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最終話 アルデリオ=シグマ

 ◇◆◇ (エピローグより数刻前)


 あれだけ不愉快にも場を支配していたクロノコアの轟音が止み、次第に重力の奔流が収束していく。残されたのは、崩落した実験場の残骸と、耳鳴りにも似ている静寂だけだった。


 俺は、セレスティアの肩を抱きながら、カイエルが飲み込まれて消えた空間の裂け目を睨みつけていた。


「……アルデリオ」


 背後で、瓦礫をかき分けて合流したミレイナが、傷だらけの割にやけに冷静な声で尋ねた。


「追わなくていいの? 今ならまだ……」


 俺は目も合わせず首を横に振った。


「追わなくていい」


 俺は息を吐き、セレスティアを支え直す。右目は何も見えていなかったが感覚では、カイエルの気配が遠ざかる方向を僅かに理解できていた。


「俺は別にあいつを殺したかったわけじゃない、ただ……」


 ――沈黙、俺はこの余韻にうまく言葉を紡ぐことが、出来なかった。


 ラッツと、ミレイナと、そして俺の腕の中でか細い呼吸を繰り返すセレスティアを見る。 不意に、口の端が吊り上がった。


「――俺たちにとって奴はもはや、過去の存在だ。だから、もう……追う価値なんてない」


 ◇◆◇


 カイエルとの決戦から十数日が経ち、事態がようやく落ち着きを取り戻し始めた頃。俺たちは、予てより根城にしていたニューカイロスの市場の一角で、物資の再配分を手伝っていた。


 ガリウスが広げた良質そうな紙の地図を、ラッツが取引相手の商人と共に見つめている。カイエル体制が崩壊し混乱する都市で、新しい輸送ルートを必死に模索していたのだった。


「……なるほど! 確かにこのルートで、物資を運べばお偉方的には……最短だな! だけど……橋の下に住む連中への配給は、一日遅れる。非効率だが、迂回ルートを取ろうぜ! 反対意見はあるかい?」


 ラッツの計算に誰も異論を唱えない。だが、俺はそのやりとりの拙さにニヤリと微笑む。


(……橋下の連中、か。あのガキと犬は、まだ息災にやってるかねぇ……)


「あんまり堅苦しくなるな、ラッツ。そうだ、落ち着いたら、金章祭にでも参加してみようぜ」


 俺は少し遠くにいるラッツに聞こえるくらいの声量で叫んだ。


「ははっ! オルビスがこんな状態なんだ、さすがに開催されないんじゃねぇかな、旦那。なぁ、ラッツ?」


 そう笑ってガリウスが答えた後、俺は間髪も入れず「……冠は何でもいいのさ。今は何か……ゆっくりと――無駄なことでも良いから、行動してみたい気分なんだ」とだけ呟いた。


 日陰の荷車のそばで、風が穀物の焼ける匂いを運んでくる。遠くでは鍛冶場の金属音が響き、路地裏の隙間から差す光に埃が揺れた。


 ――秩序こそ、自由より尊し。見渡せばどこにでも掲げられていたあの標語ハンド・オブ・オーダーは、今や見つけるほうが難しいくらいだ。


「そういえば旦那、ミレイナからの輸送依頼にはなんて? 支払いは目的地に着いてからかい?」


 彼女からの依頼にはこうあった。リナとの約束を果たすこと、零の大地に待ち人あり――と。


「さて……な。まあ、着いてみればわかるだろう」


「……さっきから聞いていると随分と適当なんだねぇ、こんな金の勘定にだらしない御仁は初めてだよ」


 取引相手の商人が、ラッツにぼやく声が――微かに、そう聞こえた。


 俺は片耳で聞き流し、ラッツたちに「あとは任せた」と目配せする。会話の輪から少し離れた荷車の日陰で、セレスティアが静かに街の喧騒を眺めていたからだ。


 俺が隣に立つと、彼女はゆっくりとこちらを見上げた。


「依頼、問題なく出発できそうだね」


「問題……?」


 俺はそのセレスティアの言葉に乾いた笑いを零す。


「お前、明日の天気が視えてるんだろ」と俺の皮肉っぽい尋ね方に対し、セレスティアは「視てないよ。でも、晴れるといいな、って思っていただけ」と笑った。


「晴れ、か……」


 ――ああ、晴れていればいい……な。リナとの約束の地が、希望に満ちていれば……それが一番だ。


 俺たちはみんな、裏切られるために生きているんだ。かつては俺だって、信じることの価値を実利として確率でのみ測り、最適解しか選ぼうともしなかった。けど、いまは違う。どうせ壊れるものなら、せめて信じ抜いたあとで壊れれば良いのさ。呆れるほどの純粋さを、笑いたければ笑ったって良い。


