選択肢
上からガブった体勢のアベルだったが、すかさず己が身体を反らし始めた。
と同時に蹴速の喉から鶏の様な声が絞られた…
「クカッ…ケッ…カハ…ッ」
それを見た高柳も思わず声をあげる。
「フロントチョーク…やとっ!?」
見ればアベルの右前腕部は、綺麗に蹴速の喉へと喰い込んでいる。
更に左前腕部で上からも圧迫!
その型はまさに〝ギロチンチョーク〟と呼ぶに相応しい。
「カッ…コフッ…ハッ…ハ……ハッ……ハ…………」
蹴速の呼吸が、少なく…か細くなってゆく…
それに比例して動きも減り、もはや抵抗らしき抵抗はしていない。
30秒も経った頃、皆の脳裏に同じ事が過る…
〝オチたか!?〟
しかしその時、踏まれた猫の如き悲鳴が響いた。
「フギャァァァ~~ッッ!!!」
それが合図かの様に、アベルと蹴速の身体が離れる!
そしてアベルはその場に屈み込んでしまった。
よく見るとアベルの右手首が歪な角度に曲がっている…
脂汗を浮かべ、歯をカチカチ鳴らしながらも、鋭い眼光で蹴速を睨むアベル。
その視線を、不敵な笑みを浮かべたまま受け流す蹴速。
「今のは流石に危なかったよ…だから使わせて貰ったぜ…」
「ツカッタ…ジャト…?ナ、ナニヲ…ツカッタ ト イウンジャ…?」
まだ立てぬままのアベルが問う。
その問いに魔獣の様な笑顔で蹴速が答えた…
「当麻流蹴体術を…さっ!!」
「……ッ!?」
「思い出してみなよ…この試合始まってから俺の使った技をよ。ジークンドーの真似事とレスリングの真似事…確かにどちらも当麻流に取り込んではいるがぁ、後付けされた技術だ…いわば〝外様〟さ。だからよ…〝譜代〟の技を使わせて貰ったぜ♪」
外国人のアベルに〝外様〟と〝譜代〟を用いて説明するのもどうかと思うが、高柳からすれば〝なるほど!〟と膝を叩く話であった。
近代格闘技の技術ならばアベルも知っていよう…
しかし古来より続く〝古武術〟としての当麻流の技など知る由も無い。
「あ、因みに今使ったのは〝屍〟って技と〝枯枝〟って技ね♪
無駄な動きと呼吸回数を減らし、体力を温存しながら反撃の機会を窺う…これが〝屍〟
んでもってアンタの手首を外したのが〝枯枝〟さ。
関節技への反撃技で本来は指を折るんだけどさ…アンタ、指掴ませてくれないんだもん♪」
「フッ…フッ…フッフフフフ…マサカ ゴテイネイ ニ ワザ ノ カイセツ マデ シテクレル タァナ…」
そう言って立ち上がったアベルの手首から、何とも言えない鈍き音が響く…
そう、外れていた手首の関節を自らはめたのだ。
関節をはめるのは、外れた時にも劣らぬ激痛を伴う…
しかしアベルは、僅かな呻きをあげただけでそれをやってのけた。
「サアテ…サイカイ ト イコウカ?」
アベルが構えを取り、蹴速もそれに呼応する…
だがその時…
「やめいっ!そこまでじゃいっ!!」
爺さんが叫んだ。
これに駿河が非難を浴びせる
「んだよ!汚ぇぞ爺いっ!テメエんとこの選手がヤバくなった途端にストップかよっ!!」
これをギロリと一瞥した爺さん…
「ワシがそんな狡い真似すると思ってやがんのかっ!?舐めてんじゃ無ぇぞ茶坊主!!」
「え…?じゃ、じゃあ何で止めてんなっ!?」
「その目ん玉見開いて、よ~時計を見んかいボケナスッ!!」
そうである…試合時間に設定した5分が経過していたのだ。
「ワシの決めたルールじゃあ5分1ラウンドのみって話じゃったのぅ?その時点でのポイントで勝敗を決すると。それに基づくならぁアベルの圧勝って事になるんじゃが…どうでぇ?」
「……」
「……」
皆が押し黙り、重い空気が澱む…
確かにポイントではアベルが圧倒的に勝っている。
しかし肉体的ダメージで見るならば、最後に手首を外した蹴速に軍配が挙がる。
〝スポーツ〟としてならアベルの勝ち…
〝立ち合い〟としてなら蹴速の勝ち…
爺さんはその難しい選択を、闘った当事者達に迫っているのだ。
先に口を開いたのは蹴速であった。
「ルールはルールだ…俺の敗けだぁよ。ダメージがどうこうなんてクソダセェ文句をつけるつもりは無ぇさ。それなら最初からルール無しでやらせて貰ってるよ。このルールを飲んで、このルールでやった以上、このルールにのっとる……それが〝筋〟だかんな」
爺さんがアベルに問う…
「奴さんはああ言うとるが…ぬしゃ~どうじゃ?」
「ワシモ…ルール ハ ルール ジャト オモウ…ジャガ コレヲ カチ ダトハ ドウシテモ オモエン!!」
「ならどうすんじゃ?」
「エンチョウヲ…」
ここでアベルの言葉を遮る様にして蹴速が割って入る。
「いいのかい?後1分あれば間違いなく俺が勝つぜ?アンタの手首…それは関節を戻したからって治った訳じゃあ無い。尺骨と橈骨はハマったかも知れねぇが、手根骨は折れてる可能性が高い…
周辺の靭帯と筋肉も痛めてるだろうしな。
それによ…アンタ、近々試合があんだろぅよ?
こんな草試合でダメージ負って、本業の方が駄目になっちゃ本末転倒だぜ?
俺が敗けを認めたんだぁ…素直に手ぇ掲げときなって♪」
「…………ッ!!」
言いたい事を咀嚼しているかの様に歯噛みするアベル……そうして噛み砕いた言葉を飲み込むと、意を決した様な表情でこう言い放った。
「ツギノ ワシノ シアイ ガ オワッタラ モウイチド ヤロウ!イヤ……ヤッテクレンカ!?チャレンジャー ト シテ イドム ツモリジャガ?」
「フフン♪その頃には俺がフランスに居ねぇよ」
「ムロン チャレンジャー デアル ワシガ ジャポン マデ アイ ニ イクワイ」
「正気か?」
黙って頷くアベル。
視線の矛先を変えた蹴速が問う。
「爺さんよ…アンタの秘蔵っ子はこんな事言ってるぜ?いいのかよ?」
「むしろ流石はワシの弟子じゃ!と誉めてやりてぇくれぇさ♪何よりワシ自身もお主らの闘いをまだ観足りねぇしな!」
これに肩の高さで両手を広げる蹴速…
「やれやれ…この師匠にしてこの弟子…ってか!?わあったよ!ならこの勝負は爺さんが預かってくれや。俺は日本に帰ってプロ格闘家になるつもりだからよ、いつかちゃんとした舞台でこの続き…闘ろうや♪」
二人が握手を交わし、抱擁した事で一応の決着となったこの勝負。
その再戦は1年後に実現するのだが、それはまた別のお話にて…




