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マリアンヌ、かく語りき  作者: 境 時生
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派遣看護師?時代

第3章

  数ヵ月後に、何とか叔母の体調が持ち直して、ほっとしたわ。せっかくヴェネツィアにいるのだからと、母が昔から治療していた女子修道院の付属の診療所で、しばらくの間、私も病人の治療と看護をすることにしたの。それにヴェネツィアは東方の珍しい物産も沢山手に入る恵まれた環境だから、新しい薬やお肌や髪のお手入れの用の商品の開発にも没頭していたわ。その後大人気となったラヴェンダーのクリームも、このときの研究の成果だったと思う。充実した毎日だった。


 そんなある日、突然カルロスから連絡があったの。

『一緒にジェノヴァに来てくれないか?』って。

 何でも宰相からの極秘任務を命じられたそうなんだけど、任務遂行のために、私の専門知識が必要なんだと。ちょっと面白そうだったし、ずっと診療所での治療と、机の前での研究開発から離れて気分転換したくなっちゃって、了承したわ。

 そしたら、カルロスったら、両手を挙げて喜んじゃって。新婚旅行のような浮かれ具合だったから

 「えっと、これはお仕事よね。お互い真剣に取り組みましょうね」って釘を刺したんだけど。


 ジェノヴァ入りした翌日、商品を取り扱った商人から連絡が入って、港の近くの倉庫で、商談を行ったわ。

 荷物の中身も見聞せずに、カルロスったら、いきなり代金を支払おうとするから、慌ててとめて、中身を確認させていただくわって言ったの。商人としては当然でしょ。注文どおりの品物かどうか、確かめなきゃ。そうしたら、急に

「俺を信用できないのか!」って相手が脅かしてきたのよ。何か焦っているようだった。


 だから相手の言うことを意に介せず、薬草や精油を、丁寧に調べたのよ。そしたら、数量も少ないし、品質も悪いものが混じっている。明らかに契約書の内容とは違っていたの。


 カルロスも私の態度に気がついて、相手を威嚇しながら私に

 「何が問題なのか、具体的に教えてくれ! 早く!」

って聞いていたけど、それも無視して、荷を全部調べたわ。明らかに品質が劣化していたものが混じっていた。

 

 「あなた、本当に薬草や香油を扱う商人なのかしら? 私たちが若いからって、騙そうとしているの?」

と言ったら、いきなりカルロスが剣を抜くんだもの。私も吃驚しちゃって、思わず手に持っていたラヴェンダーの瓶を落としちゃったわ。


 カルロスが問い詰めたけれど、結局その商人は、その日の朝、ただ渡すことを頼まれただけで、何も事情は知らないのがわかった。


 カルロスはこの不正取引の首謀者を捕まえようと、必死の探索を始めたから、その間、私は、宿に戻って、部屋にこもり、証拠として持ち帰った品質の良いラヴェンダーと品質が落ちたラヴェンダーをそれぞれ調べていたの。


 三日ほどして、カルロスがしょんぼり宿に戻ってきたわ。手下もいないから、これ以上は無理だ。そろそろ戻ろう。と落ち込んでいるので、

 「あなたは私を守ってくれたじゃない。それだけで宰相殿も感謝されるわ。もちろん私もね。カルロスって頼りになるわ」

って褒めたら、急に押し倒そうとするんだもの。だから咄嗟に手に持っていたラヴェンダーの精油をカルロスにかけちゃった。ちょっと目に入っちゃったみたいで、カルロス、部屋の外にすっ飛んでいったわ。


 ジェノヴァから戻って、宰相殿に報告後、持ち帰った証拠品をいただけることになったので、さっそく品質のよいラヴェンダーの精油を商品開発に役立てたわ。


 ジェノヴァから帰国後も、引き続き診療所での治療と看護、そして研究開発をしていたんだけど、今度はそこへ、リッカルドがやってきて、ある国の領主のもとに行ってくれないかというの。体調を壊してしまった治療と看護目的だというのと、その領主の体調および言動、人間関係について秘密裏に定期報告をすれば、ヴェネツィア政府からのかなりの報酬が確実の上、領主からの個人的な報酬も受けてよい、という条件だったので、お受けしたわ。商売の元手を稼ごうってつもりだったのよ。


 ところがそのフランソワっていう領主に、妙に気に入られちゃって、まあ、いいように利用させていただいたわ。お互いさまだけど。領主夫人とうまくいってないのは、すぐにわかったし。

 でも恋愛沙汰に巻き込まれるのは面倒だったから、ほとんど領主夫人には顔を合わせないように細心の注意をしていたわ。で、フランソワが私の侍女の女性に手を出しはじめたときに、そろそろ潮時だと思って、こちらからリッカルドに連絡したのよ。本来の目的である治療と介護はもうとっくに必要なくなっていたしね。


 それから数年ほどは、また新しい商品開発にいそしんでいたの。そしたらまたまたリッカルドから、『今度は、法王のもとに治療と看護に行ってくれないか』って。私くらいの歳で、これだけいろんな世界を見ている女性もいないものだと思ったわ。

 実はこのとき、リッカルドにクレームしたのよ、今回の『治療と看護』は、余計なご奉仕まで含まれているんですかって。でも今度は、本当に治療だけで、しかもかなり重篤だと。これは私の腕の見せ所と思ったわ。『唖の女に化けてくれ』っていうのも、面倒がなくてかえって好都合と思ったくらいよ。


