第四章 新たな星系 (1)
オフィーリア星系では、評議会代表リンドン・カーター、今回のアンドリュー星系とマリアルーテ星系の訪問の時に行われた密議について考えていた。
強力な軍事力を持たないオフィーリアでは、交易による思惑を巡らせていた。
第四章 新たな星系
(1)
「マリアルーテ第一皇女は、無事に事を成したようだな」
「はっ、その様です」
オフィーリア星系評議会本部ビルの代表部の一室でセクレタリの報告に満足した顔で頷くと
「マリアルーテ星系からは何と言ってきている」
「はっ、マリアルーテ星系の通行とビジリア星系との取引を許可すると」
「そうか、彼の星系に行くにはマリアルーテ星系を通らねばならない。あの星系の技術力は、我が星系を上回るものがある。無理をしても何も利益がないからな」
オフィーリア星系評議会代表リンドン・カーターは、壁に映るマリアルーテ星系の更に奥にある複数の星系マップを見ていた。
“我が星系が、交易をしていない星系は、いくらでもある。だが我々が、そこへ行くには、いくつもの星系を通って行くしかない。交渉と交易によって、我が星系の未来を創っていくのだ。ミルファク星系の様な力ずくで周りの星系を併呑する力は、我星系にはないからな。しかし、マリアルーテ第一皇女、彼の星系の生き方と言うのは、我々には理解出来ないな。アンドリュー星系の名門、チェスター・アーサーの血を受け継ぐとは、女とは恐ろしい生き物だ”
マリアルーテ星系からの依頼を初めて受けた時のことを思い出し、カーターは、口を歪めながら含み笑いをした。
「アンドリュー星系に、例の星系へ行く予定を聞いてくれ」
「はっ」
セクレタリが、返事をしてその場を離れるとカーターは、デスクにあるスクリーンにタッチした。
男の顔が、現れると
「星系交渉部を通じてマリアルーテ星系にビジリア星系との交易交渉の場を持つように依頼してくれ」
「はっ、了解しました」
カーターは、スクリーンを消そうとして一瞬考えると
「マリアルーテ第一皇女の動きを見張ってくれ」
「はっ」
それだけ言うとカーターは、一方的にスクリーンを消した。
アーサーは、アンドリュー星系に帰還後、父アルフレッド・アーサー軍事統括に報告をした。アヤコ・ヤマモト星系評議会代表は、リギル星系評議会代表クロイツ・ハインケル、タミル・ファイツァー他評議会メンバー、ペルリオン星系評議会代表バリー・ゴンザレス他評議会メンバーをアンドリュー星系に招き、今回のオフィーリア星系の訪問の成果を大々的に発表した。
その中で、オフィーリア星系、マリアルーテ星系のユニオン加盟をあたかも決まったかの如く発表し、オフィーリア星系で見つかった未知の星系を新たな技術力と資源を生み出す星系と位置付けた。
さすがにこれは、アルフレッドもチェスターもあきれたが、公にされた以上、事を進めない訳には行かなかった。本来で有れば準備を口実に先延ばしをして、あいまいに出来ることであったが。
「しかし、あきれましたね。アーサー提督。まさか、未知の星系をあのような言われ方をするとは思いもよりませんでした」
久々に会った親友であり第二艦隊司令官ロベルト・カーライルと一緒にボルドー星系のサンテミリオン星で取れたワインをミランの航宙軍が用意した自宅で飲んでいた。
「ああ、呆れたよ。あそこまで言い放つとは。あの方も変わられた。権力を持つと言うのは、かくもあのように人の心を帰るとはな。ミールワッツ攻防戦の勝利があそこまで変わらせるとは」
チェスターは、グラスにたゆるザクロ色の深みのある色合いと、たまらなく引き付ける芳香にグラスを口に持って行った。そして口の中でゆっくりと広げると喉の奥に流し込んだ。
「ところで、私がいない間、星系内の治安はどうだった。明日、皆から詳しく聞くが」
「はい、リギル星系方面は、比較的落ち着いていますが、ペルリオン星系方面航路に宙賊の出没が減りません。あれ以来、厳しくしているのですが」
チェスターは、自分がオフィーリア星系へ表敬訪問に出かける前、カーライルに指示をして掃討した宙賊の事を思い出した。
「そうか、今度、しっかりと星系内とカイパーベルトの哨戒を行う必要があるな。これ以上要らぬ犠牲は出したくない。しかし、彼の星系は、まだ治安が落ち着いていないのか。
マイク・ランドルが第一次ミールワッツ攻防戦で失脚した後、その後を継いだバリー・ゴンザレス代表が星系評議会代表を引き継ぎしっかりと治世を行っていると思ったが、上手く行っていないようだな」
「はい、カイパーベルトに潜んでした特殊部隊の残骸からペルリオン星系航宙軍の仕業と判明しましたが、星系交渉部の表向きの動きの他に、調査部も動かして、彼の星系内部を調べましたが、全く足を掴むことは出来ませんでした。シュティール・アイゼル提督の後任ベルハルト・ローエングリン提督が、しっかりと情報漏洩を抑えているようです」
