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アリス-02

アリス-2


 思い返せば、この時にもっと力を持たせてやれば、結末は違っていたかもしれない。

亮平の狂気に充てられ、半端に鍛えてしまったのだ。もう少しやりようはあっただろう。

だが、今となってはすべて後悔でしかない。


 いや、心のどこかで結末はわかっていた。結局、あの狂人たちに私は、私と亮平は踊らされていたのだ。

破滅へ向かって、ほの暗いダンスホールをただくるくるとまわる、出来の悪い人形のように。



 改めて、彼の日常を壊したランカーでもある”荒川尊史”を今度こそ討ち果たすための戦術を構築するため、まずはこれまでの戦いを振り返り、反省材料を確認していく。まずは直近の、先日敗れたアリーナ戦だ。


-----これは酷い、としか言えない、稚拙な吶喊。また吶喊。

 動画を見て、私は唸るしかできなかった。確か、それなりに戦術を整えるため、相手のこれまでの戦いぶりを動画アーカイブにあったアリーナ戦の3戦分くらいは繰り返し確認し、亮平本人も戦術構築をしていたはずの試合だった。

いや、始まって5手くらいは、ほぼ戦術を組んだ通り、相手を翻弄する動きは出来ていた。終始そうしてペースを握っていればまだ勝ち目はあったのだが、軽く被弾したあたりで突然吶喊を繰り返した。


「……この時、キレたんだな」


 何とか紡いだ一言を亮平へ向けて放つ。

 戦術も何もなく、致命的な被弾をもらわない程度の回避。明らかにまともに狙いを付けていない掃射。

 相手からすればいいカモだ。

 それなりに亮平の攻撃が命中してはいるが、手数重視の武装であるが故、その威力は小さい。

 対して、致命的な被弾がなかったとはいえ、ダメージは蓄積していく。


 そして、徐々に機動力が低下している中、決定打となる被弾してしまう。


 右脚部の脆い箇所にまともにライフル弾を被弾し、機動力が格段に下がる。

 だが大破まではしていないため、低下した機動力をカバーするように思いきりブースターを吹かせ前進する亮平機。

 そこの勝機を逃すほど相手は甘くなく、さらに致命傷となる箇所へ相手は狙い撃ち、そのことごとくを亮平は被弾、試合は亮平機の大破で終了。

 これまでの戦績や依頼の遂行率から期待されていた試合は、この上ないほど無様な敗北で終わった。


 試合終了のテロップが出たところで動画を止め、わかっていたことだが、あまりの酷い試合から、なんとか改善点を探すべく凝視した目を休めるように瞼を閉じる。

 そうしないと、亮平を無意味に叱り飛ばしてしまう自分を自覚したからだ。

 いらだちを隠さずに、目頭のあたりをもみつつ、聞いてみた。


「なぜこうなる?」


 目の前の男はただ黙って俯くのみ。その様子に私はいらだちを隠さずに問いただす。だが、押し黙り、うつむいたまま答えは返ってこなかった。


「……答えたらどうだ」


 自分でも驚くほどに冷ややかな声音だったと思う。

 どう返ってくるかは予測がつくが、当人の口から訊かないことには、次に進めることもしたくない。

 いや、ここでそのまま次の過程に進んだところで、ろくな結果にならないと判断したからだ。


「アイツに、荒川に負けてから被弾すると目の前が一気に真っ赤になって、感情の制御が利かなくなる」


 ボソッと、ぶっきらぼうに答える亮平。

 なるほど。そういうことだったか。一度シミュレーター訓練で確かめる必要があるな。

 これは致命的すぎる事実だ。傭兵は、いや、戦場に立ち戦うものとして、周囲の状況に気を回せない精神状態になるのは非常にまずい。

 軽度の被弾であれば、冷静に被弾箇所の分析をし、そのうえで戦況を把握し、次にとる行動を決める。

 つまり、今の亮平は、LASに新兵として登録された当時以下の状態になっているのだ。


「その割には周辺の建物とかにぶつかって擱座したりすることは無いようだから、完全に回りが見えない、ということはなさそうだな。操縦技術そのものは問題ない、と言えるだろうな。」


 私が言い放った言葉には全く無反応だった。

 戦闘経験の浅さ故、戦場で裏をかかれたりする行動には今一つ後手に回ることが多いが、高速機動の際、ブーストジャンプ時にどこかにつっかけたり、回り込もうとした際にビルの角に機体を当てて機動を乱すことも無かった。