 ところが、私がヴァティカン入りしてすぐ、ヴェネツィアにいる叔母から、彼女の息子が事業投資に失敗して、かなりの負債をかかえてしまったという手紙が届いたのよ。これには慌てたわ。

 叔母は呆然自失になってしまうし、その息子は債権者から逃げて雲隠れしてしまったし。私がヴェネツィアに戻れないから、リッカルドに何とかしてもらいたかったのに、あの時期の彼、少し様子がおかしかったのよね。私が頼んだことも忘れてしまっていたり、同じ状況報告を何度も求めたり。


 叔母の家のために、何にもしてくれないことに、私もちょっと頭にきていたし、リッカルド以外のヴェネツィアの人間と何とか連絡がとりたかったのよ。

 そこでヴェネツィア出身の枢機卿となんとか親しくなりたくて、彼の交友範囲を探っていたら、そのヴェネツィアの枢機卿が、共和国政府に内緒で、メディチから賄賂を受け取っていたのに気づいちゃったのよね。

 ちょっと強引だったかな、何しろすぐに叔母を助けなきゃって必死だったから「ゆすり」っていう言葉だときついけれど、まあそもそも、ゆすられている当人自身が悪いことしているんですもの。そこに付け込んで

 「あなたのような方が、こんなことをなさっているのですね、共和国政府にバレてもいいのですか。」

みたいな感じかしら。


 言っておきますけど、本国政府には、集めた情報をすべて報告していたのであって、政府には一切嘘はついていなかったのよ。私もまだ若くて怖いもの知らずだったけど、リッカルドという存在があったからね。後でそのリッカルドからも「あのときの君の情報は非常に役立った」と秘かにお礼を言われて、報酬上げてしてもらえたくらいなんだから。


 それにしても、いつもの治療を終えて法王の私室を出たところで、カルロスの姿を見てしまったときは、心臓が止まるかと思ったわ。あの変装、まるでなってないわね。すぐわかったもの。あの日は一日中カルロスがヴァティカン内を走り回っているから、私も逃げ回っていたのだけど、翌日、とうとう捕まってしまって、開口一番、何を言うかと思ったら「なんでフランソワの愛人になんかなったんだ!」って。私、ぽかんとしちゃったわ。


 「そのこととあなたと何の関係があるの?」

 「あれから、君のことを忘れようと必死だったんだ。」

 「私、あなたと将来の約束をしたかしら?」

 他人が聞いたら、痴話げんかだと思ったでしょうね。


 さらにカルロスが

 「アナスタシア殿のところにいたときも、ずっとくだらない連中と付き合っていただろう?」とまで言うので、私もかちんときて

 「私が誰と付き合おうと、あなたには関係ないでしょ!もうご結婚されているわけだし!」

って言い返したら、彼、そのまま何も言えなくなっちゃって。


 相当頭にきていたし、身バレしてしまったから、その足で「叔母のもとに戻ります」とリッカルドに書置きを残して、ヴェネツィアに帰ったわけ。



追記:

 これ、書いておこうかどうか迷ったんだけど。。。

 

 カルロスが今回の不正取引の首謀者捜索に走り回っていたとき、ある男を宿にかくまっていたのよね。まだ二十歳前の船乗りの青年で、どうもあの不正取引の黒幕の使い走りとして使い捨てされようとしたところ、返り討ちをしようとして大怪我したみたい。船乗りっていってたけど、読み書きもできるし、どこぞの貴族様のご落胤かもしれないと思わせるような不思議な品がある青年だったわ。


 はじめは後をつけられて、宿の部屋までやってきて、金を出せなんて脅迫してきたけれど、何で私をつけてきたのか説明の途中でそのまま部屋で貧血で気を失ってしまった。私のせいではないけれど、今回の取引のとばっちりで、怪我をしてしまった彼にちょっと同情して、治療をしてあげたわ。なんとなく、マリアエレナ様のことも思い出してしまって。幸い出血の割に傷は浅くて、傷跡を縫う必要もなかったから、まず身体をきれいな水で清潔にしてあげてから、カルロスのいない三日間、塗り薬と飲み薬で治療してあげた。その間ずっと甘えた子犬のような目でじっと私を見つめているし。

 暖かくて栄養のある食事も作ってたべさせてあげた。どちらかと言えば怪我よりも、食事もせず睡眠もとっていなかったことが倒れてしまった原因だったかもしれない。


 そうしたら、私としたことが、ちょっと情がわいてしまって。ちょっとね。最後に彼と自然にそんな雰囲気になってしまったの。怪我も片腕だけだったし、とても魅力的な青年だった。

お互い心も身体も満ち足りた気分になったことに、ちょっと驚いたけど、彼は「あなたが認めるような、そういう人間に私がなったときは、結婚してくれ」なんて芝居がかったような台詞を言うから、「ずっと待っているわ」と笑って答えたわ。


 カルロスが帰ってこなかったら、もしかしたらあのまま彼と旅を続けたかもね。

船乗りの彼のことはカルロスに黙っていた。彼も自分の雇い主は知らなかったし、何よりそういう関係になってしまったことがバレたら、カルロスに何されるかわからなかったからね。


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