僕の父は逆賊なんだ
隠し階段の入り口は面白いように幾つも見つかった。だがそのいずれもが途中で途絶えていた。漆喰と煉瓦で塗り固められていて、それ以上進むことが出来なくなっていた。
「……ラアニ様は、何を隠しておられるのでしょうね?」
興味深い表情でクーイは呟いた。パージェはただ茫然と少年につき従っていた。明かりを任されたソロスコはと言えば、発光するハンカチを掲げながら先頭で途方に暮れていた。
「本当に要らないのなら、パージェ様が仰ったように潰してしまわれるでしょう。でも工事前と工事後の旧館を比べてみると、建物自体には恐らく手をつけずに、ただ土が盛られているだけのように思えます。築山の大きさも一階部分を覆う程度の大きさですし、新館の作りと比較しても不自然さが否めません」
クーイは知ったような口ぶりでそう言うと、踵を返した。
「お、おい、クーイ。お前、何でそんなこと詳しーんだよ? おかしいよ」
慌てたようにソロスコが後を追う。
「設計図を見たんだよ。だって僕がここを選んだのだもの」
囁くように彼は答えた。
「選んだ、って……」
「ソロスコは僕がソーレル様のご後見を受けていることは知っているよね? 僕は理由があってここに派遣されたんだ。その時に君達を連れてくることも選んだ。ゲゼント卿の仲介でラアニ様のお屋敷の離れを、冬の間お借りするっていうのは、そもそも僕の仕組んだことだからね。事前準備は当然済ませてあるさ」
振り向かずにしれっとクーイは続けた。その背中に寄り添うようにして、パージェがやや心許なさそうに呟いた。
「何の話をしてるの? 僕には良くわからないよ」
「パージェ様はお気になさることはございませんよ」
クーイは微笑み、パージェの不安そうな顔を覗き込んだ。
「ただ、私は貴女に逢いに来たのです。お会いして間も無い頃でしたか、そう申し上げたでしょう」
三人は、程なくして、薄暗く寒い廊下に戻ってきた。みすぼらしい部屋には背を向け、離れへと続く道をたどる。
「ラアニ様のご意志に何か引っかかるものがあります。パージェ様、貴女はどうしてあんなお部屋に閉じ込められておいでだったのですか?」
「え……」
旧館を出ると、まだ雪合戦の楽しげな声が遠くから微かに聞こえてきていた。三人は雪を踏みしめて離れへと進んだ。
「お部屋に、裏返しの絵がございましたよね。傷めつけられて、絵の具も剥がれ落ちて、何度も何度も切り刻まれた絵でした。あの絵には何が描かれていたのですか?」
問われてパージェは表情を堅くした。
「裏切り者さ」
吐き捨てるように答える。
「裏切り者?」
「穢らわしい逆賊だよ。僕の血を穢した。もし生きていたなら、僕がこの手で屠ってやりたいくらいさ。もうとっくに死んでいるけどね」
声に怒りを漲らせて彼女は続けた。
「どうして伯母様があの絵を僕に下さったのか分からない。あんな穢らわしい男の絵なんか。だけど伯母様が下さったものだもの。見たくないけど壁にかけておくしか無いじゃないか」
「ラアニ様が下さったものは、そんなに少なくていらっしゃるのですか?」
宥めるような口調でクーイは畳みかけた。
「そんなことはないよ。あの部屋だって伯母様に頂いたものだし、僕の私庭もそうだし。男物の衣装なんか衣装部屋に一杯頂いたよ」
「男物の服、ですか? でも、パージェ様は両性でいらっしゃるのに……」
「伯母様は男物の服がお好きなんだよ。伯母様とお会いする時は男みたいに、髪をきちんと結い上げるんだ。でないと会って下さらないんだよ」
三人は寒さに身を縮めるようにして、離れへと戻った。庭にはまだ子供達の歓声が響いている。雪合戦はまだ続いているようだ。
「……そう言えば、パージェ様はご自分のこと、僕って仰いますよね? 男の子のようなお言葉遣いも、やはりラアニ様のご指示ですか?」
「うん。そうだよ」
小さな声で彼女は答えた。
「伯母様は僕が女みたいになるのがお厭なんだ。両性ってほら、女に寄ったり、男に寄ったりするだろう。でも、僕が母様の真似なんかしたら、杖で殴りつけられちゃうよ。僕も、伯母様がお望みなら、このまま男になったっていいと思ってる」
クーイはふうんという声を立てたまま、暫く沈黙した。三人は雪合戦中の子供達に見つからないように離れに入った。そのままパージェの私室へ行き、暖炉に火を入れて外套を脱ぐ。どこまでついて行っていいのか分からないソロスコはただひとり、おろおろしながら二人の様子を窺っていた。
「そんなに緊張しないで、くつろぎなよ、ソロスコ」
見かねてクーイが苦笑した。三人は暖炉を囲むように円座になり、柔らかな絨毯の上に直接腰を下ろした。ソロスコは迷いに迷った挙句、クーイの隣に、パージェから少し隠れるようにして落ち着いた。
「……色々と思うところがありますね」
ぽつりと呟くようにクーイが言った。パージェは訳がわからないという顔で彼を見た。
「だってそうでしょう? 逆賊、裏切り者、穢れた血と嫌い罵りながら、パージェ様に当人の絵をお贈りされたのですよ? その上でパージェ様に男性の格好を強いるのですよ。旧館の一階を潰さずに土に塗り込めているのも気になります。エルギューヌ様の墓標にこれ見よがしに彼のことを刻んであるのも、おかしいとお思いになりませんか? 普通の精神状態では考えられないことですよ」
