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蹴師(けりし)  作者: 福島崇史
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駿河と老人

お茶の1杯も出されぬまま、ジムの片隅で時間の経過だけを待つ蹴速と高柳。

駿河は老人と共に奥へと引っ込み、うさぎを捌くのを手伝っている。

やがて40分程も過ぎた頃、ようやく駿河と老人が〝血塗れ〟では無い姿で戻って来た。


「すまんすまん!待たせてしもたな。血塗れで戻ったら又お前らがワーキャー始める思て、シャワー浴びて来たんや。ん?どないしたお前ら…そんな所に座り込んでよ?サンドバッグもキックミットもあるんやから使(つこ)たらええのに…まぁオンボロやから使う気にもならんか!ガッハッハッハ♪」


「クォラァ!人様のジムを我がの(もん)みたいに言ってんじゃねぇぞ小僧っ!!その上オンボロたぁ(なん)ちゅう言い草じゃっ!ったく…どうゆう育て方されたんじゃい?親の顔が見てみたいわいっ!!」


「親はアンタの子供だし、実質俺を育てたのはアンタやろがクソじじい…」


「ングッ…」


祖父と孫の血縁漫才が始まったところで、蹴速が抱えていた疑問をストレートにぶつけた。


「よう駿河…お前の両親は?」


「お、おい蹴速!そ、そんな個人の事情にまで…」


高柳が慌てて嗜める。


すると駿河…一瞬だけ気まずそうな表情を浮かべたが、直ぐに明るい顔に切り替えると…


「ま!時間もまだある事やし教えといてもええかな♪」


「……」


老人の方は無言のまま、それを止めようとはしていない。

その様子を確認した駿河が徐に語り始めた。


「俺な…小さい頃から両親が不仲でよ…小学校に入る頃には離婚してしもたんよ。で、俺はオカンに引き取られてんけど、そのオカンが酒に溺れてなぁ…

そんなんやから親戚もドンドン遠退いて行った訳や。当然俺を引き取ってくれる相手なんかおらへん…それを見かねた親父が俺を引き取るって事なったんやけど、親父は親父で仕事が忙しゅうて殆んど家におらへん状態でな…

そうなると児童保護団体みたいなんが動き出す訳よ。で!施設に入る事になりかけたんやけど、親父が自分の親父…つまりそこのクソじじいに相談して、俺は生まれ育った大阪を離れてフランス暮らしと相成った訳よ…どうよ?泣けるべ?こういう話を映画化すりゃええと思わんか?」


「アホゥ!何が映画化じゃっ!!自分の生い立ちを言い訳に不良を気取りおって!そもそもお前は破門扱い…破門になった途端、勝手に飛び出しおってからに…本来このジムも出入り禁止じゃっちゅうのを忘れとりゃせんか?」


「破門の事は聞いたけど、直ぐに出てったから出禁ってのは初耳やで?ま、今回だけ日本の客人の為に一肌脱いでくれや…人生最期の孫孝行と思ってよ♪」


「ぬぅ…減らず口を…なんちゅう言い草じゃ…」


老人が顔を真っ赤にして身を震わせる…

雲行きの怪しさを察した高柳が、即座に話題を変えた。


「と、ところで御老体!貴方は何故フランスに?」


飛び出そうな眼球で、高柳をギロリと睨んだ老人。

フンッと1つ鼻を鳴らすと…


「さして面白い話でも無いわぃ…」


そう溢した。

すると横槍の如く駿河が口を挟む。


「じじいは昔キックボクサーでよ、結構強かったみたいで連戦連勝やったんやと。まぁ本人の話やから盛っとるかもしれんけどな…ニッヒッヒッ♪」


「尾ヒレなんざ付けとらんわいっ!!」


口を開けばこの調子である…


「良ければお話頂けませんか?面白い話じゃ無いと仰いましたが、自分は凄く興味があります。なぁ蹴速?」


高柳のフリに笑顔で頷いた蹴速…


「キックボクサーだったアンタが、フランスに腰を据えてサバットのジムを開いた…そこにはそれなりのドラマがあっての事だろ?

面白そうじゃん♪少なくとも駿河の話よりは映画化される価値があんじゃね?」


これに駿河が不服そうな顔で唸り、老人は苦虫を噛んだ様な表情で唸る。

やがて意を決したらしく…


「わあったわいっ!まぁ…若い頃の恥を晒すのも戒めに悪くなかろう…」


そう言うと過去に想いを馳せる様に目を閉じ、若き日の事をポツポツと語り始めた。


「ワシが現役だったのはもう50年程も前じゃ…その頃の日本では空前のキックボクシングブームでな…

沢村忠や藤原敏男といったスター選手まで生まれた。元々は空手をやっとったワシじゃが、空手じゃあ飯は食えん…そこでキックに転向したワシは、空手の地盤があったからか直ぐにプロデビューに漕ぎ着けた…

デビューから7戦7勝7KO…うち2戦はタイ人選手も含まれとった。で、8戦目じゃ…相手がフランス人選手でサバットという聞き慣れない格闘技の使い手と聞いたワシは、タイ人にも勝った(おご)りがあったんじゃろな、油断したというか…舐めてかかってしもた。

結果は惨敗…フリーノックダウンルールだった事もあり、計9回ものダウンを喫した末にKO敗け…しかもバックスピンキックなどという大技でじゃ!

全力を出し切れたのならまだ救われる…しかしこちらの攻撃は見事な迄に当たらんかった。

当時ワシの得意技はローキックだったんじゃが、当たらぬどころか奴はガードすらせなんだ…

全てをヒョイヒョイとかわしよったんじゃ。

そんな状態で試合の組み立てなど出来る訳も無い…敗けるべくして敗けたんじゃよ。

良い戒めになったわい…」


「そうか…サバットではローをガードしたら減点になる…」


高柳の呟きに頷いた老人が更に続ける。


「その通りじゃ。そして思ったんじゃ…8割方のキックボクサーはローを主体に試合を組み立てる。ならばローの当たらないサバット選手は最強になり得るのでは?…とな。

思い立ったら居ても立ってもおれんでな、フランスに渡って自らサバットを体得し、そのまま居着いちまったって訳よ」


「なるほど…いや、貴重なお話をありがとうございました」


頭を下げた高柳の向こうから、腕を組んだまま蹴速が声を飛ばす…


「で、アンタを倒したその男はその後どうなったんだい?」


老人は眼圧の高そうな眼球をグルリと蹴速の方へ回転させ…


「キックで世界を取り、本場ルンピニースタジアムでムエタイにも勝ちおったわ。フランス格闘技界では英雄扱いじゃったが…路上で暴漢に刺されて死におった…奴が42歳の時じゃよ。

このジムは元々そやつの持ち物だったんじゃが…奴の死後、友人だったワシが引き継いだんじゃ

まぁ…見事に廃れてしもぅたが…な」


「でも今から来る奴は凄ぇんだろ?

原石が1人居るならそれで良いじゃん!」


「あぁ…その通りじゃ…奴は祖父と同じくフランス格闘技界の英雄となり得る逸材よ…」


「え?祖父と同じく…それって…」


「そうじゃ!今から来よるのは、ワシを倒したポール・レネの孫、アベル・レネよ!」


老人が嬉々として叫んだ時、ジムの扉が開く気配に皆が振り返った…



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