「我が星系にあのような特殊部隊を送り込ませ、情報統制も完全にコントロールか。宙賊への対応も変えた方が良いかもしれないな」
「はい、私もそう思います」
空になりつつある、二本目のワインボトルをみてカーライルは、
「アーサー提督、私はそろそろ帰宅します。提督も久々の時間を取れています」
“チラリ”とアーサーの後ろに来たマリア・アフロデーテ、アーサーの新妻の顔を見るとそう言った。
「まだ、いいではないか」
「いえ、私の頭を豆腐の角にぶつけたくないので」
「なんだそれは」
ほとんど笑い顔半分になったカーライルは、チェスターの言葉も半分に席を立った。大将であり四艦隊総司令官のアーサーに中将とはいえ、上官へのこの態度は普通なら許されるものではないが、チェスターとカーライルの仲、そしてマリアとのなれ初めを考えれば、言葉に表せない世界だった。
カーライルは、マリア・アフロデーテの側に来る一度立ち止まり
「マリア様、チェスターの貴重な時間を頂きありがとうございました」
ほとんど、目元を緩ませながら挨拶するカーライルに
「ミリアにも宜しく」
と言うとカーライルの後姿を見送った。
カーライルの居なくなったリビングでチェスターの隣に座るマリアは、
「チェスター、これからは、私たちの時間です」
そう言って、優しく微笑んだ。
アーサーは、翌日、アンドリュー星系航宙軍統合作戦本部で貴下の三艦隊の司令官を集めていた。
「皆も星系評議会代表部から公式に発表の有ったオフィーリア星系にある未知の星系へ広域探査派遣艦隊を向かわすことにした。派遣艦隊は私の第一艦隊が赴く」
他の三司令官から声が出た。
「総司令官自ら赴くことは有りません。第二、第三、第四艦隊も我が星系にはいます。総司令官は、オフィーリア星系から帰還して、まだ間が有りません。ここは我が艦隊を派遣艦隊として行かせて下さい」
第三艦隊司令官ミハイル・マクギリアンが声を出すと
「いえ、我第四艦隊に行かせて下さい。我が艦隊は、結成は一番新しいですが、十分な訓練と宙賊取り締まりで十分な実戦も積んでいます」
第四艦隊司令官ロング・マクドールドが声を出した。
二人ともカーライルから比べれば一歩その実績が劣るのは目に見えていた。故にこの派遣で成果を上げ、アンドリュー星系航宙軍の一艦隊として実績を積みたかったのだ。
「ミハイル、ロング。気持ちは分かるが、今回の派遣艦隊はオフィーリア星系とマリアルーテ星系との約束もあり、私が出向かなくてはいけないのだ」
言葉を切ると
「今回の航宙には、例の物を持って行く。まだ試験段階だが、姿の見えない艦隊を相手にするには仕方ないところだ。相手が友好的であることを期待したいが、備えるに越したことはない」
「あれは、まだ試験段階で試作もおぼつかないと聞いています。危険すぎます」
カーライルの声に
「仕方あるまい。今回は、特殊工作艦に航宙軍開発センターの技術者も連れていく。連中も実践で試験できると喜んでいた」
「しかし・・」
「もう決めたことだ。ロベルト」
カーライルの言葉を切るように言うと星系内治安体制に話を移した。
「第二艦隊はリギル星系跳躍点方面航路とオフィーリア星系跳躍点方面航路。特にオフィーリア跳躍点方面は、例の艦隊の件もある。監視衛星を増やして監視に当たってくれ。第三艦隊はペルリオン星系跳躍点方面航路。宙賊に対しては、監視衛星を増やし警戒を厳にするように。そして第四艦隊はミールワッツ跳躍点方面航路の哨戒と星系内の哨治安維持だ」
「はっ」
三艦隊の司令官が立ち去るとチェスターは、控え室にいたアンリ・オベロン中尉を呼び出した。
「アンリ、オトメ航宙軍開発センター長を呼んでくれ」
「はい」
オベロン中尉は、アーサーからの指示にすぐにパッドに指示を打ち込むとコネクトのサインが現れるのを待って、控室に戻った。やがて、航宙軍開発センター、ヤマネ・オトメ大佐が緊張した面持ちで敬礼をしながらスクリーンに現れるとアーサーも答礼し、
「オトメ大佐、軍事統括から話は言っていると思うが、今回の広域探査派遣にDMGを持って行く。出発は三か月後だ。準備は間に合うか」
緊張した顔が戻らないまま
「はっ、間に合わせます。但し、DMGは、まだ試験段階であり、試作機の初動などは、何もテストしないままに行きますので、万全の体制で行きたいと思います」
“どういう事だ”と言う顔をすると
「試作機三機に予備機を二機、その機材に対するスペアパーツ、コントロール機材と技術者二〇〇名合わせて工作艦一〇隻と輸送艦一〇隻になります」
“思ったほどではない”という顔をすると
「分かった。すぐに準備を進めてくれ」
その言葉に
「アーサー提督、お伝えしておきたいことが」
「なんだ」
「DMGは、必ずしも有効に機能するとは限りません。また、一部が過度に反応する可能性もあります」
