想いは遂げられず
「アルギル!ちょっと金をかせ!」
そんな言葉で驚かせられたギルはデイの方に体を向けました。デイは畏まったのは大嫌いだとキジロの城には滞在せずに船で寝起きしていました。もともと船旅が性に合うデイは色々な国を視察してはふらふらとしています。そんな風来坊のデイが城の客室にいるギルの元にきているのです。
「デイ、何言ってんの?」
「口説きたい女が現れた!この俺に、だ!早速国中の花を贈るぞ!」
「デイ?」
呆れたアルギルがデイの姿をしっかりととらえるとデイは見たことないくらい昂揚した顔をしていました。あちらこちらに恋人はいるようですが自由人のデイが自分から口説くとなると珍しい事です。面白そうにラルフが口を挟みます。
「ゴーデイト様に気に入られるなんてどんな豪傑な女の人でしょうね?」
「豪傑!?ははは。そうかもしれん。でも見た目は花の妖精のように美しい。」
「……どこの方で?」
「どこも何も、このキジロの王女ミーツェ姫だ。」
その言葉でギルとラルフが息を飲みました。
「ミーツェ姫が?豪傑?」
金髪の儚そうな女をぼんやり思い出して二人は顔を見合わせました。
「ああ。レイラみたいだ。俺はあの姫を貰って帰るぞ!」
「ちょっと、待って。デイ。ミーツェ姫は!」
「そ、そうです。あの姫にはセルスロイ様という決まった相手が……。」
今やミーツェとセルスロイはこの国を盛り立てていくだろうと国中の人が噂しています。
「それが、な。キジロ王の考えは違う。ミーツェ姫の嫁ぎ先を探していると聞いた。」
「聞いたって誰に?」
「もちろん、キジロ王だ。」
なんともまあ、デイの行動力には呆れます。
「ですが、セルスロイ様はミーツェ姫をお離しにはならないでしょう。」
「ふん、その時は力づくでもいいさ。」
「そんなに気に入ったのですか?もっと姫の事をお調べになった方が……。」
「俺は直観を信じる。」
デイはそう言うとギルから大きな宝石箱をぶんどって行きました。
「……ラルフ。」
「畏まりました。」
デイもハノイの国を盛り立てる大切な人物です。しかも姫を貰い受けるとなると家族を持つことになるのです。浮かれて消えていく後姿を目で追いながらギルはラルフにミーツェ姫を調べるように言い渡しました。
*****
「何を言っているんですか!」
王の間で声を荒げているのはセルスロイです。このところ顔色も悪く城使いの者は病気でもされたのではないかと噂していました。
「セルスロイ。どうしてわかってくれない。ミーツェは外に嫁いだ方が良いのだ。この小さな国を立て直すには大きな後ろ盾が必要なのだ。ハノイは十分に大きい。王弟といえゴーデイト様は海軍を任されている力のある方だ。こんないい条件は又とないだろう。」
キジロ王はハモイの王弟、ゴーデイトが娘に申し込みをしたいと言ったのを聞いて浮かれていました。王はミーツェを可愛いと思いたいと大切にしてきました。ミーツェの母親が子供が出来ないことで悩み、病んでいたことも自分のせいだと思っています。しかし、日に日にミーツェは母親に似て来てキジロ王を責めているように思えてなりません。その苦しみから魔女の甘言に誘われキジロ国を窮地に追いやったのです。そんな王にセルスロイの胸の内など想像もつかないのでしょう。
「私は……。そのためにフルハップに出たのです。」
セルスロイはあれこれ言いつのりましたがキジロ王は彼にミーツェを与えようとはしません。
「それでは、足りん……足りぬのだ。お前は私の唯一の跡取り、この国を背負って立つ人間なのだ。フルハップ行も帰ってくるからこそ認めた。少しでも私は良い状態でお前に王の座を譲りたいと思っているのだ。」
「……。」
それを聞いてセルスロイは無言で王の間を退出しました。
何を言ってももうセルスロイの言葉はキジロ王には届きません。
「私は……。」
私室へと続く廊下に足を引きずる音が響きます。
「お前さえいれば……。」
暗闇がセルスロイを飲み込んで行くように窓からの月の光も雲に閉ざされてしまいました。