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マリアンヌ、かく語りき  作者: 境 時生
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ついに商売を開始、起業家に

第4章

 後になって、リッカルドは、私の叔母の家にきて、カルロスのことを黙っていたことを謝ったわ。私はまだ怒っていたから、

 「二度とあなたに協力なんてしない。いままでやったことで十分恩は返したはずだ。もし今後も協力してほしいなら、今迄以上の報酬を」

って言ったのだけど、

 「これは君と君の母上に縁のある人たちの話だから、その話を聞いてから、協力するかどうか決めてくれ」

 と前置きして、エレノアとエドモンとフランソワの話をしてくれたの。


 そのときになってはじめて、あの大怪我した女の子のこと、半狂乱になった母親のこと、それを必死で慰めていた男性のことを思い出したわ。母だったらどうしただろうと考えて、無報酬でエドモンの治療を約束したのよ。でも一目彼の傷を見て、助からないと思ったから、ハッキリとそうリッカルドに伝えたわ。もう私の出る幕ではないと、痛みを和らげる治療はするけれど、それより、愛する家族と最後の時間を安らかに過ごさせてあげたほうがいいと言ったの。


 その言葉にリッカルド殿が感動してね、いままでの協力のお礼がしたいというので、私、長い間考えていた計画を、女子修道院付属の、薬局の開業許可をお願いしたのよ。怪我の治療のクリームだけでなく、女性を美しくする化粧品も販売したかったの。当時は、怪しげな方法で、逆に体に悪いようなことをして、病気になっている女性も少なくなかったのよ。

 そして何より、商売で叔母の負債を毎年きちんとした形で返済するだけでなく、出資者として生活保障してあげたかったの。長い間の経験で考えたお肌と髪を美しくするクリームには自信があったしね。一時的な報酬なんて、使えばなくなってしまうけど、商売の免許なら、Going-Concern。半永久的でしょ。女性は美しくなることで幸せを感じられるのよ、この計画を聞いて、叔母もとても喜んでくれたわ。

 「やっぱりあなたは女である前に、ヴェネツィア人ね。」って。あ、これ最高級の褒め言葉よ。


 それからすぐ幼少時代を母とすごした、あの女子修道院に行ってね、さっそく特別調合のクリーム類を売り始めたの。もちろん怪我の治療用のクリームもあるけれど、そのほかに自然な金髪にするヘアークリーム、お肌を白く保つクリームなどを売り出したのよ。これがまあ、大ヒット。元首夫人から、リアルト橋にやってくる町娘まで、みんな欲しがった。

 

 商売が軌道に乗り始めて、叔母の借金返済の目途もたちそうになったとき、またリッカルドがやってきた。

 「商売繁盛のようで何よりだね。でも君のことだ、国外にも販路を広げるチャンスを見逃すなんてことはしないだろうね?」

 本当に彼は、私の性格をよく知っているわ。まさに私がそのとき考えていたことだったの。私の化粧品が、国外にも口コミで評判が広がり始めていたので、皇帝の宮廷の女性たちにも紹介したかったのよ。ぜひアナスタシア様にところに伺いたかったけれど、一市民に戻った私が伺うことはできないし、誰か紹介者になってもらえないかなって。リッカルドによれば、具体的な許可は、宰相からもらう必要があるが、その宰相を紹介するチャンスをくれるというのよ。


 「もちろん紹介した後、彼の信用を得るのは、君の腕次第だが。」

 本当に、私の気持ちをくすぐる物言いをするわよね、リッカルドは。で、彼の計画を詳しく聞いて、今度も了解したわけ。取引成立よ。私は女子修道院長に留守を託して、意気揚々と出発したの。勝算もあったしね。


 まずはカサンドラ様のもとに行ったわ。長い間お子様ができないと悩んでらっしゃった。実はね、妊娠しやすくなる薬なんて、ないのよ。

 治療って、まず相手に信頼されなくてはダメなの。だから肌を美しくするクリームでカサンドラ様の心を捉えて仲良くなったわ。彼女の性格は、私が想像していたとおりだったわね。


 そして、一緒に気分転換の転地療養っていうことで、温泉のある湖畔の町へと出かけたの。治療目的だから、旦那様はもちろんお留守番。で沢山の衛兵の青年たちと一緒に楽しい時間を過ごしたわ。カサンドラ様も、ちょっとマンネリ気味になっていた夫婦生活は窮屈だったのでしょうね、ちょっとはじけちゃったみたい。まあ、これ以上は言わないわ。