クーイは腕を組んだ。
「つまりラアニ様は、心に矛盾を抱えておられるのですね。どのようなお心持ちなのかは推測の域を出ませんが、それをパージェ様にぶつけておられるような気がします」
「おいおい待てよクーイ、彼って……誰のことだよ? 話が見えねーよー」
ソロスコはパージェに聞こえるか聞こえないかの小声でクーイに尋ねた。
「アインスト・ラーベルトゥス。パージェ様のお父様だよ」
クーイははっきりと答えた。
「一族刑に処された、ノエル侯爵の双子の弟さ。金山の権利を持っていたんだ」
一瞬、沈黙が訪れた。そして気がつくとパージェの腕から白い鞭が大きな棘のように飛び出し、ぴたりとクーイの喉元に突き付けられていた。
「その名前を口にするな!」
苦々しい声で彼女は呻いた。
「お父様のことは、お嫌いなのですか?」
「あんな奴、あんな逆賊、父親なんかじゃない!」
怒った獣の様に唸る。ひいと情けない声をあげ、腰を抜かしたまま後図去ろうとするソロスコの横で、蟲を突きつけられている張本人は至って冷静だった。
「逆賊かどうかは疑問がありますよ?」
クーイは落ち着き払った口調で答えた。
「第一、ノエル侯爵が謀反を企てた、ということすら、何も証明されていないのです。ロゥという村が一夜にして灰燼と化した、イベという町が何らかの魔術によって半壊した、その時精霊王陛下の内政官がイベの町に、即ちノエル侯の奥方様の屋敷に滞在していて、奥方様共々巻き込まれて亡くなられた、以上が事実の全てです。これを国家反逆罪と決めつけたのはノエル侯を討ったウェアラトレス卿だけ。使用されたと言われている魔道兵器も見つからず、ノエル一族が謀反を企てようとした証拠も無い。ウェアル卿は血判状を発見したと発表しましたが、実物を見たものは誰も居ない。そして、仮に魔道兵器を開発したのであれば間違い無く真っ先に疑われるであろう人物、魔法学者のメルクリア・バル・リウー博士が、何のお咎めも無く、事情聴取すらなく、野放しにされている。彼女の亡夫はノエル卿の近衛騎士です。なのに、寧ろウェアル卿はリウー博士を宮廷魔術師として抱え入れようとさえしていました。リウー博士はそのお話を蹴られたようですけれどね。その後彼女は息子さんの死によって発狂されたと聞きました。……少し話が逸れましたね」
淡々とクーイは続けた。パージェは険しい顔で蟲を突きつけたままだが、瞳に困惑の色を浮かべ始めている。
「本当に国家反逆罪として裁かれるのであれば、通常ならば精霊王陛下の名の元に貴族院が召集される筈です。ですがウェアル卿はそれをなさらなかった。しかも国家反逆罪と仰り始めたのは、ノエル侯が一族刑に処された後からです。そしてウェアル卿は当時、ノエル侯の所有地であったレイラカン岬と領海権を狙っておられました」
パージェの困惑は増す一方だ。
「多分パージェ様もご存知かと思いますが、ノエル侯は財力において秀でた貴族様でした。街道の整備と治安維持に力を入れ、商業都市には自治権まで与えて、物流を活発化されていたんです。そして、双子の弟君であるラーベルトゥス卿が金山の権利と造幣権を得ておりました。近隣の貴族様からは羨ましがられ、時に妬まれてもおられたようです。今のご領主様であるソーレル様は、ウェアル卿がノエル侯を嵌めたんだろうとお考えでいらっしゃいます。ソーレル様はもともとノエル侯の重臣でいらっしゃいましたから……。だからノエル卿の後釜に座ろうとしたウェアル卿を討ち破り、グラウロン市のお城とレエル地方の支配権を取り戻されたのです。少なくとも私は、そのようにご説明を受けております」
「ちょ、ちょっと待ってよ、意味が良くわからないよ」
パージェは蟲を突きつけたまま、首を振った。
「良くわからないけど……わからないけど……でも、でも、あの男は逆賊なんだ。裏切り者なんだ。僕の血を穢した。僕を貶めた。それだけは確かなんだ。君が何て言ったとしても、あの男は汚らわしい逆賊なんだ」
「そうお思いにならなければ、ご自身が保てませんか?」
再び沈黙が部屋を支配した。パージェは瞳を揺らし、険しい表情を懸命に保っていた。一方クーイはあの見透かすような黒水晶のまなざしで彼女を見据えていた。二人の間に張り詰めた空気が流れていた。ソロスコはおろおろと両者の顔を見比べていた。
「だって……だって……僕があいつの子供だから、伯母様が……」
パージェの声が湿度を増した。
「あいつの子供でさえなければ、僕は……きっと伯母様は……」
『穢らわしい逆賊。悪魔の子。お前が妹を殺したのよ』
レディ・ラアニの声がぐるぐると脳裏を回る。何回も、何回も。
「……僕があいつの子供だから、汚らわしい悪魔の子だから、僕が母様を殺してしまったから、だから伯母様は僕のことを許して下さらなくて、僕のことをお嫌いになって、だから、だから……」
自分に言い聞かせるように繰り返す彼女の頬が濡れてゆく。
「パージェ様。私は、真実を知りたいのです」
クーイは穏やかな微笑みを浮かべ、喉元から力を失った蟲の棘をゆっくりと外した。
「お母様のお手紙を、見せて頂けませんでしょうか?」




