サンダvsガイラ
アレクセイの対戦相手が欠場した為、急遽決まったスペシャルマッチ。
試合を終えたばかりでの連戦となるウラジミールの為、15分のインターバル後に行われる事となった。
この対応は当然の事なのだが、ウラジミールはそれすらも必要無いと言っていたらしい。
しかし運営側が、せっかくの人気選手同士による対戦なのだから、観客もフェアで言い訳の出来ない完全決着を望んでいるはず…と説得して、ウラジミールも渋々ながらようやくそれを飲んだという。
「二大怪獣激突…ってか」
蹴速がアレクセイとウラジミールを交互に眺めて呟いた。
それに対し高柳…
「ほんまやな!サンダvsガイラって感じやで♪」
「サンダvs…何て?てか…そもそも何それ?」
ポカーン顔の蹴速が問う。
「え!お前…サンダvsガイラ知らんのかいやっ!?あのサンダやぞっ!?あのガイラやぞっ!?」
「あのって、どのだよ…」
「フランケンシュタインの怪獣やぞっ!?」
「いや、そもそもフランケンシュタイン自体が怪獣みたいなもんだろぅよ?」
「アホッ!お前の知ってるフランケンシュタイン!あれはフランケンシュタイン博士が作った〝フランケンシュタインの怪物〟ってのが正式名称やねんぞっ!!」
「しかし…アレクセイの奴、本当にウォームアップしないんだなぁ…」
「人が一生懸命喋っとんねんっ!聞けや~~っ!!!」
そんなやり取りをしていると、運営の人間らしい男がアレクセイの所へとやって来た。
するとアレクセイは財布を取り出し、そこから何枚かの紙幣を抜いて男へと渡す。
男は2度それを数えてから懐に収め、小走りでリングの方へと去って行った。
それを見た高柳は一瞬 八百長を疑ったらしく…
「アレクセイ…今のは?」
そう問うていた。
「ン? カケキン ニ キマッテルダロ」
「あ、あぁ…そうか…そうよな…これが賭け試合やって事忘れとったわ…で、いくら渡した?」
「10000 ルーブル…」
「って事は…日本円で2万円足らずってとこか。で、勝った方がそれを総取りするって訳やな…」
そうこうしていると、リング付近がにわかに騒がしくなった。
視線を移すと先ほどアレクセイから紙幣を受け取った男が、文字の書かれた小さいホワイトボードを高々と抱え上げ何やら叫んでいる。
観客もそれに群がり叫んでいるが、その誰もが手に紙幣を握っていた。
「オッズ ガ デタラシイナ…」
「オッズ…なるほど、客は客で勝つ選手を予想して賭けとる訳か。それであの騒ぎね…納得やわ」
「で、アレクセイ…オッズはどう出てるんだい?」
訊いた蹴速をギロリと睨んだアレクセイ…
だが直ぐに片方の口角だけを上げると、目は一切笑っていない表情のままで答えた。
「7:3…」
「どっちが7か…その表情見りゃ訊くまでも無ぇか」
これに答える代わりにアレクセイは、フンッと鼻を1つ鳴らして見せた。
賭けの騒ぎが一段落ついた頃、オープンフィンガーグローブを嵌めたアレクセイが私服のまま踵を返す。
「本っ当に私服で行くのな…アンタ。で、マウスピースもしないのかい?」
「コレ ケンカ ト イッタハズ… マウスピース ケンカ デ ツケナイダロ? グローブ ハ ルール デ キメラレテル ショウガナイ…」
首だけで振り返ったアレクセイはそう答えると、自分の胸元で両拳を2回ぶつけた。
先に入場を済ませたウラジミールの待つ手製のリング…アレクセイがそこへ向かう間、両者は1度も視線を外さなかった。
そしてついにアレクセイがロープを潜る。
ヒートアップするリングサイド。
「さぁて…お手並み拝見といかせて貰うぜ…アレクセイ」
蹴速がキラキラした目で唇を舐めた。
二大怪獣の間に立っていたレフリーが、手早く両者のボディチェックを始めた。
しかしそれは呆気ないほど直ぐに終わる。
そしてレフリーは振り返ると、すぐさま係の者にゴングを要請した。
沸き起こる歓声が鐘の音を掻き消す…
いきなり始まるかと思いきや、両者がゆっくり歩み寄る。
そしてウラジミールが左手を差し出すと、アレクセイも握手に応じた。
ところがウラジミールは、それを離さぬままで右の拳を振り上げていた!
そしてそれがアレクセイの顔面目掛け、矢の様に真っ直ぐ疾って行く!!
左手を封じられているアレクセイはガードが出来ない。しかし咄嗟にダッキングでそれを流すと、ウラジミールと繋がっている左手を捻りながら身体を左向きに開いた!
「小手返し!アレクセイの奴、合気道使うんかっ!?」
「いや…」
蹴速が答えようとした時、転がされたウラジミールが立ち上がり直ぐに構え直した。
汚い手に観客からブーイングと野次が飛ぶが、ウラジミールはまるで表情を変えずに受け流している。
された側のアレクセイとて、それを汚い手とは思っていないのであろう…
なんせこれはケンカなのだから。
ここがそういう場所なんだと言う事を、蹴速と高柳も改めて実感していた。
又も仕掛けたのはウラジミールだった。
驚く程に大きく右拳を振り上げている…
絵に描いた様なテレフォンパンチ…
アレクセイは受けて反撃しようと言うのか、カウンターは狙わず両腕を上げガードの体勢を取る。
しかしウラジミールが実際に放ったのは、左の前蹴りだった!
ガードを上げ過ぎてガラ空きとなっていたボディに、槍の如く深々と突き刺さるっ!!
〝フッフッフッフッフッフッ〟
「??」
奇妙な音が耳に入り、蹴速が首を傾げる。
驚いた事に、モロに入ったはずの前蹴りは然したるダメージも与えていなかったらしく、代わりにアレクセイへと反撃の時を与えていた。
蹴って来たウラジミールの左足首を脇に抱え、スライディングする様にして軸足を刈る!!
倒されたウラジミールが初めて苦悶の表情を浮かべた。
「スライディング式のアキレス腱固め!サンボか?いや…さっきの小手返しの事も考えるとコマンドサンボかっ!?」
「いや…違うで兄やん…」
「ちゃう?じゃあ…」
ウラジミールが脂汗を浮かべながら、自由な右足をガンガンとアレクセイへとぶつけている。
しかしアレクセイも左腕でそれをいなしながら、捕らえたアキレス腱は離さない!
そしてついに…
我慢出来なくなったウラジミールが地面を叩く。
本来2度でよいタップを5度もしたところを見ると、相当限界まで我慢をしていたらしい…
「へっ!なぁ~にが勝てる気がしないだよ…よく言うぜアレクセイ…圧勝じゃねえかよ」
「確かに結果だけ見りゃ圧勝やわな。せやけど、あの前蹴りはモロやと思ってんけどなぁ…よう耐えたもんやで実際…」
「兄やん…気付かんかったんか?俺は気付いたで…」
「あん?何がいな?」
「アレクセイがあの蹴りを喰らった時、俺は奇妙な音を聞いた…」
「えっと…ちょっと何言ってるかわからんのやけど?」
「あの小刻みに鼻から吸う独特の呼吸音。アレクセイが使う格闘技は多分〝システマ〟だぜ…」
「システマ…」
答え合わせが終わる頃、立てないウラジミールを男が5人がかりで担架に乗せていた…




