仕込み靴
アベルの手にした靴…
一見すると黒い革靴の様だが、着用部がくるぶし上にまで及ぶ為、形状的にはハイカットスニーカーやエンジニアブーツに近い。
だが本当に異質なのはそこでは無かった。
「えらく物騒な物を持って来たもんだな…オイ」
蹴速が思わずそう言ってしまう程の異質…
それもそのはず。
靴の爪先部分に刃物が備えられていたのだから。
刃渡りは大した事無い…5cmにも及ばないだろう。
とは言え刃物…急所を刺されたり動脈を斬られれば御陀仏である。
「ナンジャ?ビビットルンカ?ナラ ムリ センデエエゾィ…イマスグ ソコノ ドアカラ ニゲカエレバ エエデナ♪」
アベルがニヤニヤしながら蹴速の反応を窺う。
それを受けた蹴速…
「上等…」
そう言ってアベルの手から、大きい方の靴を引ったくる様にして受け取った。
だがここで…これまで黙って見ていた高柳だが、ついに辛抱たまらず口を挟む事に。
「お、おいっ!お前正気か?こうなるともう格闘技や無い!こんなん…ただの殺し合いやぞ!?」
そんな高柳の前に立った蹴速、今受け取ったばかりの靴…しかも刃物部分をいきなり高柳の腹へと突き立てた。
「グサ~~ッ!てか?」
「ギャア~~~ッ!!い、痛ぇ~~…い、痛…アレ?痛くない…な…」
「ギャハハハハハハッ♪いい!兄やん!最高のリアクション!!」
蹴速だけで無く、アベルや老人までもが腹を抱えて笑っている。
焦って駆け寄った駿河と刺された当人である高柳だけ、訳が解らずキョトン顔である。
一頻り笑った蹴速が涙を拭いながら言う。
「兄やん…自分の腹をよく見てみなよ」
それに従った高柳がゆっくり視線を下ろすと、そこにはグニャリと曲がった刃物が、拗ねた子供の様にそっぽを向いていた。
「こ、これって…」
「そうだよ…ラバーナイフさ♪空手道場なんかでも対刃物を想定して練習で使うだろ?」
「あ、あぁ…そ、そりゃそうよな…ほ、本物使う訳あらへんよな…」
呟いた高柳が恥ずかしさで顔を真っ赤にして立ち尽くす。
それを慰めるかの様に高柳の肩へ手を置いた駿河…
「高柳…心配せんでええ…ワイも小便チビりそうな程に焦ったから…よ…」
そう言うと老人に目を向けて更に言葉を繋げる。
「ジジイ!俺の服はまだここに残っとるか?」
「フンッ!ゴミ同然で邪魔なだけじゃが、人の物を勝手に捨てる程落ちぶれとらんわいっ!」
それを聞いた駿河はニヤリと笑い、高柳を振り返りながらこう言った。
「とりあえず…パンツ履き替えてくるわ…」
「……お前…それ…〝チビりそうになった〟んや無くて〝完全にチビった〟やんけ…」
「フッ…そういう言い方もあるかもな…」
駿河は寂しそうに笑い背を向けると、そのまま足早に奥へと姿を消した。
それを侮蔑の目で見送った老人が蹴速とアベルの間に立つ。
「何をしとるんじゃいっ!とっとと靴ぅ履かんかいっ!」
一喝された2人が床に座り込み靴を履き替え始めると…
「アベルはわかっとろうが…日本の客人よ、この決闘法の説明をするでな、そのままで聞くがよい。知っての通り、昔のフランスでは仕込み靴が流行っておっての…渡した靴はそれを模した物じゃ。で、今からその刃物部分に赤のインクを塗って立ち合って貰う!つまり刃が触れたら一目瞭然って訳じゃ!」
「でもよ…それじゃあ勝敗はどないやって決めるんや?クリーンヒット1発で決着って事か?」
訊いた高柳を老人のデカい目がギロリと睨む。
「それじゃあ〝ゲーム〟として面白く無かろうよ…じゃから減点制でやって貰う!心臓や顔面、手首や首や太ももの動脈にインクが着いたらマイナス10ポイント…その他の部分にクリーンヒットされればマイナス5ポイント…刃物部分を腕や脛でガードしたらマイナス3ポイントじゃ!
ジャッジはワシがやる!試合時間は5分1ラウンド!どうじゃいっ!?文句あっかっ!?」
「アルワケ ナイジャン モウロクジジイ♪」
靴を履き終えたアベルがステップを踏みながら答える。
それに遅れる事数秒…
ようやく立ち上がった蹴速も左右に跳ねながら、老人へと悪戯っぽい笑顔を向けこう言った。
「アルワケ ナイジャン モウロクジジイ♪」




