アリス-03
正直に言えば、ここにきて後悔している。亮平に力を与えたことに。
アリーナ戦に復帰し、破竹の勢いで勝ち抜けて来てはいるが、それでも精神的な面はかなり脆い。
被弾をすれば昂る悪癖は抑えきれていないのだ。
ここから先、荒川に勝てたとしても、その脆さを抱えたまま百戦錬磨の上位ランカーを相手にすれば、いずれその脆い部分を崩され、叩きのめされるだろう。
そうならないために強化手術をしたあと、その能力をこの期間にできる限り使えるよう訓練と、実戦での経験を積ませてきた。しかし、それでも。
控室のドアが、私の陰鬱な心境とは反対に軽快な空気放出音を出しながら開く。
不意の事だったのでびくりと肩を震わせ体を強ばらせたところを、亮平に見られてしまった。
「……なんでまだ不安そうにしているんだよ」
不機嫌さを隠さず、また、まだ手術の影響が出ているせいかこめかみあたりを軽く抑えつつ、亮平が入ってきた。
一歩、その足が踏み込まれたあたりで亮平に向き直った。
「少し、後悔している」
正直に言うことにした。これ以上、”あいつら”の掌で転がされていたくはない。
なにより、このままでは亮平を救い出せない。本当は、強化手術だって避けたかった。
下手をすれば、その強化手術が要因で、何もかもご破算になる可能性があったからだ。
それを避けるように手術をした、と”あいつ”は言っていたがそれすらどこまで信用していいか判らなかった。
かつて計画の失敗を企み、実際に告発したうえで計画を破棄に追い込んだ同志ではあったが、あの亮平と荒川が邂逅したミッション辺りできな臭い動きがあった。
おそらく、連中は荒川をマークしていたのだろう。そのうえで、亮平には手ごろで、半ばリタイアしていた荒川のリハビリにちょうどいいミッションを作り出したのだと思う。
そうだとしたら、すでにもう私たちはあの計画の亡霊たちに操られているも同然と言える。
どこへ行ってももう、多分逃げられない。
叩きのめされても命果てるまで、抵抗するしか道は無かった。
「なんで後悔しているんだ?何を後悔して」
「お前に強化手術を持ち掛けてしまったことをだ。」
亮平が言い切る前に、私の後悔の一つをぶちまける。
時間にして数分もないくらいだろうが、永遠とも思える重い沈黙が支配する。
「お前が言い出したんだろ。」
これまで”アリス”とマネージャー《わたし》を呼んでいたはずなのに、今は”お前” か。
手術は性格を変えることがある、と聞いてはいたが、施術以降、言動がより刺々しい言い方が多くなり、誰に対しても攻撃的な言動をするようになった。
「ああ、確かにその通りだ。私が、荒川に対抗するため、お前に強化手術を施すよう手配した。だが、手術後のお前を見て、そして次の対戦相手を思って、私はいま、少なからずの後悔をしている。」
不機嫌な雰囲気はさらにその色を濃くし、怒りとも憎悪ともとれる視線をこちらに投げつけてくる。私はあえてそのまま続けた。
「このままでは、荒川には勝っても手傷を負わされるか、徹底的に潰されるかのどちらかだ。」
荒川はランカーに近いと言われる実力者だが、いまのところ試合はこちらに傾く公算はある。
しかし、ランカーとそうでない者たちの間には大きく隔たりがあり、たった一つ順位が変わるだけでその実力は大きく異なる。
もちろん、装備に一定以上の予算を使えることが強い理由であったりもするが、装備に頼るFAV乗りは、ランカーにはほぼいないと言っていい。
そんな環境にあって、買いそろえた装備に頼っている節のある亮平はまだランカーの本当の恐ろしい部分を知らない。
新人の中でも相当の経験は積んでいるはずだが、だが、その経験値は全くと言っていいほど不足していると言わざるを得なかった。
さらに言えば、ここでつまずいてしまえば、今度こそ亮平の精神《こころ》は崩壊するだろう。
そうなれば、"私たち"の抵抗は全くの無駄になる。それは何としてでも避けたかった。
だが、亮平はそんな私の想いなど知るわけもなく、荒川を侮ったまま試合に臨もうとしている。
確かに、展開次第で有利を取れる相手ではあるが、少しの油断で試合が完全に相手に持っていかれることも考えられる。
たとえランカーとして下位に甘んじている者だとしても、侮っていい理由にならない。
いや、FAV 同士の闘いにおいて、気を抜くタイミングなど有り得ないはずなのだ。
「ここまで、文字通り血反吐を吐きながら戻ってきた。戻る前以上の力をつけて、戻ってきた。」
ギラギラとした眼で私を睨みつけるような強さで目を合わせ、噛み締めるように亮平は語る。
そう、確かに強化手術を受けた後、この短期間で、強烈なGを受けながらの戦闘機動に亮平の内臓が追い付かず、本当に最後の方では血の混じった胃液を吐きながら、新たな力を体に馴染ませる訓練をした。
現在に至り、概ね成功していると言えるくらいの状態だったのだ。だが。
底知れない不安はそれでもぬぐい切れなかった。誰かの掌で、用意された舞台で操り人形になっているようなそんな不安が強化手術のあとから付きまとっていた。
「だから、次の相手にだって勝てるさ。」
不安を拭い去ろうと胸を掻きむしるように自分のブラウスを握っていた私の肩を軽く二回たたき、亮平はハンガーへ向かう。
もう準備時間だった。
亮平が出ていくことに気づいた時にはすでに亮平は控室を後にしており、駆け足でFAVへ向かっていく後姿をただ見守るしかできなかった。
「……どうして……っ」
どうして、呆けてしまった。なぜ「止めなかった」?今を逃せば、もう後戻りはできない。確証はないが、確信がある。多分、これでもう……あいつらの術中にはまったのだろう。どこまで行っても、あの狂気の集団から逃れられない。そんな絶望が私の心をじわじわと侵食してきていた。
(いや……まだ……)
ここで弱気になってどうする。おそらく、まだ奴らもおいそれと動けないはずだ。大きく動くことがあれば、事前とまではいかなくとも、亮平や私に危険が及ぶその直前くらいまでには察知ができる。そういう仕組みをこの18年間で作ってきた。完璧は無い、だが、それでも逃れるだけの隙を作れるはず。だから
(ここでただ案山子になるわけには、まだ行かないんだ……)
自分を鼓舞するように握ったこぶしにさらに力を込め、亮平が向かった先へ視線を向ける。無限遠点にも思えたこの廊下の先は、いくつかの通路が交差し、最奥に行き止まりの壁が見えていた。こうした周りの状況に目を回せないほど、焦っていたのだと知り、長く生きようとも本質が変わらないのだ、という事実を目の当たりにした。
(亮平は、”この試合なら”勝てるだろう。……だが。)
一つ深呼吸をしながら、今後の事を修正する。
(今の私は、杉屋亮平のマネージャーだ。だから、あいつの試合はこの目できちんと見ておこう。)
なぜそこにこだわってしまうのか、自分でもわからない感情だったが、だが、否定する気にもなれなかった。それに、本気で今回の試合を見なかったとしたら、それこそ本当に亮平との関係の線が切れてしまう。それだけは絶対にダメだ。
だから、今回の試合も、マネージャーとして見届ける。そう決意し、控室に戻った。
ご無沙汰しております。次話を執筆するにあたり、調整のため加筆しました。
アリス編はしばらく続きます。なるべく早く次を上げられるように書いていきます。




