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母の手紙

挿絵(By みてみん)


 まるで彼女はそれを恐れているようだった。それが紙ではなく、何か別のものであるかのように。


 そして黒髪の少年は恐れを知らぬ様子でかさかさとした紙に手を伸ばした。ゆっくりと、一枚ずつ丁寧に目を通す。


「愛するハウエルディーフ様」


 クーイは手紙の束を纏めると、ゆっくりと読み上げ始めた。


「貴方のもとに嫁ぐことが出来なくなってしまいました。お姉様が落馬事故で、子供の産めない体になってしまったのです。代わりに、わたくしがラーベルトゥス家に嫁ぐことになってしまいました。わたくしはとても苦しい気持ちです。貴方に会いたいわ。エルギューヌより」


 パージェは最初は目をそむけるようにしていたが、やがてクーイの手の中に視線を送るようになり、最後には覗き込むようになっていた。


「愛するハーディー。結婚式が近付いてきます。本当は貴方のもとにいく筈だったのにと思うと、胸が締めつけられるよう。お姉様は足が不自由になってしまわれたから、式はお父様のお城で行われることになりました。ラーベルトゥス様は良い方のようだけれど、幼い頃からわたくしはずっと貴方のもとに嫁ぐと信じていたので、何だか収まらない気分です。お姉様もお辛いようで、最近口を聞いてくれません。この手紙も出せないまま朽ちてゆくのでしょうね。お姉様はもう階段を登れないから、きっと誰の目にも触れないと思うけれど。そうでなければ困るわ。わたくし、誰にも胸の内を話せなくて。わたくしは孤独です。エルギューヌ」


 手紙が一枚、また一枚と読み上げられてゆく。


「愛するハーディー。あなたも結婚が決まったそうですね。風の噂に伺いました。お嫁様が羨ましくて素直におめでとうと言えないわたくしを許して。ラーベルトゥス卿はとても良い方です。今度子供が生まれます。精霊の血を継いだ子供よ。あなたの子供が出来たら、将来一緒にさせたいわ。そうしたらわたくし達、精霊の子の親同士になれるものね。あなたの家系も相当お旧い筈でしょう?」


「精霊の子って、何だ?」


 ついとソロスコが首を伸ばした。金色の前髪が、パージェの浅い赤茶けた前髪と衝突する。


「貴族様達は、本来は精霊王陛下から精霊の血を分け与えられた一族なんだ。お金で爵位を買い取ったり後から叙勲を受けたりした新しい貴族様にはその力は無いけどね」


 クーイはソロスコのほうを向いた。


「精霊の血統を継ぐ旧家に生まれた長子は、精霊の力を授かる。長子同士が結婚して子供ができると、その子供は第一子に限り、物凄い精霊力を持つことになる。この子供のことを精霊の子と呼ぶんだ。パージェ様も旧家ノエル卿の血を受け継ぐ長子でいらっしゃるから、例えば、ソーレル様やハーディー卿の長子に嫁げば、産まれる第一子は精霊の子になるはずだね」


 再びクーイは手紙の束に目を落とした。


「愛するハーディー。わたくしは我が子と一緒に戻って参りました。アインストに振られてしまったの。正確には、何か良く分からないご事情のようだけど。ノエル一族は狙われているとか主人は言っていたわ。わたくしと我が子のパージェは、被害を受けないためにって言われて、結局離縁させられました。殿方の政治談義にはついてゆけないけれど、何だか切迫した雰囲気よ。わたくしは居場所が無いので、昔のようにお姉様の荘園に引き取られることになりました。子供も一緒よ。パージェは両性で、アインストそっくりです。だけど病気持ちで産まれてしまったらしくて、髪の色も肌の色も目の色も、わたくしにもアインストにも似ていないの。色がすごく薄いの。体が段々植物になっていく病気だと侍医は言うのだけれど……五年も生きられないと言われてしまって、わたくし、子供を見るとつい涙が出てしまうのです。お姉様はそんなわたくしにしっかりしろと仰るのだけれど……わたくし、パージェのこと凄く愛しているのだわ。アインストのことも、心の底ではこんな風に愛していたのかしら。……」


