うんだし」


「ですが…」



アドリアンはまたにこりと笑う。レイラは白旗を掲げた。



「それにしてもルチアーノはバカなことをしたね」


「殿下…!」


「こんなにきれいな婚約者がいるのにね?」


びくりと肩を揺らしたレイラを見て、アドリアンは悪戯っぽく首を傾げる。



「けど、レイラ嬢もはっきり言えばいいのに」


「え?」


「もっとわたしを構って!って。あいつは言わないとわかんないよ?」


「え、えええぇっ!?」



アドリアンの言葉にレイラは声を上げた。



「あれ、違う?」



違うって、だって、だってそれじゃあ――。



みるみる顔を真っ赤に染めるレイラを眺めて、アドリアンは目を細める。



「ふふ、かーわい…」



「お嬢様ー!!」


「マリー?」



今度はマリーの声が響き、レイラは王子の呟きを聞き逃してしまった。



「ああ、レイラ嬢の侍女も呼ぶように伝えていたんだ。会場を出ていく姿が見えたから」



アドリアンはなんてことなく告げる。



「そうなんですね、ありがとうございます」


「いいえ。でもレイラ嬢はきちんとルチアーノと話をした方がいい」


「はい」



レイラは空色の髪の王子の言葉に、神妙な顔で頷く。


そして、柔らかく微笑む彼のスフェーンのように緑がかった金の瞳に、にこりと照れくさそうに笑い返した。



「ふは、ほんとかわいー…」



「殿下?」


「なんでもない。ほら侍女が探しているよ、行っておいで」


「はい、失礼致します」



レイラはぺこりと頭を下げてマリーの元へと向かった。



「いいなぁ、レイラ嬢。ルチアーノの子じゃなかったら奪っちゃうんだけどなあ」



アドリアンはその後ろ姿を目を細めて見送った。



「…ああでも、トマも結構キてるみたいだし、あんまり情けないことばかりしてると、味方がいなくなっちゃうかもね…?」



ふふ、と薄く笑うその表情は、ルチアーノを慄かせるには十分な威力があった。




***

「お嬢様?今日はなにかあったんですか?」



その晩、就寝前恒例のガールズトークの際に、ついにマリーに訊ねられてしまった。



「え…?」



レイラは情けなく眉を下げて顔を赤くする。


入学パーティーから帰ってきてずっとこの調子なのだから、侍女も不審に思うというものだ。



「実はね…」



レイラは意を決して、アドリアン王子から言われたことを話して聞かせた。



「ええ?そんなの今更ですよね?」


「えっ!?」


「だってお嬢様、いつもルチアーノ様のことばかり考えてらっしゃったじゃないですか?」


「ええっ!?」


「前に結婚するならルチアーノ様しか考えられないと旦那様におっしゃったんでしょう?バレンタインのときだってお菓子渡してたじゃないですか」


「だ、だって、ルチアーノ様は婚約者だもの…!」


「ルチアーノ様がトマ様と出掛ける度に不満そうでしたよね。ロイド様といっしょにいるところを見られて、ルチアーノ様がいじけているとちょっと嬉しかったでしょう?」


「う…!」


「ルチアーノ様と会わなくなってからはとっても淋しそうでしたし、」


「う…っ!」



「お嬢様、ルチアーノ様が男性としてお好きでしょう?」



「そ、そうね…」



マリーのストレートな指摘に、レイラは真っ赤になった顔を両手で覆って、認めた。ああもう恥ずかしい。



「でも、婚約者のエスコートを放棄するのも、他の女性を助けるのも、ちょっといただけませんけどね」


「やっぱり、そうよね…?」



マリーの言葉にしょんぼりと肯定する。


認めてしまえば、心に澱のように淀んでいたものの正体がわかったような気がした。

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