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蹴師(けりし)  作者: 福島崇史
36/55

異質の構え

試合場脇に控えるドクターによる応急処置を受けた高柳。

しかし処置と言っても、この様な場所では打撲と小さい切り傷の手当てがやっとである。

頭部を打たれている事や膝蹴りによる骨折の疑いもあり、当然ドクターは病院での検査を勧めたが、異国の地での治療を不安に思う高柳はこれを強く拒否。

結局、動ける様になるまで〝時間薬〟で様子を見る事となった。

そして2日後…

ついにアレクセイと蹴速の闘う当日が訪れた。


「どうだい(にい)やん…動けそうか?てか…無理せず寝てて良いんだぜ?」


「アホゥ!これくらい屁でもあるかいっ!全然平気だ!むしろ絶好調っ!!」


「……何?その痩せ我慢…」


呆れ果てる蹴速に、未だ少し腫れの残る顔を向けた高柳が言う…


「〝武〟に生きる(もん)の端くれとしてよ…お前とアレクセイの試合は観ておきたいんや…こんな所で寝とられへんやろ?」


「ま、解らんでも無いよ…俺が逆の立場でも這ってでも行くだろうし。しゃあねえな!ご老体が自らに鞭打ってまで来るってんなら、その御期待に応えん訳には行かんわなっ♪」


「誰がご老体やっ!ナウなヤングに向かって失礼やろがいっ!!」


「ナ…ナウなヤングて……」


両者の試合開始は夕方の5時…この日のメインイベントであり、スペシャルマッチ扱いである。

実績のあるアレクセイはまだしも、新参者の蹴速がスペシャルマッチに抜擢されるのは異例の事らしく、その噂がいつも以上の客足を招いた。


「ほえぇ~…凄ぇ人だな!」


「みんなお前の闘いぶりを観に来てるんや。だから俺の期待になんか応えんでええ…その代わり、ここに()る奴等の度肝抜いたれっ!」


「ハハハ…最近の(にい)やん、とっぽい事言うよな?でも相手はあのアレクセイ…度肝抜くどころか勝てるかどうかすら怪しいけどな…」


蹴速の口から飛び出た予想外の言葉に、高柳が意外そうな顔を向ける。


「なんや…いつに無く弱気やんけ…?」


「弱気ってのとは少し違うけどよ…アイツを…アレクセイを見ると何故かゾワゾワするんだわ…奴が俺の知らない何かをまだ隠し持ってる…そんな気がしてよ。それが何なのか…自分の身体で確かめる事になるたぁな…因果なもんだよな」


言いながらも蹴速の表情は何処か楽しそうである。それを見て高柳は思っていた…


〝どんな相手であろうが、闘う事を心から楽しめる…それがコイツ最大の武器よな〟


・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・


この日に組まれていた3試合が終わり、蹴速の出番が来た時には予定の17時を少し過ぎていた。

普段は一緒に居るアレクセイだが、この日は対戦相手という事で当然ながら未だ顔を合わせてもいない。

どうやらオッズの発表があったらしく、賭け場に人が(たか)って一気に鉄火場と化している…

オッズはやはりアレクセイ人気で8:2となっていた。

噂を聞きつけて来た大多数の者達は、人気も実績もあるアレクセイに賭けた様だが、過去に蹴速の試合を観た者の一部は、何かを感じたのだろうか蹴速に賭けている。


「かぁ~っ…人気無ぇなぁ俺…」


蹴速がボヤいた所で、運営の男が賭け金の徴収にやって来た。

今回はスペシャルマッチという事で、前回よりも高額の18000ルーブルが設定された。

日本円にして約3万円である。

これは金欠の蹴速からしても、ロシア人であるアレクセイからしても結構な金額と言えた。


「よっしゃ!これで暫くは安泰やなぁ♪」


ご機嫌な蹴速を見て高柳が呆れる…


「お前…さっき勝てるかどうかも怪しい言うたばっかやのに、舌の根も乾かん内にそんな台詞よう言えたな…」


「強くイメージした事は実現する!だから良い事をイメージせんとなっ♪」


「へぇへぇ…」


高柳が空返事を返したところで、いよいよ入場の時間となった。

私服にオープンフィンガーグローブを着用し、ゆっくりとリングへ向かうと反対側からアレクセイが歩いて来るのが見えた。

その姿を見て高柳と蹴速が絶句する…


「え…嘘やろ…?」


「マジか…?」


〝ここでの闘いは喧嘩であり試合じゃあ無い〟

そんな持論から、私服のままでの闘いを続けて来たアレクセイ…

その彼が今回は上下にトレーニング用のタイツを着用しているのだ。

開いた口を塞げないままでリングインした蹴速、続けてリングインしたアレクセイにいきなり問う。


「どしたよ大将?その格好…」


これにギロリと一瞥を返したアレクセイ…


「オマエ トハ ケンカ デハ ナク カクトウカ トシテ イドミタイ…ソレダケ ノ コトダ」


これを受けた蹴速…


「へぇ…それはそれは…ならこちらも相応の対応しなきゃ失礼にあたるよな…」


そう呟くと、着ていたTシャツとジーンズを脱ぎ捨てた。

ロシア人であるアレクセイにも引けを取らない肉厚の上半身、痩せがた女性のウエスト程もあろうかという太腿が衆目のもとに晒されると、観衆からは感嘆の溜め息が漏れた。


「へへへ♪こんな事もあろうかと思ってさ、下にタイツを履いて来てて良かったぜ!」


そう言って笑う蹴速に、無言のまま背を向けたアレクセイ。


「なんでぇ…ツレねぇなぁ…」


ボヤく蹴速の口にマウスピースを捩じ込みながら高柳が言う。


「馴れ合うつもりは無いって事やろ…お前もそのつもりでかかれよ」


「あぁ…わかってる…」


アレクセイもマウスピースを咥え、レフリーが両者を中央へと手招く。

軽い説明とボディチェックを済ませると、再び両者をコーナーへと戻らせた。

そして直ぐ様 手刀で空を斬り、その甲高い声を響かせる。


「ファイッ!!」


握手を求めようと前に出た蹴速だったが、気迫に充ちたアレクセイの顔を見て直ぐに構えを取った。


「握手…なんざするつもりはやっぱ無ぇわな」


蹴速が構えるとほぼ同時にアレクセイも構える。

だがそれは、過去のアレクセイが見せた事の無い構えだった。

拳は握られておらず掌のまま…

左手を顔の前に立てて、右手はその肘辺りに添えられている。

身体は半身ながら猫背と形容しても良い程に曲げられており、足は肩幅より広めで少々内股気味…

一見すれば剣道の構えに似ていた。

見慣れぬ構えに観客がザワつく…

しかし蹴速はこの構えに見覚えがあった。


〝こ、この構え…まさか…骨法っ!?〟





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