スクリーンに映るオトメ大佐を鋭くにらみながら
「一部が過度に反応するとはどういうことだ」
「DMGは、物質を原子レベルまで分解してしまう力が有ります。これは、DMGに触れた物質は勿論の事、実地試験を行った時の残存エネルギー量が不明です。言い換えれば、DMGフィールドを張った後、使用されないままにそこを通った物質が、残存エネルギーで原子レベルまで分解してしまう可能性があります」
アーサーは、オトメ大佐の言葉に少なからず驚いた。
「DMGフィールドのエネルギー消滅時間が分かっていないと言うのだな」
「はっ、その通りです」
「どうすればエネルギー残存量が分かるのだ」
「はっ、それも含め今回の実地試験でデータを取りたいと思っています」
“仕方あるまい”と思うと
「オトメ大佐、十分な準備を持って試験に臨んでくれ」
「はっ、ありがとうございます」
スクリーンからオトメ大佐の映像が消えると、“全くもろ刃の剣だな。下手をすると自軍に被害が出る可能性がある。とんでもない物をテストすることになった”と思いながら消えたスクリーンを見つめているとオベロン中尉が控え室から現れた。
「提督、軍事統括からご連絡が入っています」
アーサーは何も言わずに頷くとスクリーンをオンにした。
「マリア。オリオンに降りるのは、結婚式以来だな」
「はい」
嬉しそうにそして少し緊張した面持ちで頷くと
「チェスター、お母様とシェリルさんにお会い出来るのが楽しみです」
マリアは、チェスターと結婚して以来、航宙軍から第一軍事衛星ミランの自宅として提供されたビルの一室でチェスターと暮らしていた。故に首都星オリオンにあるアーサー家行くのは、結婚以来だった。
首都星ミランの宙港から惑星用移動カーで自宅に向かうチェスターとマリアは、窓の外に映る田園風景に久々の思いを感じていた。やがて、自走路から一般道に入る一キロ手前になると
「閣下、これより一般道に入ります」
緊張した面持ちで言う航宙軍中尉は、そう言うとハンドルと各スイッチが手動になったことを示すとハンドルを手にした。トラックコントロールは、中央管制センターで完璧に行われているが、田園風景に無粋なものはいらぬと言うことで、何故か幹線を離れると人間が運転する。
「チェスター、美しいですね。自然というは」
マリアは、母と父が別れて以来、ずっと衛星の中で暮らして来た。それだけに結婚式以来の惑星上の自然な色合いは、目に沁みるようだった。
やがて、アーサー家の正門に着くと複数の衛兵が直立の姿勢で待っていた。アーサーの家の周り二〇キロには、航宙軍中央警備隊二個大隊が、アリ一匹入らぬ警備を敷いている。近隣星系の動きが活発になって以上仕方なかった。
門の前で二人を乗せた移動カーが一度止まると大佐の徽章を付けた衛兵が近付いて来た。運転手が仰々しく
「アーサー閣下が、御着きになられた」
と言うと大佐は、直立の敬礼をして
「お待ちしておりました。閣下の御邸を警備出来ることを光栄に思います」
と言うと門の方を振り向いた。見た目においては普通の家の門だ。いつもなら衛兵が各門に二人程度しか立っていない。だがこの状況では仕方ない。門がゆっくりと開かれると移動カーが門の中に入った。約三〇〇メートルほどの庭を時速一五キロに満たない速度で移動すると玄関に母のマーガレット - ファーディナンド・アーサーと妹のシェリル・アーサーが待っていた。笑みがあふれんばかりだ。
移動カーが停止すると運転手が、すぐに降りてアーサーが乗る後部座席のドアを開けた。
「母上、ただいま帰りました」
「お帰りなさい。チェスター」
「お帰りなさい。お兄様」
その声に妹を振り向くと以前会った時より一段と美しくなっていた。そしてマリアが降りるとアーサーを押しのけるようにマリアに近付き
「マリアさん、お待ちしておりました」
「お母様。ありがとうございます」
「お姉様。お待ちしておりました」
「シェリルさん。お会いするのを楽しみにしていました」
「さあ、どうぞこちらへ」
そう言って、マリアを誘うように母親とシェリルが玄関の入口に向かうと
「やれやれ、家に帰れば、いつまでも子供でしかないか」
その声に
「あら、お兄様。お父様が執務室でお待ちかねです。マリア様は、私たちと楽しい時間を過ごしますので、どうぞ十分にお父様とお仕事のお話を」
「えーっ」
アンドリュー星系軍四艦隊の総司令官にして稀代の戦略家も家に帰ったら、ただの息子に戻った証だった。
オフィーリア星系から戻ったアーサーは、息つく間もなく、オフィーリア星系にある未知の生命体が潜む跳躍点への侵攻の準備に忙しかった。しかしそんな中でもひと時の時間があった。
さて、次回は、いよいよ未知の跳躍点への侵攻です。どんな展開が待つのか。お楽しみに。




