海辺の町
「どうしてくれるんだ!」
ミーツェが港を目指して街を横切っていると野太い声が聞こえてきました。ふとミーツェが足を止めると女の人が男に怒鳴られていました。
「すいません、お許しください。私に出来ることは何でもしますから、この子には。」
見ると小さな女子を庇う様に抱きしめて女の人は男に謝っていました。足元には籠が転がり、転がって潰れた果物が散乱していました。
「これはな!今お城に来ていただいてるテルゼの王子のご婚約者様に献上するための果物だったんだぞ!お前の子供の不注意でとんだことになったではないか!お前ひとりがどうこうできるものではないわ!子供を渡せ!折檻して代わりに城に献上するわ!」
ミーツェはこの声に覚えがありました。城に出入りする商人で時々ミーツェにもご用命をとしつこく聞いてくる男でした。城で見る時には何とも思っていませんでしたが、不注意だったとしても献上品の不始末を折檻した子供で済まそうなんて悪趣味過ぎます。聞いていたミーツェは嫌悪で眉間にしわが寄りました。さらに男は女の人ごと蹴り上げようとしたので咄嗟にミーツェは前に出ました。
「無抵抗の人に暴力をふるうなんて!」
「なにおう!小娘!だったら代わりにお前がなんとかするってのか!」
「いいでしょう。受けて立ちます。」
真っ赤になりながら男はミーツェに近づいてきました。ミーツェはカツラを取ると男に向かいました。
「私の顔をお忘れですか?ロゼフォート様には私が謝罪いたしましょう。私は逃げも隠れも致しません。」
「ま、ま、まさか!ミ、ミ、ミ、ミーツェ様!」
男の顔が赤から青に変わるときには騒ぎを聞きつけて集まっていた群衆から「お~っ」とざわめきがおこっていました。
「これを持って城にお行きなさい。後で私がロゼフォート様にお話を入れておきます。」
「い、いえ!これは、その……本当は頼まれたものではなく……。」
ミーツェが自分の名前が彫り込まれたペンダントを差し出すと男の声は小さくなっていきました。そこでミーツェは双方の話しを聞き取ることにしました。二人の話しとわずかな証人の話しを合わせると前方不注意で歩いていた男に路地から走って出た少女がぶつかって籠が落ちたという事でした。珍しい果物だったので城にもっていこうとした矢先で男はすべてを少女のせいにしようとしたようです。
「わかりました。お互いの不注意ですね。」
男は悔しそうにしていました。反して少女は少し顔色を戻していました。
「貴方も今後注意して歩くことが必要よ。」
ミーツェは少女にそう言うと商人に向き合いました。
「この果物は駄目になってしまったけれどまた手に入るのなら私が買いましょう。それでいかがかしら。」
思わぬ発注を受けて男はワタワタしていました。次第に頬が上気して見る見る嬉しそうに顔がほころびました。
「はい!ありがとうございます。今日のところは私の不注意です。小さな子供を責めたりして申し訳ありませんでした。」
「では、果物の弁償は無しでお願いしますね。代わりに貴方は片づけをお引き受けなさい。」
「はい!ありがとうございます。」
ニッコリと笑うミーツェにうっとりとしていた少女は顔を真っ赤にして答えました。誰からともなくその場で拍手が起こりました。その場が収まったと思ったミーツェがさて、どうしようかと思ったとき誰かがミーツェの腕を引っ張りました。
狭い路地裏に引き込まれたミーツェは足首に隠した短剣を素早く構えました。
「ちょっと!まて、まて。落ち着けよ!お姫さん!」
「あ、貴方は……。」
背の高いその人物を見上げてミーツェは思わず叫びそうになりました。
「あのままあの場に居れないだろ?……俺は怪しい者じゃない。ああ……。」
そこで男は騎士の礼を取りました。片膝をついてミーツェの手を取りました。
「私の名はゴーデイト。ハモイの海軍を率いているハモイの王弟です。お見知りおきを。」
畏まったデイの言い方にミーツェは言葉を呑みました。そうです、デイは猫のミミがミーツェだなんて分かる筈もありません。路地の向こうではミーツェ姫はどこへ行ったと声が飛び交っていました。
「確かにあのままいたら大変でしたわ。」
久しぶりに会うデイにミミは親愛を込めて微笑みました。ですが、猫の姿だったときと違い、デイはミーツェを見て固まってしまっています。
「どうかしました?ご気分でも悪いのですか?こちらに行けばここから抜けれます。一緒に出られますか?」
心配そうにデイを伺い見るとデイは慌てだしました。
「いや、その、噂には聞いていましたが……。」
ミーツェを探す群衆の声が大きくなってデイの声を遮るようにミーツェはデイを路地の奥へと連れて行きました。