提案
イスタラとの蜜月は瞬時に過ぎ去った。イスタラはイスタラであって、伯母ラアニでは無かった。言いなりに弄られても不満を抱くことは無い代わり、パージェを虐げようとすることも無かった。いわば、非常に良く出来た、外見だけの愛玩人形であった。
「どうして!」
苛ついてパージェはイスタラを平手で打った。
「どうして君は、僕を虐めようとしないのさ! 伯母様ならこんなに従順じゃない、伯母様ならきっともっと……!」
「マイロード、私は、マイロードの伯母様には成れません」
「成れよ!」
パージェは何度も平手を打った。そして、イスタラをぎゅっと抱きしめて泣いた。
「……成ってよ……僕は、僕はやっと伯母様に再会できたと思ったんだ……十年以上待ったんだ……僕を愛してくれる伯母様に会いたくて……」
イスタラは沈黙した。そしてパージェの体に手を回し、抱きしめ返した。
「私がキャラバンに居た頃、死者をも蘇らせるという凄腕の精霊学者の噂を耳にしました。マイロードの願いを叶えられる可能性があります。その学者を探ってみては如何でしょうか」
メルクリア・バル・リウー博士。
狂気に落ちることと引き換えに、超越した技術力を手にしたとされる精霊学者だ。
「伯父様の命で呼びつけられるかな」
ウェブル伯は辺境伯だ。そう位の低い貴族ではない。
だが学者が狂っていて、正気でないとしたら、会話など成り立つものだろうか。
「……やるだけは、やってみよう。伯父様に進言してみるよ。僕の願いならそこそこは聞いてもらえると思うからね」
情報さんきゅ。パージェはイスタラに軽く口づけた。
イスタラを手に入れてから、パージェの戦績はうなぎのぼりだった。
辺境伯とは、文字通り国境警備を任された、危険を伴う階位である。故に、通常の伯爵位より高位の扱いを受けていた。
辺境を実戦で守るのは、騎士であるパージェ達の仕事だ。並みいる国境警備騎士の中にあって、パージェは異色の騎士であった。イスタラを影に忍ばせて共に活動するようになってからは、更にその傾向は強くなった。
暗殺専用騎士。
騎士道が目を剥いて怒り出しそうな作戦を、幾らでもこなした。敵軍(隣国から進軍してきた兵士たち)を翻弄し、そのリーダーを見つけ出しては誰にも悟らせずに殺した。
司令塔たる人物を見つけ出し、様々な方法で暗殺する。それがパージェの得意とするやり方だった。異議や批判もある程度は飛んでいたが、パージェが辺境伯の甥であり、跡取りであるという事実が、正面から楯突くことを阻んでいた。
実際、司令塔やリーダーを失った兵士は統率を失って戦力にならなくなった。
多くを殺すより、騎士らしいじゃないか。パージェはそう言って批判を一笑に付した。
戦績をあげ続け、伯父の期待を背負い始めた頃、パージェは切り出した。
「伯父様。狂気の学者、メルクリア・バル・リウーを、この城に招待しては貰えないかい?」
――と。




