これは通過点に過ぎない
今日はろくでもない一日だった。朝は寝坊して遅刻するし、時間割は曜日を間違えてほとんどの授業を教科書もノートもなしで過ごした。極めつけは、返却された先月の模試が最低点を更新していたことだ。これでは志望校はおろか、2ランク下の学校にだって行けやしない。全く、これからどうすればいいっていうんだ。
帰りの電車はガラ空きだった。いつもなら同級生に借りたマンガでも読むところだが、今日はさすがにそんな気になれない。ふと前の座席に座った薄汚れたおっさんと目が合った。不思議な目だ。どんよりと暗く沈んだ表情の中で、その目だけが力強く、すぐには視線をそらすことができなかった。
「あんた、今いくつだ」
男が話しかけてきた。
よせよ、今はそんな気分じゃないんだ、絡まないでくれ。
聞こえないふりをして無視していると
「高校生か。ふん、今どきの学生はろくに返事もできないのか」
でた。おっさんってのはどうしてこうも説教したがるんだ。勘弁してほしいな、全く。
「俺にも若い頃があった。ずいぶん無茶もした。それで、年を取ると後悔するんだ。ああしておけば、こうしていれば良かったってな。大事なポイントを逃して、人生を失敗したような気になる」
男の言葉にはその目と同じ力強さがあった。決して声は大きくなく、むしろ聞き取りづらい。だが、聞き流すつもりだったのになぜか無視できなかった。
「俺はその失敗を取り戻そうと必死になった。けど、それは間違っていた。いいか、どんな些細なことも重大なことも、一生の中では一つの通過点に過ぎないんだ。覚えておけ」
そう言い残すと、急に立ち上がって隣の車両へとフラフラと歩いていった。
なんだったんだ、あれ。けれど、それまでの憂鬱な気持ちは、まるでおっさんが持って行ったかのようになくなっていた。終着点がどこなのかはまだ分からないけど、確かにこのろくでもない一日も、人生においては単なる通過点に過ぎないのだ。