デキルナラ…ナ
試合は5分1ラウンドのみ。
既に2分が経過している…
そして動いたポイントは今しがたアベルが奪った5ポイントのみで、蹴速は未だ攻撃を成功させていない。
しかもこれはサバットをベースにしたルール…
蹴速が圧倒的に不利と言わざるを得ない状況である。
「蹴速…」
高柳が不安そうに呟いた時、静かに試合は再開された。
息が詰まる様な静寂の中、両者がステップを踏む摩擦音だけがやけに響く…
〝キュッ キュッ キュッ……〟
〝キュッ キュッ〟
〝キュッ キュッ キュキュキュッ! ダンッ!〟
規則的だったリズムが狂った。
そう…どちらかが仕掛けたのである。
仕掛けたのは蹴速であった。
ポイントを奪われ後が無い事を考えると、それは当然の展開と言えようか…
序盤と同じく、利き腕と利き脚を前にした構えで軽くステップを踏んでいたかと思うと、突然大きく右にサイドステップしたのだ。
しかしアベルの反応も早い!
「アマイッ!!」
叫び様、左ミドルで迎撃する。
しかし蹴速…身を沈めてこれを掻い潜ると、そのまま低空タックルで軸足を取りに掛かった。
〝貰った!〟
心の中で叫んだ蹴速。
ところが……
左ミドルを出しているアベル…当然だが蹴速の視界にはアベルの右足しか見えないはず…
しかし今、蹴速の前には2本の足がしっかとリングを踏んでいる。
しかもそれは近付けば近付く程に、蜃気楼の如く逃げて行った。
〝あ、あれ…?〟
訳が解らないでいる蹴速に、上からの圧力が掛かる。
そして気付いた時には〝猫のけのび〟の様な体勢にされ、その上でアベルが体重を被せていた。
〝な、なんだコレ?何をされた…?〟
「ダカラ イッタヤロ? アマイッテ♪」
蹴速の後頭部辺りでアベルがご機嫌に囁く。
それを見ていた高柳、呻く様に言葉を吐いた。
「アイツ…最初っから読んどったんや…」
「読んどったって…タックルをか?」
駿河の問いに頷く高柳。
「アベルの奴、左ミドルを出し切らんと蹴り足を直ぐに戻した…あれは蹴速がタックルに来る事を読んで無かったら出来へん動きや。いや…むしろ左ミドルと見せかける事で、蹴速に普通のタックルや無く低空タックルしか出来ん状況を作ったんかも知れん…」
「え…それじゃ何か?蹴速の奴は低空タックルを〝出させられた〟っちゅう事かいや?」
「ハッキリと断言は出来へんが…ソッコーで上からガブりに入ったんを見ても、その可能性は高い…な」
「せやけどアベルの奴、寝技なんか出来るんかいや?」
「おいおい駿河…お前もサバット使いの端くれやろが?サバットにも総合格闘技ルールに近い〝リュット・パリジェンヌ〟があるんを忘れたんかいや?」
「あ…いやぁ…俺は打撃のみの〝ボックス・フランセーズ〟しかやってないからよ…ハハハ…」
頭を掻く駿河の横で高柳は、試合前にアベルの言っていた台詞を思い出していた…
〝ナンデモ スキナ コトヲ スレバ エエ……デキルナラ…ナ〟




