表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蹴師(けりし)  作者: 福島崇史
40/55

パカー

「八咫烏…それがアンタを屠る技の名だ…」


「ヤタガラス…ヤタガラス…」


聞かされた技の名を、呪文の様に繰り返したアレクセイ。


「ロシア人のアンタに小難しい歴史を話しても解んないだろぅが…昔の日本では蹴鞠って遊びがあったんだよ」


「ケマリ?」


「サッカーやセパタクロみたいに足で玉を蹴るんだけどな、今から900年ほど前に藤原(ふじわらの) 成通(なりみち)って名人が居たんだが……」


蹴速の話によると蹴鞠と当麻流蹴体術は同じく蹴り技を主体にしている事もあり、裏で密接な繋がりを持っていたという。

そして1100年代に蹴鞠の名人として名を馳せた藤原(ふじわらの) 成通(なりみち)

当時は彼自身も当麻流を学び、その技術を蹴鞠に応用していた。逆に蹴鞠の技術を格闘術に転換し、当時の当麻流継承者に技を提案する事もあったらしい。


京都府左京区に位置し、今も〝蹴鞠はじめ〟なる行事を(おこな)っている下鴨神社…

彼の地の祭神である賀茂建角身命(かもたけつぬみのみこと)の化身であると言われるのが八咫烏であり、その名を冠したこの技も成通(なりみち)が考案したという。

しかしこれらの事は、史実として文献には残されていない…

長い歴史を持ちながら野見(のみの) 宿禰(すくね)に破れて以降、常に日陰の道を歩んで来た当麻流の宿命であろうか…


「おっと…また話が長引いちまったな。アンタに折られた手首も痛ぇし…そろそろイカせて貰うよ?」


言うや否や蹴速の纏う気配が重く変わった。

再び深く身を沈め〝鼠追(ねずお)い〟の構えに入る。

すなわち八咫烏とは一気に間合いを詰めての攻撃…そう踏んだアレクセイも身を沈め、懐を深くした構えに移行した。

しかし…


〝ナンダ?コノ アセ ハ?…ソレニ カラダ ニ ムダ ナ チカラ ガ ハイッテ リラックス デキナイ……オビエテ イルノカ…オレハ…?〟


「行くぜっ!大将っ!!」


〝ク、クルッ!!〟


頭部のガードをガチガチに固め、その隙間から蹴速の動きを覗き見るアレクセイ。

その狭い視野の中では、叫ぶと同時に弾かれた様なスピードで飛び込んで来る蹴速の姿が見える。

そして手首が折れているにも関わらず、野球のピッチングフォームみたいな動きで、思い切り左拳を顔面目掛けて叩き込んで来る!


夏安林(アリ)っ!!」


「ヌウッ!」


太い両の(かいな)で顔の前に〝肉の壁〟を作るアレクセイ。

直後、凄まじい衝撃がガードの上で()ぜると共に、痛みからか蹴速の呻く声が僅かに耳へと入った。

だが次の瞬間、この世の地獄とも思える苦しみがアレクセイを襲う…


春陽花(ヤウ)っ!!」


第2の掛け声と共に蹴速が放ったのは、下から突き上げる様な金的への掌底!

初弾のガードで自ら視界を塞いでいたアレクセイに見えるはずも無く、内臓を抉られたかの如き苦しみが全身を包んだ。


「←♂+&"!@~~ッッッ!!!」


もはや言語ですら無い何かを吐きながらアレクセイが身体をくの字に折る。

口角の泡と信じられない程の脂汗を瞬時に滲ませながら…

しかし蹴速の攻めはまだ止まらない!


桃園(オウ)っ!!」


1度アレクセイに背を向けると、第3の掛け声を発っしながら蹴速は宙に舞った…

サッカーで言うところのオーバーヘッドキックである。

金的をモロに喰らい、殆んど(うずくま)っていたアレクセイの後頭部をコレが直撃する!

100kgの肉塊が頭上から降って来たのだ…

ひとたまりも無い。

アレクセイはそのまま地に崩れ、打ち上げられた巨鯨の如く横たわった。

白眼を剥き、舌をだらしなく口外に垂れながら…


即座にレフリーが試合を止め、直ぐ様ドクターを招き入れた。

リング内は途端に慌ただしくなり、どうやらウイナーズコールを受けられる状況では無い様子…

察した蹴速はアレクセイに一礼をしてリングの外に出た。

アレクセイを担架に乗せ、関係者4人掛かりで運び出す。

その様子を見ながら高柳が蹴速に問うた。


「なぁ…最後の技、八咫烏…だっけか?あの時お前が叫んでた掛け声みたいなやつ、あれ何なん?」


「ん?あぁ…夏安林(アリ)春陽花(ヤウ)桃園(オウ)の事?」


「おう、それそれ!」


「なんか昔にな、成通(なりみち)が夢で猿の姿をした蹴鞠の精を3匹見たらしくてな、その名前が後々に蹴鞠の掛け声に使われるんよ。それがアリ・ヤウ・オウな訳。で、八咫烏を使う際は何故かこれを叫ぶのが代々の伝承でさ…無駄だし、何より恥ずかしいったら()ぇよ」