 射線上の目標までにある障害はきちんと理解できるのだ。完全に回りが見えなくなっている、というわけでもないらしい。

 ただ、敵からの被弾があると、途端に相手の射線に身を晒しつつ吶喊する、というところが目下の問題だろう。

 ひとまず確認することは決まった。


「亮平」


 短く彼の名を呼ぶ。その声音は、自分でもひどく冷たく聞こえた。自分を呼ぶその声が亮平の耳に届くと、亮平はゆっくりと、ねめあげるように私へ目を向けてきた。

 そこには、とても昏い、厚い遮光カーテンになったような目が二つ。私に向けれらる。


「わかっていると思うが、改めてシミュレーターで訓練してもらう。先に言っておくが、こ

れはお前の現状を確認するための作業だ。シミュレーターで荒川対策をするものではないと

断っておくぞ。」


 うつろな目を私に合わせた後、ゆっくりと亮平はうなずいた。その様子を見てひとまずの訓練計画を大まかに立てつつ、私は控室を後にした。



 訓練といっても大それたことをするわけではなく、ごく当たり前に何がいけなかったのかどうしたらよりいい一手を叩き込み、勝利を掴めるか。

 それを過去の試合や、LAS のデータベースにある試合時のロガーを使い、シミュレーターでその対戦を体感したりする、といった方法で動きを磨き上げていく。

 そして、FAV を使って動きを確認していく。

 訓練の合間に、少しの依頼をこなしつつ、FAVの操縦の精度をさらに上げていく。


 だが、それでもまだ荒川との対戦で勝ちを拾えるビジョンが見えてこなかった。


 ここが亮平の限界なのかも……いや、壁にぶち当たってしまっているのだろう。

 十数日でメンタルを鍛えなおし、かつ戦術プランを洗練し、下位とはいえ並み居るランカーと肩を並べるには、さらに力が必要だ。


 大きく機動力で翻弄するプランも考えたが、今から軽量級の機体の機動に慣れさせるのでは時間が足りない。

 そこで、大きなリスクをはらんではいるが、機動力の向上、巡航性能を向上させるため、私は決断を下す。


「亮平」


 ……思った以上に自分の声が強張っていたことに驚きつつ、返答を待つ。

 いつものように気怠そうな空気で私に振り返って見せた亮平は、目を合わせると私の次の言葉を待っていた。


「……正直に言う。このままだと時間が足りない。もちろん、試合はいろいろ理由をつけて棄権をすることは可能だ」


「仮に届かないとしても、目の前に敵がのうのう出てくるタイミングを逃すと思うのか?」


 私の次の言葉を待たず、昏い目で睨みつけながら言い放つ。

 そう。そうやって言い放つことはわかっていた。だから


「荒川を潰せるだけの力を得る方法はある。……いい加減この稼業に慣れてきているだろうからわかるだろうが、それを得るためにはそれなりの代償が必要になる。」


 そう。代償が必要になるのだ。力を何かのボランティアのように分け与えるなんて事はそうそうない。

 大体は借金のカタに自分の体を文字通り売り払い、負債を払いつつ、より多くを掴めるだけの力を手に入れたりするわけだが、亮平の財政は現状、マネージャー一人雇っていてもそれなりに暮らせる程度だ。

 だからと言ってうなるほどの資金力があるわけでもないのだが、亮平により大きな力を持たせることができる方法について、資金云々は別として心当たりがあった。


「お前の今後の人生、傭兵としてだけでなく、()()()としてまっとうに生活できなくなるかもしれない。それでも」


 これ以上亮平の目を見ることができなかった。

 そこには、渇望があった。

 勝利への、いや、絶望への。


 破滅に向かおうとしているのを自覚してもなお、荒川を排除することに執念を燃やしている。

 正直私と今対峙している亮平が正気を保っているとはもう思えなかった。


「それでも、お前は力を望むか?」


「なんだっていい。俺から全部奪ったあいつを潰せるなら、どんな代償だって支払ってやる」


 最後まで言い切る前に、かぶせ気味に、なお強く重く、その決意を亮平は口に出した。


「アリス」


 これまで呼ばれることのなかった、私の仮の名前。

 そういえば、そのあたりのことも明かしていなかったと今になって気づき、後悔する。


「俺にもっと力をつけられるなら、なんだっていい。荒川を、あの野郎をすり潰せるなら、俺の体だろうが命だろうがくれてやる」


 本当は、こんなに苦しむ必要はなかったのに。


「だから」


 ”君”は本当はもっと朗らかに笑っていられたはずなのに。


「”そこ”へ俺を連れて行ってくれ」


 どこで踏み外してしまったんだろう。


 後悔の念は強い。それでも、あの赤いFAVを打ち倒すために、亮平にはもっと力が必要なのだ。

 掴んだ自分の腕に、強く指を食い込ませながら行動を起こすことを決意した。

読んでくださり誠にありがとうございます。

2021/04/04


読みづらさを低減するため、改行の仕方を変えてみました。

もしかしたら前の方が見やすい、というご意見あるかもしれませんが、

その場合はどうぞおっしゃっていただければと思います。


併せて、今後の展開上必要と判断し、本文を加筆しております。

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