古びた建物と血塗れの老人
「よっしゃ解った!とりあえずは俺の〝古巣〟に案内したる。そこで直接見てから決めたらええわ」
駿河はそう言うや否や、踵を返して歩き始める。
「ちょ、どこ行くんな?」
「だから〝古巣〟やって言うたやろ。あんま行きたぁ無いんやが、しゃあない…チャッチャとついて来んかい!」
蹴速の問い掛けに振り返りもせず、足すら止めぬまま答えた駿河。
蹴速と高柳は一瞬だけ顔を見合わせると、諦めた様に駿河の後を追った。
15分程も歩いただろうか…
住宅街を抜け、色んなショップやカフェの建ち並ぶ一角へと出た一行。
すると…そのお洒落な景色に溶け込めないでいる、古びれた建物が蹴速と高柳の目を引いた。
大きな看板らしき物は掲げているが、塗装が剥がれて書いてある文字すら見えない。
そこだけが時の流れに取り残された様な…
写真を撮ったならその建物だけがモノクロに写りそうな…そんな佇まいであった。
「ここは…?」
「もしかしてお前の古巣って…お化け屋敷なんか?」
「て事は…駿河!お前…お化けなのっ!?」
「んな訳あるかいっ!!あ…アカンアカンッ!関西人のノリが未だに抜け切れんで、ボケられたらツッコミ入れてしまう…」
何故か項垂れる駿河に蹴速が声を掛ける…
「あ、あのよぅ…」
すると駿河、項垂れていた顔を凄い勢いで持ち上げると…
「いよっしゃ!ほんなら中入るでぇ♪」
そう言って親指を立てながら笑って見せた。
それを見た2人の感想…
(た、立ち直り…早っ!)
悲鳴の様な軋みを響かせながら開かれたドア…
そのドアを開いた張本人が、軋みを掻き消す程の大声で叫ぶ。
「おいっ!生きてっかクソジジイッ!」
しかしその声の余韻が響くだけで、室内は静寂を保っている。
蹴速と高柳が、駿河の肩越しに室内を恐る恐る覗き込む。
するとそこには…
継ぎ接ぎだらけのサンドバッグや埃を被ったキックミット、そして室内の大部分を占めるロープの弛んだリングが、まるで眠っているかの様に佇んでいた。
「なんや…やっぱお化け屋敷やないか…」
「失礼な奴っちゃな…まぁ否定出来へんのも悔しいけども…」
関西弁の2人がやり取りすると、それだけで漫才の匂いがする。
そう感じた蹴速が、吹き出してしまいそうなのを堪えて駿河に尋ねた。
「なぁ…ここってジムだよな?アンタここを古巣って呼んでたけどよ、昔ここに通ってたって事かい?」
すると駿河、その問いには答えずにもう一度大声を張り上げる。
「おいっ!ジジイ居ねぇのかよっ!!」
その時、奥にあった扉が舌打ちの様な金属音を鳴らす。
そして小柄な上に痩せ細った老人がノソリと姿を現した。
しかし…風貌もさることながら最も異様だったのは、その右手に血のついた包丁を握っていた事だろうか…
いや、包丁だけでは無い。
老人自身も胸元や手首周辺が返り血に染まっているではないか。
おんぼろの建物に包丁を握った血塗れの老人…
ホラー映画なら立派なフラグが立っているところだ…
「出…出、出、出、出たぁぁぁ~~~っ!!!」
「あ…あ、あ、あ、蹴、蹴速…ひ、1人で逃げんなや…お、俺を、置いてくな…」
走って逃げようとする蹴速だが、腰を抜かした高柳にしがみつかれて思うように動けない。
そしてとうとう蹴速もその場に座り込んでしまった。
それを血走った目でギロリと睨んだ老人…ゆっくりとした足取りでノソリノソリと近付いて来る…
「こ、来ないで!来ないでぇぇ~~っ!!」
「か、金なら置いてくから…い、命だけは見逃してぇな…」
すると老人、駿河の前で足を止めると…
「ったく!勝手に飛び出して数年ぶりに戻ったと思ったら、えらく騒がしい連中を連れて来たもんじゃなっ!!」
「なんや…やっぱ未だ生きとったんかいなクソジジイ…」
「ほざけっ!腐れ不良のクソ孫がっ!!」
(へ…?ま、孫…?)
蹴速と高柳が、へたりこんで抱き合ったまま顔を見合わせる。
「で、クソジジイ…何事やねんその格好は?貧乏過ぎてついに人でもヤッちまったんかいや?」
「アホ抜かせっ!知り合いがウサギを分けてくれたから捌いとっただけじゃっ!!」
老人はフンッ!と大きく鼻息を吐き出すと、再び2人に視線を留めた。
「んで…何じゃい!この鼻タレ2匹は!?」
「あぁ…日本人でな…世界中の格闘家と闘う、腕比べの旅をしてんだとよ」
「ホゥ…」
「もう察したやろ?こいつらの次のターゲットがサバットになったっちゅうんで、ここに連れて来たんやけどよ…見たとこ練習生はおらんみたいやし、別のとこあたるとすっかな」
「待たんかいっ!!」
振り返り出て行こうとする駿河の背に、駿河にも負けない大声を叩き付ける老人。
この小さな身体のどこにこれだけの声量が…そう思わせる程の声であった。
「あん?」
振り返った駿河に老人は言う。
「練習生がおらんなどと勝手に決めてんじゃねぇぞ小僧っ!面倒見とるのが1人だけじゃがおるわっ!しかし1人と思って侮るなよ…とっておきの怪物じゃからの!あと1時間もすりゃ練習に来おる…せっかく来たんじゃ、会って行かんかいっ!」
それを受けた駿河、未だ抱き合ったままの蹴速と高柳に目を向けると…
「だってよ…良かったやんけ♪」
(ちっとも良くないっ!!)
内心そう思っていた2人だったが、そんな事はおくびにも出さず…いや、出せず…
「お、お世話になります…」
そう答えるのが精一杯であった。




