もし手紙を読んでいたなら
巨鳥ウィンフォルナ種が城の屋根に止まる。
通常は跳ね橋を渡って城に入るものだろうに、上から来るとはね、とパージェは感心した。流石、狂人と呼ばれるだけあって、常識では計れそうにない。
客人がパーティホールに現れるまで、パージェは伯父の横に立ち、じっくりと待った。イスタラは影に隠している。侍女たちが案内し、屋上から来た者たちが姿を現した。
緑の髪が印象的な、無表情の女性を中心に、大柄な男と、もう一人、助手と思しき人物が入ってきた。
「リウー様ご一行、お連れいたしました」
侍女は膝を折って、パーティルームを後にした。大きな扉が軋みながら閉ざされる。
魔術学者の助手を見た瞬間、パージェの心に殺意が湧いた。
返り血にまみれながら、その名を、必死で叫んでいた。呼んでいた。来て欲しかった。来なかった。すがりたかった。見捨てられた。助けてほしかった。助けは来なかった。
「どうして……おめおめと」
僕の前に出てこられるんだい。
黒髪を束ねた男性は、まるでパージェに気づいていないかのように振舞っている。
それが余計にパージェを苛立たせた。
「こちらがリウー博士。助手のハーウィン、自分は護衛のサイ・グロノです」
ひときわ大柄な男が進み出て、博士一行を紹介する。
ハーウィン。知らない名だ。だが、どう見たって、彼であることに変わりはない。
幼いパージェを見捨てて去っていった、術医学生の彼だ。
パージェは、柱時計に隠されていた手紙を、読めなかった。
そこに何が書いてあったのか、知らなかった。
手紙の存在は知っていたが、取りに行く暇もなく、読めないまま、伯父に保護された。
その手紙が、二人の人生の、分岐点だった。
ハーウィンと名乗った方は、パージェが手紙を見ていないという確信が持てなかった。
だから、再会の機会を逸したのは本人の意志であるのか、分からなかった。
ただ、時間が無かった。廃荘園館で三か月じっくり待った後、ハーウィンは結論として、パージェと再会することを諦め、リウーの塔に引き取られることを選んだ。
それが、十年前だ。
ハーウィンが無人の荘園館で待ち続けている間、パージェは伯父に保護され、城で騎士としての訓練を受けている最中だった。
「僕を見捨てたこと、許さないからな」
パージェは強烈な殺意をハーウィンに向けた。指示を受け、イスタラが影から忍び出て、ハーウィンの背後に回り、暗器で命を狙う。
大柄なサイが、見た目にそぐわぬ素早さでハーウィンを庇った。
暗器は叩き落され、イスタラは身の安全のために再び主人の影に潜った。
「どういうことだ?」
ウェブル伯はパージェを見やった。
「こいつは、僕の……僕のイトコなんだ!」
ハーウィンを睨み付け、パージェは唸る。ああ、ノエル侯爵子息か。ウェブル伯は、理解した。ラアニに恋焦がれ続けていたパージェにとって、ハーウィンがどんな存在かも、薄らと見当がついた。
「命を狙うのならお暇する。ここに殺されに来たわけではない」
サイは厳めしい口調で宣言した。
「尤も、貴殿らが手を下したところで、塔は何らダメージを受けないが。ここに居るリウー博士も、助手のハーウィンも、ロボトミードールだ。本人たちは安全な塔に居る。天才学者のリウー博士も、貴重な精霊の子であるハーウィンも、生命の危険を冒せない。故に塔から出る時はドールを使う」
噛みしめるようにサイは言って聞かせる。
「ドールは何体でも作り直せるし、ドールとの連携を断てば塔の彼らにも全く被害はない。それを踏まえたうえで、我らを呼びつけた用件は何か聞かせていただきたい」
何だって? ロボトミードール?
パージェには意味がよく分からなかった。ここに居るのは、ニセモノということなのか。ホンモノは塔に居て、ここに居ないのか。
「ラアニ伯母様を、死者を、生き返らせることは可能なのかい?」
仕方なくパージェは本題について、サイに尋ねた。リウー博士の口が動く。
「死後すぐであれば、不可能ではない」
「十年以上たっていたら?」
「不可能だ」
リウー博士のドールが、抑揚のない口調で答えた。
「そっくりな体があっても、魂だけを復活させることは出来ないのかい?」
「出来ない」
リウーの声は事務的で、とにかく冷たい。
「真面目に答えてよ! 研究費を削減させるよ! 僕は伯母様に会いたい、伯母様に愛して欲しい。それだけなんだ! クーイ、君だって知っているだろう!」
最後のほうの言葉をハーウィンに投げつけて、パージェはがくりと両膝を折った。
「クラウンは確かに誰よりも伯母様に似ている。だけど、だけど、伯母様じゃないんだ……伯母様はこんなに従順じゃない。人形を抱いている気にしかなれない」
ぽとぽとと、柔らかな絨毯に、パージェの涙が落ちる。
ハーウィンは無表情で、黙ったままだ。ドールだからなのか、そうでないのか。
「クーイ、一度でいい。僕を抱いてよ。慰めてよ。子供の時に僕にそうしてくれたように」
「お断りします」
ハーウィンの返事は早かった。その声は機械的だった。パージェの目から涙があふれだした。
「我々ではお役に立てないようですな。では、失礼ながら、お暇いたします」
サイ・グロノは、泣きながら崩れ落ちるパージェを見下ろし、言い放つと、博士と助手を連れて出ていった。
「待てよ。無事に帰れると思うな」
「パージェ!」
涙をぬぐい、よろよろと起き上がったパージェを、伯父が制し、去っていくリウー達に軽く礼をとった。
「……御足労感謝する」
「伯父様っ!」
「パージェ。今はお前の我儘を通すべき時ではない。彼らの武器開発能力が無ければ、この辺境は守りきれない。協力を切られる訳にはいかんのだよ。この国を、この領を、守る意味でも」
パージェは歯がみした。
幼いあの日、伯母様を殺した日。
柱時計の手紙を読んでおけば良かった。
そうしたら、ハーウィンと自分の現在は、大きく変わっていたのだ。
今更、だった。
パージェは声をあげて、幼い子供のように、泣きじゃくった。




