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泣いていたら猫がしゃべった


 公園のすみっこにある、古いブランコのそばで。

 一人の女の子が、(ひざ)を抱えて泣いていた。

 夕方の風は少し冷たくて、砂場にはもう誰もいない。

 泣く声だけが、静かな公園に小さく(ひび)いていた。


「にゃあ」


 足もとで声がした。

 見ると、一匹の白い猫がこちらを見上げている。

 まるい顔に、少しだけ金色の()じった目。

 どこか人間みたいに落ち着いた顔をしていた。


「……おいで」


 女の子がそっと手を伸ばすと、猫は当然(とうぜん)みたいな顔で近づいてきた。

 そして腕の中におさまると、ゴロゴロと喉を鳴らした。

 その温かさに、少しだけ涙が止まる。


 すると。


「あらら。こんなにかわいい子が、どうして泣いてるのかにゃ?」


「……え?」


 女の子は固まった。

 ゆっくりと猫を見る。

 猫もこちらを見返している。


「……しゃべった?」


「しゃべっちゃいけない決まりでもあるの?」


 猫は目を細めた。


「そんな法律、少なくとも猫界にはないにゃ」


「猫界ってなに!?」


 女の子は思わず叫んだ。

 猫は満足そうにしっぽを揺らす。


「やっと笑った」


 女の子ははっとした。

 たしかに今、少し笑ってしまった。


「……でも」


 笑った瞬間(しゅんかん)、また胸が苦しくなる。


「学校で、いじめられてるの」


 ぽつり、と言葉が落ちた。


「友達もいないし、家に帰っても、お母さんもお父さんも成績の話ばっかりで……」


 猫は黙って聞いていた。


「なんだか、私っていなくてもいい気がして」


 言った瞬間(しゅんかん)、また涙がこぼれた。


 猫は少しだけ空を見上げる。


「そっか」


 それだけ言って、猫は女の子を見た。


「じゃあ、旅に出よう」


「……旅?」


「うん。すぐ帰れる、ふしぎな旅」


 猫は前足でちょいちょいと女の子の腕をつつく。


「目を閉じて」


「え?」


「大丈夫。変な通販サイトには登録しないから」


「それ安心ポイントなの?」


 また少し笑ってしまう。


「ほら」


 女の子はゆっくり目を閉じた。


 暗かった。

 どこまでも、どこまでも。

 何もない。

 黒い世界。


「なにもない……」


「本当に?」


 猫の声がした。


「よーく見て」


 女の子は目を()らした。


 すると。


 暗闇は、ただの暗闇じゃなかった。

 ものすごく広い。

 果てがない。

 上も下も、右も左もわからないほど、どこまでも広がっている。


「広い……!」


「ここは君の心の中」


「私の……?」


「そう」


 猫は(となり)に座っていた。


「君はずっと、自分を小さい箱に閉じ込めてた」


 猫はしっぽで円を描く。


「学校とか、成績とか、誰かの評価とか」


 ぱちん、と猫が前足を鳴らした。


 その瞬間(しゅんかん)


 暗闇に光が生まれた。

 青い空。

 白い雲。

 きらきら光る海。

 あたたかな砂浜。


「わあ……!」


 潮風しおかぜほおでた。

 波の音が聞こえる。


「きれい……」


「君が作ったんだよ」


「私が?」


「うん」


 猫は当然(とうぜん)のように答える。


「心って自由なんだ」


 女の子は裸足はだしで砂浜を歩いた。

 波が足をくすぐる。

 少しくすぐったい。


「私の中に、こんな場所があったんだ」


「もっとあるよ」


 猫がにやっと笑った。


 景色が変わる。

 今度は小さな部屋だった。


 柔らかな光。

 カーテンが揺れている。


 若い女の人が赤ちゃんを抱いていた。

 やさしい顔で。

 とても幸せそうに。


「……あ」


 女の子は息をのんだ。


 赤ちゃんは、自分だった。


「かわいい」


 若い男の人が笑う。


「ほんとにかわいいな」


 その声に、女の人も笑う。

 二人とも、とても幸せそうだった。


 女の子の目から涙があふれた。


「知らなかった……」


「忘れてただけ」


 猫が言う。


「君は最初から、大切にされてた」


「でも今は……」


「人は完璧(かんぺき)じゃない」


 猫は静かに言った。


「大人だって、うまく愛し方を伝えられないことがある」


 女の子は黙って聞いていた。


「でも」


 猫は女の子を見る。


「愛されて生まれた事実は消えない」


 ふわり、と身体が浮いた。


「きゃっ!?」


 空へ。

 もっと上へ。


 街が小さくなる。

 雲を抜ける。

 空の色がくなる。


 そして。


「……!」


 目の前に、青い星があった。


 地球。


 静かに輝いている。


「すごい……」


 女の子は言葉を失った。


 青い海。

 白い雲。

 夜の街の灯り。

 宝石みたいに輝いている。


「きれい」


「ね」


 猫は満足そうに言う。


「広いだろう?」


「うん」


「君は、この星に生まれてきた」


 猫の声はやさしかった。


「この星に生まれたものに、居場所がないなんてことはない」


 女の子は地球を見つめた。


 あの中に。

 いろんな人がいる。

 知らない街も、知らない海も、知らない誰かも。

 世界は、自分が思っていたよりずっと広かった。


「私にも……居場所、あるかな」


「あるよ」


 猫は言う。


「探してもいいし、作ってもいい」


「作る?」


「うん」


 猫は笑う。


「居場所って、見つけるものでもあるけど、自分で育てるものでもあるから」


 女の子はその言葉を胸にしまった。


 目を開ける。

 いつもの公園だった。

 夕焼けが赤い。

 ほおには涙のあと

 でも、不思議と胸は軽かった。


「にゃあ」


 猫が地面に降りる。


「もう行くの?」


「猫は忙しいのです」


「何が?」


「秘密」


 猫はくるりと背を向ける。


 少し歩いてから振り返った。

 金色の目が夕日に光る。


「忘れないで」


「なにを?」


「君の心は、思ってるよりずっと広いってこと」


 そう言って、猫は走り去っていった。


「……ありがとう」


 女の子は小さくつぶやいた。

 空を見上げる。


 世界は昨日と同じはずなのに、少しだけ違って見えた。


 胸の奥に、あたたかな火がともっている。


 それはまだ小さいけれど。

 確かにそこにある。


 勇気という名前の、小さな光だった。

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