蟲の利用法
そして彼女はタルヴァッカの手術に協力することになった。タルヴァッカの腕の内部は、粉砕した骨が神経や血管、筋などを傷つけていた。タルヴァッカは精神的なショックも激しかったため、あの事件以来ずっと誘眠ガスで眠らされていた。
「粉々になった骨の残骸を全て撤去し、この細い繊維を使って千切れた神経や血管を縫い合わせるのですが……そんなに難しいことが、果たして可能あなのですかな……」
ハリー教授は手術着でパージェに専用の術医学器材を見せて説明しながら、内心は不安に駆られていた。他にも数名の術医師達が立ち会っている。「こんな莫迦げた方法があるものか」などとマスクの下から耳障りな囁き声も偶に聞こえてくる。蟲で粛清してやりたい気持ちをぐっと堪え、パージェは教授の説明に集中した。
「僕の蟲使いを甘く見ないで欲しいね。蟲はどんな細さにだってなれるんだ。砕けた骨だろうが何だろうが、邪魔なものは残らず喰い尽くさせてみせるよ。その後蟲にこの繊維を持たせて、千切れた部分を繋いでやればいいんだね」
一通りの説明を受け、パージェは腕の毛穴から揺らめくような湯気をあげた。湯気に見えるほどの微量の蟲だ。ざっと大人達が身を引いたのが分かった。
潰されてぐにゃぐにゃの肉片と化したタルヴァッカの腕に、蟲を侵入させる。激しい痛みが伝い走ってパージェはびくりと身を縮めた。そして、クーイから教わった痛みと神経の関係を思い出し、痛みのリンクを遮断した。
タルヴァッカの腕の中は奇怪な迷宮だった。到る処に内出血が固まっていて、元の骨の形が分からないくらいに変形している。パージェは声に出さずに蟲に命じた。
「腕を治せ」
たったこれだけの命令で、蟲は忠実に働いた。余計な血塊を喰い除き、託された細かい術医学用の繊維で、断線した神経や筋を繋いだ。術医学の知識はパージェには殆ど無かったが、とにかく正常な腕に戻るよう念じ続けた。みるみる肉片が腕の形を取り戻す。体内透視鏡を見つめながら固唾を飲んでいた大人達からどよめきがあがった。
「これでいいのかい?」
作業が終わるとパージェは蟲を呼び戻し、ハリー教授に尋ねた。教授も体内透視鏡を見つめて茫然としていたが、我に返り「あ、ああ」と返事をした。
「じゃあ、約束したよね。これでもうクーイを送還したりしないんだろうね? 一緒に居てもいいんだよね?」
パージェは教授に詰め寄った。教授ははっと表情を戻し、そして「経過を見ないことにはまだはっきりとは回答できかねますな」とはぐらかした。
「経過って、どれくらいかかるのさ?」
彼女は更に詰め寄ったが、曖昧な答えしか得られなかった。
「僕に出来ることは全部やったよ……やったと思う」
パージェはクーイのベッド際に伏せた。
「お疲れ様でした、パージェ様。大変だったでしょう」
クーイはパージェをねぎらった。
「ねえ……君はここに残れるのかな? 僕と一緒に居て欲しいよ。……もう、ひとりきりは厭なんだ。……すごくすごく、さみしいの」
初めてパージェ自身が、その言葉をはっきりと口にした。
「パージェ様……」
クーイはそっとパージェの肩に触れた。そしてお互いに何も言わず、ただ暖炉が立てる音だけに耳を澄ませた。
迷っている。
使命を忠実に果たすべきか、それとも裏切るべきか。
ここに来て彼は結論を出せずにいる。
ずっと、迷っている。
後から考えれば、この時、すぐに行動するべきだったのだ。
手術後のタルヴァッカの経過は順調そのものだった。子供特有の回復の早さが彼を助けた。タルヴァッカは数日で意識を取り戻した。ギプスが取れると、早速リハビリに取りかかる。
それはクーイも同様だった。腹部の傷が完治して腕のギプスが取れると、彼もすぐにリハビリに専念した。治療器具は取り払われ、寝床は長椅子に戻った。パージェはクーイのリハビリを頑張って助けた。クーイはまるでなまった身体能力を回復させようと躍起になっているようだった。
「習慣……かも知れませんね。常に俊敏に動けるようにしておかないと、落ち着かないんですよ」
不思議そうなパージェに、クーイはにっこりと答えた。
「タルヴァッカ!」
長い長いリハビリの期間を終え、遂に教室に戻ってきた学友に、セール・ソロスコは思わず抱きついた。そして「薔薇くせえっ」と噎せ込んだ。
「ああ、何でか分からないけど、先生が絶対に持ってろって言うから……」
タルヴァッカはポケットから薔薇のサシエを出して見せた。ソロスコはもう一度大きなくしゃみをし、鼻の下を擦った。
「で、お前もう大丈夫なのかよ? 腕のほうはどーなんだ? ソーレル様のとこに戻んなくってだいじょーぶなのかよ?」
「ああ、大丈夫みたい……かな?」
「お、お兄ちゃん……っ」
答えた瞬間、小さな女の子が涙ながらに飛び付いてきた。妹のベフェだ。
「また腕、使えるようになったの?」
「んん……まだちょっと変な感じはあるけど、でも大体治ったんじゃないかな。ソロスコ先生のお陰だよ」
そう言うとタルヴァッカはソロスコの手を取った。
「君の父さんはやっぱり凄い人だね。後で有難うって伝えといて欲しいな」
彼は、手術にパージェが貢献していることを知らされてはいなかった。
クーイが回復すると、毎日の水汲みがぐっと楽になった。パージェがうんうんワゴンを押している横で、少年はまるで軽々と用事をこなしているように見えた。もう怪我をしていたとは思えない回復ぶりだ。水汲みの後は、洗濯物を使用人室まで持っていったり、簡単な片づけをしたりして、二人で過ごした。
パージェは休まずに働く黒い背中を見つめ、次に荒れたままの部屋を見つめた。蟲に引き裂かせた天蓋布、散乱している破損した調度品や装飾物。
彼女はふと自らの意思で箒を取った。そして、自分の部屋を片付け始めた。




