姫君に出来る事
考えるより先に身体が動いていた。パージェは扉を払いのけるように引き開けた。驚いた表情で振り返るハリー教授。クーイの姿はベッドの周囲の術医学装置のために陰になっていて見えない。
「強制……帰還って……ここから去れだなんて……何なんだい!」
震える声でパージェは喚いた。声だけではない。カタカタと全身が小刻みに揺れていた。やっと一緒に居られると思ったのに。やっと。やっと!
「どういうことだよ!」
つかつかと教授に歩み寄り、教授の胸倉を掴まんばかりの勢いで尋ねた。ハリー教授は驚いた表情のまま、固まっていた。
「パージェ様、私が悪いのです。もっと私がしっかりしておれば、学友があんなことになりはしなかった筈です。パージェ様に対してタルヴァッカは無礼を働いたのでしょう? その咎を私が受けるのは当然のことです」
落ち着き払った声がベッドから聞こえた。
「でも、でも、あれはあの下民が悪いんじゃないか! この僕に何て言ったと思う? 腕を潰すくらいで許してやったんだから、慈悲深いほうじゃないか!」
「そうですね、パージェ様」
クーイは頷いた。
「彼がソーレル様の所有する学生でさえなければ、良かったのですけれど」
戸惑うパージェを、ハリー教授は手で制した。
「パージェ様。あなたはもう取り返しのつかないことをなさったのです。タルヴァッカが術医学生としてこの先やっていけないということは、ソーレル様の財産をひとつ潰してしまったのと同じ事です。あなたは咎を受けねばなりません。それを止められなかったクーイにも、そして私自身にも」
ハリー教授の説明に、頭の中が真っ白になった。「厭だ」とパージェは呟いた。「厭だ」もう一度呟いてクーイのベッドに駆けより、膝を折ってリンネルのシーツを握り締めた。「厭だ!」クーイにすがりついた状態で彼女は叫んだ。
「厭だ! 僕を置いていかないでよ!」
クーイはパージェに手を重ねた。そして、穏やかな口調で囁いた。
「方法は、ない訳ではありません」
「……え……」
「パージェ様。タルヴァッカをお助け下さいませ。貴女にならお出来になりますとも。私の骨を接いで下さったように、彼の手術にも協力して下さいませんか? 彼の腕が元通りに使えるようになりさえすれば、この件をソーレル様にご報告申し上げる必要はないのです」
クーイはパージェにやさしく語りかけると、目を上げてハリ―教授を見た。教授はクーイの提案に動揺していた。
「し、しかし……クーイ……」
「パージェ様の蟲が危険なものだとは承知しております。ですが所詮蟲はパージェ様の思うまま。パージェ様が望まなければ、器換蟲の感染はあり得ませんでしょう? タルヴァッカの手術にあたり足りない部分は、蟲を使えば十分補えると私は思うのですが……先生、如何でしょうか?」
狼狽える教授にクーイは畳みかけた。確かにクーイの骨折個所は全て綺麗に骨接ぎされていた。骨が皮膚を突き破った跡は残っているのに、骨自体は全て正常位置に戻されていた。クーイはパージェが彼の体内に蟲を入れた際、めりめりと音を立てて折れた腕が真っ直ぐに戻ったという経緯を教授に話していた。
「ぼ……僕に、何か出来ることがあるっていうのかい?」
悩んでいる教授の横で、パージェはクーイの提案に飛び付いた。
「君が居てくれるのなら、無理やり帰されなくて良くなるのなら、僕に出来ることは何でもするよ! ねえ、僕は何をすればいいのさ?」
あの残忍な光を宿していた金色の瞳は、今や湿って大きく揺れていた。