 この転地療養の成果で、無事カサンドラ様は妊娠なさったのよ。リッカルドの予想どおり、カサンドラ様はすぐ、妊娠したことをマレーネ様に知らせたわ。

 カサンドラ様は、私のことを内緒にしておくつもりだったのらしいけれど、常に競いあっている姉妹に自慢したい気持ちが抑えられなくなったみたい。手紙を受け取ってすぐマレーネ様が、カサンドラ様のところに飛んできたのですもの。


 「何をしたの? どういう治療をしたの? なぜそんなに肌に艶があるの?」

と必死に問い詰めるマレーネ様の姿を見て、カサンドラ様はさんざんじらして反応を楽しんでから、やっと私を紹介されたというわけ。私が以前、アナスタシア様の侍女だったと打ち明けると、マレーネ様は早速、夫である宰相に、何とか私を屋敷に呼んでほしいと懇願を始めたの。そして宰相はアナスタシア様に私の人物照会をされ、アナスタシア様から頼まれて、リッカルド大使が私の後見人となることを承知したというわけ。


 マレーネ様については、ちょっとお体に問題があるようにお見受けしたわ。ご本人がはっきりおっしゃらないので、リッカルド殿に情報収集をお願いしたら、流産をご経験されていることがわかって、正直、妊娠されるのは難しい身体だと思ったわ。でもマレーネ様はそれを受け入れられるような性格の方ではなさそうだったので、正直なところを宰相に申し上げたの。

 宰相殿は、難しい顔をされていたけれど、でもすぐに正直に申し上げたことで、逆に信用していただけたようだったわ。そして続けてこう申し上げたの。

 「私もここまで伺った責任と自負がございます。差し出がましいことを申し上げることをお許しいただければ、ご子息様のお体を健康にして差し上げることであれば、お手伝いできると存じます。」


 滋養強壮には、それなりの効果のある薬草はあるのよ。それに宰相殿と前妻との息子であるご長男のロバート様の場合、気力減退の兆候もあったので、その原因を探ろうとしたわ。体力はあるはずなのに、気力が伴ってないのよ。究極の原因は、それじゃないかと思ったわ。何か精神的なショックから完全に立ち直っていない感じがしたの。幼いころ、何か悲劇的なことを目撃してしまったとか、衝撃的な事件に巻き込まれたとか。そこでまたリッカルド殿に情報収集を頼んだの。宰相の前妻、ロバート様の母上の身に何かあったのではないかって。ところがね、「すぐに調べよう」っていう返事がきた後、リッカルド殿と連絡がとれなくなってしまったのよ。私、ここではじめて心配になってきたわ。


 ちょうど、そんなときにアナスタシア様にお会いする機会があって、「カサンドラのことでお礼が言いたくて」って、滞在中の宰相の屋敷にまで、わざわざお越しくださったのよ。私は、クリームをご紹介するチャンスと思って待っていたら、実はアナスタシア様のお目当ても、そうだったみたい。アナスタシア様も、カサンドラ様の肌艶を見て、驚かれたようだったのよ。でも、あれこれ化粧品をご紹介しながら、心の中では、リッカルド殿の身が心配だったので、それとなくアナスタシア様に尋ねてみたら、

 「ああ、リッカルド大使は、奥方様の容態が急に悪くなって、一時ヴェネツィアに戻っていらっしゃるそうよ。」

というじゃない。でももしそれが本当なら、彼、まず私に、よい薬はないか問い合わせるはずだと思ったわ。そこで、留守を預かってもらっている女子修道院の院長に、リッカルドの奥方あてに定期的にお届けしている薬草について、何か変化があったかと手紙で確認してみたのよ。そう、母の時代から、私はリッカルド殿の一族の主治医のような存在だったのだから。確かにリッカルド殿の奥様はご病弱で、お子様をお産みできるようなお体ではなかったけれど、何か急変でもあったのなら、定期的に常備薬をお届けしている女子修道院にも連絡が入るはず。ところが、一週間後に届いた返事では、特にいつもとお変わりございません、って。それに、リッカルド殿はお屋敷にお戻りにはなっていらっしゃらないと存じます、ということだったの。


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