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令嬢が選んだ結末は、全員道連れの破滅でした  作者: ぱる子


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第16話 拘留と陰謀

 城の地下深くにある独房は、湿り気と暗さに満ちていた。壁面の石は苔むしており、足元を踏みしめるとじんわり冷たい水気が伝わってくる。そこに、エレオノーラ・ローゼンハイムは囚われの身として数日間を過ごすことになった。

 捕縛された直後は大勢の衛兵に囲まれ、礼服を象徴する衣類を剝ぎ取られたが、彼女はまったく抵抗を示さなかった。むしろ静かな瞳で周囲を見回し、衛兵たちが戸惑うほどの落ち着きを見せている。その態度こそが、この地下牢に流れる空気をさらに重苦しくしていた。

 地上では、王太子派の官吏たちが手続きを踏み、彼女を断罪する証拠品や証言を整えている最中だという。だが、彼女の罪状はもはや「国家転覆を図った反逆者」という結論ありきで進められており、まともな裁判を行う気配はない。死刑はほぼ確実。民衆の前にさらされ、見世物にされることは間違いなかった。


 ある夜更け、地下牢に何者かの足音が響いた。鋼の門を開けて現れたのは、王宮の役人と数名の兵士。役人は手にした書類をちらつかせながら、無機質な声で言い放つ。


「国のために吐け。誰が協力者なのか、どこで暴露用の資料を隠しているのか。おまえが背後に控える勢力を洗いざらい明かせば、あるいは刑の軽減もあり得るかもしれないぞ」


 その問いかけに対し、エレオノーラは肩をすくめるようにして静かに微笑んだ。役人は薄気味悪いものを見る目をしながら、さらに問いを重ねる。


「わたしは上から命じられただけだ。ここまで事態を引っかき回したのだ、おまえ一人がやったとは考えにくい。仲間がいるはずだろう。早く白状しろ」


「仲間、ね。さあ、どこにいるのかしら」


 まるで雑談をするような口調でエレオノーラが返すと、役人の頬がピクリと震える。兵士たちが表情を曇らせ、まるで今すぐにも強硬な手段に出ようと身構えたのがわかった。

 だが、実際には正式な拷問の命令は降りていないらしく、数度にわたる尋問も形ばかりのもので終わることが多い。どうせあれこれ問いただしても確信的な証拠が出るわけではなく、彼女を公の場で裁くという結論が先にあるからだ。兵士たちが手荒なことをしようとすれば、かえって王太子派の立場が悪くなるかもしれない。

 それを知ってか知らずか、エレオノーラは相手がいくら苛立ちをあらわにしても穏やかな表情を崩さない。こうして夜毎、彼女は軽い尋問を繰り返されても何一つ口を割ることなく、まるで自分の方が問いかける側であるかのような落ち着きを見せ続けるのだった。


 地上では、そんな拘留の数日間のうちに、王太子ルシアンは処刑後の権力構造をどう固めるかで頭を悩ませていた。彼は軍部や貴族たちにエレオノーラの罪を強調しつつ、「これで国の混乱は収束する」と大々的に宣伝することで、王家の正当性を再び主張したい。

 ある晩、王宮の奥まった部屋で、ルシアンとクララが密やかな会合を行う。クララは落ち着いた声で報告する。


「民衆の間では、彼女が捕まったことで多少は安心感が広まりました。しかし、地方の反乱がすぐに収まるかは未知数です。仮に処刑を行っても、彼女が真の首謀者だったかを疑う声が残りかねません」


「そこは演出で押し切るしかないだろう。公衆の前で“自白”をさせるのは難しいが、処刑の際に民衆の怒りを彼女へ集中させればいい。これ以上他人へ憎悪が向かないよう、見世物にするしかない」


 ルシアンが荒んだ声でそう言い放つと、クララはわずかに眉をひそめる。しかし、すぐに表情を戻し、優しい口調に切り替える。


「殿下のお考えはよくわかります。確かに、このままでは国が持ちません。あの人を生かしておけば、再び裏から何を仕掛けるか分からない。いっそ処刑で断ち切るのが最善なのでしょうね」


 表情だけ見れば悲壮感が漂うが、クララの声には淡々とした打算が含まれている。彼女自身も、エレオノーラの存在をどこか恐れているからこそ、処刑への路線を支持していた。

 一方、レオポルトは宮廷の隅でわずかに身を潜めつつ、処刑後の自分の立場を模索していた。娘を切り捨てて生き延びようとしているが、民衆に公爵家の不正が広く知られている現状、娘だけを差し出しても完全に安全が得られるわけではない。ただ、今は死にもの狂いで他の貴族や王宮の重臣に取り入ろうとしており、密かに保身の算段を巡らせている。

 これらの思惑をよそに、エレオノーラは地下牢で静かに幾つかの文を読み返していた。近しい配下が密かに差し入れてきた情報によれば、処刑当日に合わせて地方の一部で大規模な行動が計画されているらしい。彼女が今までに仕掛けてきた複数の糸が、一斉に張り巡らされる可能性があるというのだ。