「やめりゃええやんけ」


「まぁそうなんだけど…俺、一応は継承者だからさ!へへへ♪」


「なるほど…窮屈やのぅ…しかしエゲツない技やな?2発目の金的で勝負はついとったやろぅに」


頚をすくめながら、大袈裟に怯える様なジェスチャーを見せる高柳。

それに対して蹴速…


「ああ…今でこそ八咫烏は3本足で知られてるけどさ、昔は2本足で伝わってたんだよね。だから昔はあの金的までが技の流れだったんだけど、いつからか3本足の姿が拡がってそれに伴い3連撃になったらしい…」


「へぇ…しかし決めがオーバーヘッドキックとはなぁ…別にあそこは顔面への膝蹴りで良くね?」


「せやで♪八咫烏に決まった型は無くてな、頭部への攻撃で気を逸らせてからの金的、んでもって踞った相手の頭部を再び攻撃して沈める…この流れなら何でも良いんだよね♪」


「だよね♪ってお前…なら何でわざわざあんな派手な事したんな…?」


「そこはほらっ!観客へのアピールっつぅか、エンターテイナーとしてのサービスっつぅか…なっ!?」


「知るかっ!なっ!?じゃ無ぇわ!!てか…お前も左手首、診て貰った方がええやろ?」


高柳がドクターを呼ぼうとするのを、慌てて蹴速が止めた。


「待てって(にい)やんっ!これ、折れてんじゃ無くて外れてるだけだからよ!」


そう言って自分の手で嵌め込み、掌をグッパと開閉して見せる。


「いや…でもお前…骨ははまっても周囲の腱やら筋肉がやな…」


(にい)やん…外国で医者にかかるんは嫌やってアンタも言うとったやんけ!それに日本と違って医療費もバカ高いはずだしな…とにかく大丈夫だって!」


そんなやり取りをしてる内に、関係者が配当金を持って来た。

オッズがアレクセイ寄りだった事もあり、旅を続けるに助かるだけの金額が手に入った。

人の気配を背後に感じ〝すわっ!強盗!?〟と思って振り返ると、驚いた事にそこにはアレクセイが立っている。


「おいおい大将…大丈夫なのかよ?頭打たれてんだし、病院で検査して貰えよ…」


「ウタレテル?ウッタ ホンニン ガ ヒトゴト ミタイ ニ イウナ…」


「あ、いや…ハハハ…」


「オマエ ニ マケテ カネ ハ ハイラナイシ…コノウエ イシャ ニ ナド カカッタラ ハサン シチマウカラナ…」


両手を肩の高さで広げ、困り顔でおどけて見せる。それを見た蹴速もおどけた口調で返した。


「ま、その様子じゃ心配 ()ぇか♪しかし頑丈だなぁ…何食やそんな身体になんだ?」


「ピロシキ…」


「嘘つけっ!!」


蹴速と一緒に突っ込みを入れた高柳だが、どうしてもある疑問を口にせずに居られなかった。


「なぁアレクセイ…アンタいつ何処で骨法なんか…?」


「……オレ ハ ムカシ ニホン ニ スンデイタ コトガアル…トウキョウ ノ ヒガシナカノ ダ」


東中野…日本武道傳骨法の道場がある場所である。この一言で察する事は出来たが、まだ不可解な部分が残っていた。


「でもよ…アンタが使った骨法の技術…かなり古いもんだよな?グレイシーが現れる前の骨法だろアレ?」


そうである…骨法の技術は、世に知られた頃と現在で大きく異なる。

アレクセイが使った技の数々は、骨法が知られ始めた初期の物だったのだ。


「オレ ガ コッポウ ヲ マナンダ ノハ 25ネン ホド マエノ 1ネンカン ダケダ…」


「えっ!?て事は何か?その時少しかじっただけの技術を我流で自分の格闘技に組み込んだって事か!?」


恥ずかしそうに小さく頷くアレクセイ。


「なるほどな…それで初期の骨法技しか使われへん訳かいな…納得っ!」


ここで蹴速が話に割って入る。


「まぁまぁ(にい)やん、そんな事はどうでもいいじゃん。アレクセイは強い!それが全てやからさ♪

そう言やぁ兄やんがヤラレたギガント、アイツもアレクセイには一蹴されたらしいぜ?それだけでもコイツがどんだけ強ぇか解んだろ?」


「うっせぇよ!」


高柳がまだ顔に貼られているガーゼをさすりながら口を尖らせた。

それを見て一頻り笑った後…


「世話になったな大将…」


名残惜しそうに蹴速が言う。


「ソウカ…イクノカ…」


察したアレクセイも感慨深くそう答え、蹴速・高柳の順に握手を交わした。

そして真っ直ぐに蹴速の目を見ながら…


「イツカ マタ オマエ ト ヤリタイ! カナラズ マタ ロシア へ コイ!」


「ハハハ…また金に困ったら稼ぎに来るわ♪でもよ…アンタとはもう()りたく()ぇってのが本音だけどな!」


「カチニゲ…ズルイ…ハッハッハッ!」


〝アンタとはもう闘りたく()ぇ〟

これは格闘技者として最高の賛辞とも言える。

そんな言葉を受け取り満足した様子のアレクセイは、知り合った頃の威圧感が嘘の様に優しい目をしていた。

やがて2人を交互に見ながら小さく数回頷くと、名残を振り切る様に背を向ける。

そして背を向けたまま手をヒラヒラと振り…


「パカー(またな)!!」


その一言を最後に振り返りもせず去って行った。









評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