 無駄で、不器用で、報われないものほど……たぶん、俺たちを人間にしている。カイエルのように無理をしてまで、他人と違う人生を追い求める必要なんか……ないじゃないか。


 ◇◆◇


 ――(私は花を植えたいな。ここじゃ土も灰ばかりだけど……)


 心の奥で響くリナの声が、乾いた空気のなかで俺に湿気を持たせる。ニューカイロスを出発して、どれだけ時間が過ぎたのだろう。


 眼前には道もなく、影もなく、ただ風の流れだけが世界の形を教えてくれる荒野だけがあった。


 地平線はどこまで行っても弧を描かず、この大地の終わりの見えなさだけが、逆説的に心の平安を齎していた。砂混じりの匂い、日差しは影を短く切り取っている。


 ここが、ミレイナが言っていた零の大地、なのだろうか。


 リナが花を植えたかったという念願の大地。風の擦れる音だけが、世界の端から端まで響いているように錯覚するほどに静かすぎる場所だった。


 すると風音のその向こう側から、一匹の犬が走ってくるのが見えた。尻尾を振りながら、俺の膝あたりに物を隠すように足を上下させている。


 かつてニューカイロスで出くわした、あの痩せた犬だ。翻って犬が駆け寄った先、霞む視界の先に、粒のような人影が見える。そこには、犬の主人であるあのガキ――ノクスが立っていた。


 そしてその隣には、穏やかな顔で杖をつく、荘厳の白装束を纏った壮年の男が……。


 ――ああ、どうやらここが依頼の地、終着点で……間違いないんだな。


 胸のどこかが、熱い。


 だが俺は、必死にその熱を悟られぬよう努めた。平然とした足取りで、右手で頭を掻き分け続けながら、左手は衣嚢に手を突っ込んだまま、ただただひたすらに歩を進める。


 その果てなく連続する世界の内で、ゆっくりと影に向かって近づいていった。俺から見える伸びた影と影が、やがて一つの場所へ収束していく。


 見上げると空は途方もないほどに青かった。まるで誰かが遠い昔に縫い付けた、果たされぬ約束でも……守ってくれているかのように。


 <了>


 

 お疲れ様です、と同時にお久しぶりです。作者のふーじです。


 さてもさても、刻限のセレスティア――皆様が、どう予想されていたのかは分かりませんが、いずれにせよこのような結末になりました!


 振り返ると、私がこんな結末としたのは現代という時代性もあるんでしょう。

 これが3、40年前ならもっと希望に満ちたものが生まれていたんだと思うし、そうあるべきだと感じていたはずなんですよ。


 そして、それより前ならば破壊的で不条理且つ残酷な結末を志向していたかもしれないな、とこの前ナウシカを見て感じましたね(あの作品も先達からはペシミズムが足らないなんて批判があったのかなぁと)


 だけどまぁ、この結末を選んだこと、無理ないように私自身感じたということ自体、私や周りの中で閉塞感が完成しつつあるんだ、とはなんとなく思ってます。


 つまり、高度成長期まで時代を遡ればもっと残酷で不条理なものを目指していたのかなぁ。

 現代から比較すれば、まだ娯楽が牧歌的だったんだろうしそれに耐えられるだけの熱量、エネルギーが現実世界にはあったんじゃないか、ということです。


 当たり前だけど今はそうはいかないじゃないですか。ドパガキなんて、直ぐに死語になりそうな言葉が生まれてきたように、足が遅いものはそれだけで悪、というかそれじゃ温い判断なんだとされていそうで。


 娯楽は細分化し、空き時間は限界があるにもかかわらず、可処分時間の奪い合いは激化しているから、もっと爽快感というか物語だけじゃなく何事も即効性が重要かつ前提条件みたいになっているような。。。

 

 でも、とやかく言っても現実のなかで私たちは生きています。

 業腹でも上滑りの過渡期の中でより善いモノを探し続けることしかなくて、大小どんな恵まれた先達もかける言葉なんてないだろうから、ゆっくりでも歩き続けるしかない――。


 まさにそんな感覚が強く残る作品のピリオドとなりまして、最後までお付き合いいただきありがとうございました!


 では最後になりますが、ここまで読んでくださった享受者サマとの特別な「有り難い」縁に感謝いたします! (この作品を読破したアナタは、奇特でレアな存在ですわよ笑)







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