1 ほら、またそうやってすぐ人に影響される
なろう作家になろうと思った。
色んな意味でギャグではない。
きっかけは友人がなろう作家デビューを果たしたことだった。
彼が前々からなろう小説を読み漁っていたことは知っていたが、まさか自身でなろう小説を書き出すまでに至るとは思ってもみなかった。
とても私と同じ、三十路をとうに超えたおっさんだとは思えない。羨ましい限りの行動力だ。
そして、私はそんな彼に勧誘されたのだ。
一人で小説を書き続けているの寂しい。執筆仲間がほしいから、お前もなろう作家になろうぜ、と。
繰り返すが、ギャグではない。
最初は断った。
確かに私は履歴書などを書く際、趣味の欄に読書と一切の憚りなく記載するほどの読書好きである。
特に推理小説を好み、密室やクローズド・サークルといったワードを聞くと未だ年甲斐もなくワクワクする。
少し話がズレたが、彼はそんな私のことを知っていたので勧誘の対象としたのだろう。
しかし、言うまでもなく小説を読むのと書くのとでは天と地ほどの差、雲泥の差がある。
ましてや今回彼が誘ってきているのは作家は作家でも、なろう小説と呼ばれるものの作家だ。
もしかすると誤解があるのかもしれないが、私はなろう小説とはラノベのようなものだと思っている。
私は読書の他にゲームやアニメ鑑賞を趣味・嗜好に持つ、いわゆるオタクと呼ばれる類いの人種なのだが、ラノベに関しては殆ど読んだことがなかったのだ。
読まず嫌いというわけではなく、ラノベも読まずに何がオタクかと、いくつかの作品かにチャレンジしたことはある。
しかし、あの独特のノリというか雰囲気というか、ともかくそういったものが私には合わず、読み続けることができなかったのだ。
なお、これはあくまでも私には合わなかったという事実を述べているだけで、ラノベというジャンルを貶すつもりは毛頭ないことをここに明記しておく。
ラノベ原作のアニメはいくつも観ているし、ブルーレイを買うほどに気に入った作品もある。
そんな私が、なろう小説なんてものを書けるとは到底思えない。
そんなわけで、せっかく誘ってくれた友人には悪いのだが、今回の勧誘はお断りさせていただくことにしたのだ。
貴殿の今後益々のご活躍をお祈り申し上げます、という言葉を添えて。
それから暫くして――。
私の敬虔な祈りが天に通じたのか、友人の小説はなかなかの人気を博しているようだった。
つい先日などは日間ランキングの上位に食い込んだとのことで、私の元に喜びの報告メッセージが何通も何通も送られてきていた。
しかし、正直なところ、私には月間や週間ならともかく、日間ランキングの上位に食い込むことの凄さがいまいちピンときていなかった。
ただ、随分と楽しそうだな、ということだけは十二分に伝わってきていた。
そんな彼を見て、私は思ってしまったのだ。
やはり私も、やってみようかな、と。
小説がかけるだけの文章力が私にあるのかという問題は一旦置いておくとして、これでもオタクの端くれである。
幼き頃より密かに思い描いてきた《私だけの物語》の一つや二つは当然ある。
確かに不安はあるが、私と同じで小説なんて書いたことがなかったはずの友人が作家として華々しくデビューしているのだ。
その事実が、私の背中を後押ししてくれていた。
勿論、彼の才能と努力あってこそのあの実績だと理解はしている。
しかし、彼に出来ているのだ。ならば私にだって、と思ってしまうのが人の常というものだろう。
どうせ平日は会社と自宅の往復。休日は自宅に籠もってゲームか録画しているアニメの消化と、そんなことしかすることがないのだ。
ここらで一つ、新しいことに挑戦してみるのもいいかもしれない。
――うん、決めた。
私は、なろう作家になろうと思う。