決断
アベルと闘ってから3日間、蹴速と高柳は近場の安ホテルに泊まりながら、ちょっとした観光を楽しんだ。
道案内は勿論、この辺りの顔役である駿河が務めた。
お陰で何処へ行ってもVIP待遇の上、格安で楽しませて貰えた。
考えてみればこの旅が始まって以来、ちゃんと遊んだのは初めてである。
まして高柳はこの地を最後に、一足先に帰国してしまう…そんな2人にとっては最後に良い思い出が出来たと言えよう。
そして高柳の帰国を翌日に控えたフランス最後の夜…荷物を纏めながら高柳が口を開いた。
「なぁ…蹴速よ?」
「あん?」
「お前…明日からどないするんや?」
「ん~…まぁ考えてる事はある…でもまだ迷ってるってのも本音…かな。とりあえず明日、空港に着いてから決めるわ」
「迷ってるってのはやっぱ行き先…次に闘う相手か?確かにこっからならオランダも近いからトータルファイトも視野に入るやろぅし、アジアまで戻るんやったら中国武術やテコンドー、ラウェイなんかも気になるやろぅな?」
「ん…………まぁ…そんなとこかな…ハハハ」
〝えらい意味深な間を開けるやんけ!?〟
高柳は喉元まで出かかった言葉を飲み込んだ。
軽笑いしながらも蹴速の目が笑っていなかったからだ。
そもそも自分は明日で袂を分かつ身である、この先の事に干渉する立場でも無い。
「そうか…」
そうとだけ答えておいた。
その後は他愛ないいつもの会話を交わしながら荷造りをし、明日の出発に備えて早めの眠りに就いた。
翌日、アベルが自家用車でシャルル・ド・ゴール空港まで送る事を申し出てくれた。
助手席には駿河も乗っている。
「なんだよ…見送りなんていいのによ…」
「ほんまやで…お互いそんな柄でも無いやろぅよ?」
照れ隠しに言ってみた2人だが、その表情は満更でも無い様子である。
「ええから早よ乗れって♪まぁオンボロ車で申し訳ないけどな!」
「オ?ヌシャァ ケンカ ウットルンカ? 」
車の持ち主であるアベルが睨みを効かせるが、当の駿河はどこ吹く風である。
こうして知り合って数日しか経っていない男達4人の、空港まで僅か20分程しか無いドライブが始まった。
車内は遠足に向かう子供達の様に賑やかだった。
勿論その賑やかさの筆頭は駿河である。
だが不思議な事に、誰も数日前の激戦の事には触れなかった。
そして…そんな楽しい時間はあっという間に過ぎ、いよいよ別れの時がやって来た。
「すまんな…車まで出して貰って。でも助かった!ありがとな♪」
「ええって!ええって!これ位の事!水くさい事言いっこ無しやでぇ♪」
「ダ・カ・ラ!ワシノ クルマヤッ チュウトロウガッ!!」
暫しの小笑いを挟み…真顔になった蹴速が言う。
「アベル…来月の試合、絶対勝てよなっ!」
これにアベルも真顔で無言のまま頷く。そして…
「ヌシコソ ワシトノ リマッチ ノ ヤクソク…ワスレンヨウニナ!」
今度は蹴速が無言で頷いた。
「お前らの再戦が決まったらよ、それが日本やろぅが観に行っからよ!若い衆も引き連れて♪」
「いや…お前は来んといてくれ…お願いやから!日本の民度が下がる!!」
「あ!高柳!おめぇ同じ関西人やのに酷ぇなオイッ!!」
こうして暫くの談笑の後、いよいよ本当に別れの時間となった。
しかし湿っぽさは何処にも無く、むしろ再会の時を全員が楽しみにしている…そんな風情である。
そして誰からとも無く突き出した拳を全員が合わせ、出発の時を待たずしてアベルと駿河は帰って行った。
「んなら蹴速…俺は早めに搭乗の手続き済ませるからよ…」
「ん…ああ…兄やん?」
「……どした?」
「ついでに空席があるか訊いてみてくれんか?」
「はあっ!?それってお前……」
「ああ!俺も日本に帰る事に決めた!」
「え…ええんかいや?他にも闘いたい格闘技あるやろぅによ…」
「まぁ…あるっちゃある。けどな…他にやりたい事があってな。子供の頃からの夢だし、そっちを優先しようと思ってさ♪」
「夢…?まさかお前のそのナリで医者とか弁護士なんて言わんといてくれよ!?」
「ここに来てまで失礼やな…アンタ…」
「で、夢って何やねんなっ!?」
ここで蹴速が少年の様に無邪気な顔で鼻下を擦った。そしてはにかみながら…
「俺、大国際プロレスに入団するわっ♪」
「ふあっ!?マジでっ!?いや…正気かっ!?
お前程の格闘技術があるのに、格闘家やなくてプロレスラーになんのっ!?」
「おいおい兄やん…プロレスラーも立派な格闘家やぞ?」
「いや…まぁ…そうやねんけども…」
蹴速は、バツが悪そうに頭を掻く高柳を一瞥し、深い溜息を吐いてから言葉に繋ぐ。
「確かに兄やんの考えとる通り、プロレスは特殊な格闘技だわな…
相手の技を受けずに、自分の技だけを叩き込み相手を倒す。たとえ喰らっても痛みを表に出さない…効いてないフリをする……これが格闘技の本来あるべき姿だもんな。その真逆を行ってんのがプロレス…言いたい事は解るよ。確かにプロレスは〝格闘エンターテイメント〟って一面があるからなぁ…こればっかりは否めんわな」
「それを解ってて何でや?これだけ世界中あちこち回ってリアルファイトを重ねて来たお前が…俺には理解出来へんわ……」
数瞬の間を置いて蹴速が答えた。
「けどな兄やん!最も自由な格闘技もプロレスだと思わね?ストロングスタイル!ルチャ・リブレ!ショースタイル!デスマッチ!格闘系!全く型が定まって無い。だからこそ自分で新しいスタイルも生み出せる…そう思わね?」
「お、お前…まさか…!?」
「そうよ!俺はプロレスラーを名乗りながらガチで闘おうと思ってる。ただし相手はプロレスラーや無い!世界中の格闘家とリングで闘う、いわば〝異種格闘技戦専門プロレスラー〟になるつもりさ♪」
額に手をやり大きく息を吐く高柳。
「お前なぁ…そんなん所属団体が許す思うかっ!?プロレスをやるからプロレスラーなんやで?プロレスが出来んのやったらプロ格闘家になれって門前払い食らうんがオチやぞっ!?」
「だからこそ大国際プロレスなんよ♪」
「……どゆこと?」
「あそこは今ある団体の中でも一番自由度が高い。1つの興行の中にショープロレスもあればルチャもある、格闘系も本格派プロレスも異種格闘技戦もある。何でもござれで、まさにプロレスのヴァーリ・トゥードって感じだぜ!?あそこなら…必ず俺の目指してる事が出来るはずや♪」
「ハァ…これ以上言うても聞きそうに無いのぅ…」
「そゆこと♪てな訳で空きチケットの確認よろしくぅ~♪」
「自分でやれっ!!」
これにて蹴速と高柳の旅は終わる訳だが、2人の物語までが終わる訳では無い。
むしろこれが序章と言っても過言では無かろう。
だが2人の物語、その本編は又の機会に記す事となるだろう。いずれこの場所で…




