ボロ雑巾
「アカン!兄やんっ!今すぐその手を離せっ!!」
観客の挙げる騒音にも近い歓声の中、蹴速の声だけが稲妻の様に疾り抜け高柳の耳に突き刺さった。
しかし高柳には彼の言葉が理解出来ない。
(へっ!何を言うてんのや!?手首さえ掴んでしもたらコッチのもんやんけっ!先ずは転がして……)
高柳の思考はここで切断される事となった。
脳内の言葉とは裏腹にその口から吐き出されたのは、太い息の束と酸っぱい臭いを放つ黄色い液体…
思考を行動に移すより先に、ギガントの膝が高柳のガラ空きのボディを貫いたのだ。
ギガントの手首を掴んでいる為、高柳はろくにガードも出来ず…しかも両手を頭上へと高く掲げてしまった事で腹筋も伸び切っている。
そこへ〝トゲ付きハンマー〟の様な膝である…
胃液を撒き散らしながら身体をくの字に折るは必然…まさに勝負を決する一撃と言えた。
ところがである…
ギガントは高柳がダウンする事を許さなかった!
腰が折れて低い位置に下がった高柳の顔面へ更なる追撃…再び膝をブチ込んだのだ!
これにより高柳の顔面が強引に跳ね上げられる…
しかし未だギガントの攻めは止まらない。
高い位置に戻って来たその顔面へ〝とどめ〟とばかりに左の拳を奮うっ!
それはストレートでは無く、横から薙ぎ払うかの様なフック気味の軌道!
だが驚いた事に高柳はコレに反応を見せた。
右腕を畳んで頭部の横へと添えたのだ。
先の顔面への膝で高柳の意識は既に薄れていた…
しかしそれでもガードを固めたのは武術家としての本能か?
しかし次の瞬間、高柳の身体は数cm宙に浮き、そのまま倒壊する家屋の如く地に崩れ落ちた…
ギガントは高柳が横のガードを固めたのを見て、奮う拳の軌道を変えたのだ。
フックとアッパーの中間角度…所謂〝スマッシュ〟である。
これにより高柳の意識は完全に断ち切られたのだが、興奮しているギガントは更なる追撃を加えようと迫る!
見かねたレフリーが止めに入ったが、それすらも振り払おうと暴れている!
だが次の瞬間、突然その動きを止めた…
見るとギガントの顔面に1枚の布が絡みついている。
そしていつの間にか、蹴速がギガントの前に立ち塞がっていた。
「セコンドによるタオル投入…オメェの勝ちだよ。それでも未だ止まらねぇっつうんなら……それなりの覚悟したれや…」
日本語なので当然ギガントには通じていない。
しかし一瞬、怯える様な表情を見せた後、手を合わせて蹴速へと頭を下げながら詫びていた。
これにより場は収まり、ギガントが一足先にリングを去った。
「さてと…お~いアレクセイ!ちょっと手を貸してくんない?」
蹴速がアレクセイを呼び込み、ボロ雑巾の様になった高柳を2人で運ぶ。
その最中で意識の戻った高柳…
「ず…ずばんだ…ぜっがぐ…おばえどがぜいだがでが…ぶだでぃだっだ…」
「喋んなよ兄やん。喋ったところでその有り様じゃ何言ってんのか解んねぇわ♪」
するとアレクセイ…
「スマンナ セッカク オマエノ カセイダ カネガ ムダニ ナッタ…ト、イッテイル」
「解んのかよアレクセイッ!?アンタ、本当にロシア人かいっ!?ハッハッハッ♪
ま、しゃあねえよ兄やん!気にすんなって!しかし酷ぇ面だなオイッ!ハッハッハッ♪」
「ボッドゲ…」
すると又もアレクセイ…
「ホットケ…ト、イッテイル」
「いや…今のは流石に俺でも解るってばよ…」
そんな他愛も無い会話を交わしながらも、アレクセイは先程の蹴速を…ギガントの前に立ち塞がった時の蹴速を思い出していた。
あのゾッとする程に怖い笑顔を浮かべた蹴速の顔を…