「うんざりだ!」


 パージェが突然大声を上げ、クーイは朗読を止めた。


「嘘だ! そんな手紙信じられるものか! あいつは逆賊なんだ、母様と僕を捨てた、逆賊なんだ! あいつが逆賊でなかったら僕は、伯母様にあんな風に言われたり、呪われたりしなかった! 嘘だ! 全部嘘っぱちだ! 出鱈目言うなよ!」


 半狂乱になって彼女は手紙の束を取り上げ、ぐしゃぐしゃに握りつぶした。その目は涙目になっていた。


「僕はっ、僕はっ……僕は、穢れた血の流れる悪魔なんだっ!」


 心を振り絞るように叫ぶと、彼女は上を向いた。その頬に涙がつつと這い落ちる。


「母様を殺した。伯母様に嫌われて当然なんだ。ノエルの血なんて滅びてしまえばいい! 僕はただ、僕はただ……」


 しゃくりあげながら彼女は顔を覆った。


「伯母様に愛されたいって思ってる、それだけなんだよお!」


 彼女は泣き続けた。全ての感情を出しきってしまおうというかのように。



 クーイはそんなパージェの肩を抱いた。自然、パージェは彼にすがりつくような形で泣き続けることになった。クーイは穏やかな無表情だった。瞳を覗き込んでも、何を考えているのか探れない。


(精霊の子かぁ……へー、『町の民』にはそんなのがあるんだなあ)


 二人の様子を見ながら、ソロスコはひとり、ぼうっとクーイの言葉を反芻していた。


(オレら『空の民』は、あっちゃこっちゃで氏族に分かれていて、族長がいっぱい居るからなあ。『町の民』は氏族自体が少ねーから、民の力がひとところに集まっちまって、そういう風になるんだろうな)


 そこまで考えて、彼はあの翼がよだつような感覚を思い出した。


(……待てよ。精霊力の高い子供って……)


 ギョッとしたようにクーイを見つめる。クーイとパージェが隠し通路から戻ってきた時に感じたあの気配。人間ではない、無機質でもない、翼あるものの気配。動くこともままならないほどの力の放出。あれは、あれこそが、強力な精霊力の渦ではなかったのか。


(もしかしてさあ……クーイって、精霊の子、なんじゃねーの?)


 黒髪の少年の表情を推し測る。だが答えは見つからない。


(ま、まっさか、なあ。だって、だって、もし万が一そうだとしたらだぜ、クーイって貴族様の子供ってことになるじゃねーか。戦争で親を失った孤児ってきーてんだから、まさか親が二人とも貴族様ってこたあねーだろ……だろお?)


 ソロスコはぽりぽりと頬を掻いた。


(そう言や、虜囚時代に、逃げ出せないよーに何か強力な呪いをかけられたらしい、とか前にゆってたもんな。きっとソレだな。うん。ソレだよ)



 パージェが落ち着くまでゆっくりと待ち、そしてクーイは手紙の束から最後の一枚を取り出した。



「(宛名なし)

