名乗り出た男
〝俺が…蹴速と…?〟
正直、あまりに突然の事で戸惑いはある。
いや…正確には〝あった〟と言うべきか…
何故なら既にこの時、高柳の心は決まっていたからである。
そしてその決意が喉まで出かかった時、運営の男が数回手を振りながらアレクセイに何やら言葉を掛けた。
それを受けアレクセイが、ゆっくりと大きく頷く。無言だったがその表情は…
〝なるほど、しょうがないな〟
と言っている。
話を終えたアレクセイが、頭を掻きながら高柳に言う…
「スマナイ…オマエタチ ヲ タタカワセル ノハ NGダソウダ…」
「NG…」
高柳が茫然と復唱した。
すると蹴速が意外な事を口にする。
「だろうな…そうなると思ったぜ」
「へ?そうなると思ったってお前…理由は?」
「だって兄やん考えてもみろよ…ここでの試合は選手同士もだけど、客も金を賭けてんだぜ?つるんでる者同士が闘っちゃあ八百長の疑いが出ちまうだろぅよ?」
「あ…そっか…言われてみりゃそやな…俺達はどっちが勝とうが損失はあらへん…当然そりゃ信用されんわな」
「そういう事!…だろ?アレクセイ?」
苦い顔で小刻みに頷くアレクセイ。
しかし高柳は複雑な想いだった。
せっかく覚悟を決めたというのに、それを再び飲み込まなくてはならないのだから…
だが、少しばかりホッとしている自分も居る。
そしてそんな自分を腹立たしくも感じていた。
それを見透かしてか蹴速が…
「兄やん…今ホッとしてんじゃね?」
そう言うと、少々ムキになった高柳が…
「アホ言えっ!ガッカリしとるわっ!ヤル気マンマンやったっちゅうねんっ!!」
と答える。
これに対し蹴速…
「そっか…俺は…少しホッとしてる」
高柳とは目を合わさず、視線を正面に据えたままでそう告げた。
微笑んではいるがどこか寂しげな笑みに、高柳はそれ以上の言葉を返せなかった。
そんな2人の心情などお構い無しにアレクセイが言う。
「ア~ クソッ!ケッキョク キャク カラ ミツケナキャ イカンノカ…メンドクサイナッ!」
実際はアレクセイが探す訳では無く運営の男が探すのだが、それを突っ込むとそれこそ面倒くさくなりそうなので、ここは蹴速も高柳も黙っておいた。
そうこうしてる間に運営の男が募集をかけ、1分もせぬ内に1人の男が名乗りを挙げた。
そばかすの多い顔にいかにも陽気そうな笑みを浮かべ、落ち着き無く周囲を見回しながら前に出る。
黒いロングTシャツにジーンズ、足下にはNIKEのスニーカーが履かれている。
ロシア人であろう男に対して失礼かも知れないが、一見するとアメリカの学園コメディに出て来る〝お調子者キャラ〟というイメージだ。
外国人なので見た目だけでは判断し辛いが、パッと見た感じの年齢は18前後に見える。
身長は170cmを少し超えた程度。
体重も70kgあるか無いか…
ガッチリとはしているが、蹴速の相手を務めるにはサイズが小さい。
しかし蹴速が1番気になったのは、その男の髪の長さである。
背中の半分くらいまで伸びた髪を、後ろで無造作に束ねている。
ここで蹴速が運営の男に尋ねた…
「なぁオッサン!ここのルールは髪の毛掴んでもいいのかい?」
当然通じないのでアレクセイが通訳すると
〝何言ってんの?当たり前じゃん〟
てな表情でOKサインを返して来た。
「へぇ…OKなんだ…その兄ちゃんはそれを解った上で名乗り出たのかい?」
再びアレクセイが通訳を買って出ると、名乗り出た男が頭を数回上下させた。
「て事は自信ありって訳ね…なら良いぜっ!その兄ちゃんのお手並み拝見と行こうじゃないの♪」
蹴速が言ったのを相変わらず陽気そうな笑顔でニコニコと見つめている名乗り出た男。
しかし高柳は気付いていた…
陽気な笑顔の瞳に宿る、得体の知れないドス黒い何かに…