 その報告を読んだエレオノーラは、再び微笑む。まるで牢内にいながらも、この混乱の最終章を自ら演出しているかのようだ。いくつかの情報は、彼女が直接指示したわけではなく、過去に蒔いた火種が自然に芽を吹いているとも言える。しかし、それでも結果として国は崩壊の一歩手前へ向かうだろう。


(最後に残ったトドメを、どのタイミングで放つべきか。処刑当日が相応しいわね)


 そう考えれば、彼女が今この場所に囚われているのも予定のうち。少なくとも抵抗の意志を見せるよりは、王太子やクララの動きを手の内で読んでいた方が有益というわけだ。

 やがて夜が更けると、衛兵が彼女の独房を訪れ、簡易的な食事と水を差し入れる。衛兵のうちの一人は、どこか罪悪感を抱いているのか、目を伏せたまま小声で言葉をかける。


「……あなたが本当に国を滅ぼそうとしていたとは思えないんだが……。ここまでの混乱をすべて一人で起こせるものなのか、疑わしい。俺はただの兵で、命令に従うしかないが」


 その呟きに対して、エレオノーラは軽く首を振るだけ。兵士は言葉を失い、足早に立ち去る。彼女の視線は死刑囚のそれとは思えないほど落ち着いており、むしろ自分が裁く側にでもいるかのように振る舞っていた。

 数日が過ぎ、いよいよ処刑日が近づいたころ、ルシアンは最後の会合を急いで整えた。クララや数名の貴族、軍の関係者が集まり、式典の形をとってエレオノーラの処刑を執行する段取りを固める。そこには、


「民衆を納得させるために、どのように台を設置するのか」

「処刑の合図を誰が出すのか」

「公爵家の者は参列するのか、それとも避けた方が印象がいいのか」


 といった具体的な打ち合わせが含まれ、まるで公演のリハーサルを行うかのように進められていく。実際には、その裏で公爵家を封じ込める算段や、処刑後に軍をどう動かすかという軍略も検討されているらしい。

 レオポルトは、こうした準備に参加することで、王太子派に取り入ろうと必死だ。娘が処刑されれば自分の疑惑も晴れるとまではいかなくとも、少しでも情状酌量を請えるかもしれない――そう期待しているのだろう。

 そして迎えた処刑前夜。街の広場では、明日行われる見世物を見ようとする者たちが野次馬根性で集まり始め、一部の露店商が屋台を出すなど、異様な盛り上がりすら感じられる。反乱の火種がくすぶる中であるにもかかわらず、“大罪人”の公開処刑というイベントに興味を示す人々が後を絶たないのだ。


 その夜、獄中で独り床に就くエレオノーラのもとへ、小さな紙切れが滑り込んだ。薄暗い明かりの下で内容を確認すると、それは最終段階を告げる報せ。どうやら地方の一部が、王太子派への最終的な宣戦布告を決定し、処刑当日に合わせて行動を起こす気配があるらしい。

 その情報に、彼女は静かに瞳を閉じる。既に自分の手駒に指示したわけではないのに、そこかしこで奔る“破滅”の影が形を成そうとしている。


(予定どおりね。わたくしが処刑されても、その瞬間にはすべての準備が揃うでしょう。あの人たちは最後に気づくのかしら。わたくしを殺したところで、国は救われないと)


 むしろ、これこそが彼女の最終手段。自分を生贄として差し出すことで、王太子派や公爵家が一時的に安堵感を得られるかもしれないが、すべては錯覚に過ぎず、そのすぐ後にさらなる混乱が訪れる――それがエレオノーラの描く結末だった。

 独房の冷たい石壁を背に、エレオノーラはゆったりと息を吸い込んだ。処刑当日を前にした恐怖は微塵も感じられず、むしろ完成間近の舞台を見る役者のような昂揚がある。しかし、これは決して軽い愉悦ではなく、深い絶望を見つめながら到達した確信だった。


(すべてを壊して……それでも何が残るかは、もうわたくしの知るところではないわ。たとえわたくし自身がこの首を落とされようとも、彼らは自らの葬送行進を演じ続けるだけ)


 やがて夜が更け、独房の通路の灯りが一つずつ消されていく。衛兵たちの巡回の足音が遠ざかり、まばらな光だけが石壁を照らす。暗く閉ざされた牢の中で、エレオノーラはまぶたを下ろし、その唇にわずかな微笑を浮かべた。

 翌朝には公衆の面前で処刑台へ上る運命が決定している。王太子ルシアンやクララ、さらには父レオポルトも立ち会い、民衆が歓喜の声を上げるだろう。その瞬間、彼女の計画した最後の布石がどのように発動し、王国が崩れ落ちていくのか――それはもう誰にも止められない。


 処刑前夜の牢獄で、彼女が振り返るものは少ない。そんな余地すら与えられなかった人生の中、せめて最後の瞬間は、自分の意志で舞台を仕上げたい。その思いが、彼女をここまで導いてきた。

 すべてを滅ぼすために。そして滅びの果てこそが美しき終幕だと信じるために。エレオノーラの瞳は、闇の中でも不変の光を宿し、誰にも揺るがされないままに朝を迎えようとしていた。

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