 ああ、もう、どうしていいか分からないわ。誰にこの胸の内を伝えたらいいのかしら。

 アインストの首が落とされました。ノエル一族は子供に到るまで皆殺しだそうです。アインがもし、わたくしとパージェの縁を切っておいて下さらなかったら、わたくし達も殺されていたわ。お姉様のご様子もおかしいの。わたくしがこちらに落ち着いた頃はとても良くして下さったのに、アインの訃報を聞いてから態度が豹変されたの。気付け薬よと言われてわたくしは何か飲まされました。侍医は栄養剤でしょうと言うけれど、何だか心配。パージェに到っては、今まであんなにやさしくして下さったのに、『逆賊の子』とか『裏切り者の末裔』とか、ひどい言葉をあびせたり、怒鳴りつけたり、時には杖でぶつこともあります。わたくしはパージェを抱きしめてずっと耐えていることしかできません。朗らかに育っていたパージェがみるみる変わりました。泣くと余計にお姉様の逆鱗に触れるようなので、泣かないようにと言い聞かせたら、あの子、笑顔で涙を流しているの。切なくなります。パージェはまだ三歳なのよ。どうか助けて。誰でも良いからここからわたくしたちを連れ出して。お姉様はお兄様ともお父様とも話をさせて下さらないの。せめて手紙の一通でも出せたら良いのに! わたくしとパージェは孤立しています。どうして? 何がそんなにお姉様のご気分を損ねているの? わたくしが、お姉様の婚約者だったアインと契ったからかしら? でもわたくしだって婚約者のハーディーを他の女性に奪われているのよ。好きでラーベルトゥス家に嫁いだ訳でもないし、ましてや好んで出戻りした訳でもないわ。パージェがアインに顔立ちが似ているから? どうしてお姉様はアインが亡くなった途端に態度を変えたの? 分からない。お姉様のこと理解できない。わたくしはここから逃げ出したい気持ちでいっぱいです。精霊様、どうかお力を。お力を下さい。誰か、助けて――」



 ぎゅ、とパージェの腕に力が篭った。クーイはよしよしと宥めるように彼女の肩を叩いた。


「……で……つまりさ、どーゆーことなワケ?」


 おずおずとソロスコが尋ねる。クーイは考え深い表情で手紙の束に再び視線を走らせた。


「書いてあるそのままの意味だと思うよ。僕には、やっと謎が解けた」


「な……謎?」


「この荘園の建築様式さ。ここは、荘園そのものが、牢獄なんだ」


 クーイはそう呟くと、絨毯に指で荘園の図を簡単に書いた。


「いいかい、荘園主は足がお悪いご婦人だ。なのに、館は築山の上に建っている。坂道も階段も、足を悪くしている人には難関なんだよ。そう思うとおかしいじゃない? それから、門からの道。庭に作られた川と交錯したりして美しい模様を描いているけど、よく考えれば足が悪い方のために考えられたものではないよね。これも邪魔なだけだ。寧ろ、足が悪い人が一人で出歩かないように作られていると考えても良いね」


 そしてパージェの腕をさすると、言葉を続けた。


「もうひとつ、隠し通路についても面白いと思ったんだ。このお館はいわば砦、お城の一種だよね。なのに隠し通路はどれも、城壁の外へ出られる造りではないんだもの。屋根に続いたり、地下に続いたり、部屋から部屋へと渡り歩くためのものはいっぱいあるのに、脱出用のものは一つも無いんだよ。初めて設計図を見たときから、ずっと不思議に思っていたんだ」


 黒髪の少年はそこで言葉を切ると、パージェの瞳を覗き込んだ。


「このお屋敷は、パージェ様の伯父様と、お祖父様が、ラアニ様のために、お造りしてお贈りされたと仰いましたよね?」


「う……うん」


「冬になると避寒しなければならないような、寒い寒い山間の僻地、というだけで、十分足を悪くされている方には苛酷ですのに、更に丘陵や川や足場の悪い場所を幾つも造って、そしてお贈りされた訳ですよね。こんな処じゃあ農作物だってまともには取れないでしょう。それに近くには『山の民』の集落があります。彼等との契約がどうなっているのかわかりませんが、もしかしたら良い狩猟地があるのかも知れませんね。足を傷めて馬に乗れない荘園主がどんな猟師を雇えるのか分かりませんけれど……」


 パージェはわからないから黙っていた。ただ暖炉の中で踊る火だけを見つめていた。頭の中がぐちゃぐちゃになリ過ぎて、やがて火のオレンジ色に染まっていく――。

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