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2-3

 セレーネは、よく公園に行く。

 ベンチで日向ぼっこをよくするらしい。

 この日は、ヘリオスも一緒だった。

 ヘリオスは別に晴れの日が嫌いなわけではないし、屋外も嫌いではない。

 ただ、セレーネと一緒にいるこんな時間が、自分の中で全く経験のない事だった。

 こんなにものんびりとして、ほのぼのとした平和な時間。

 セレーネと会い始めて、他の女性を寄せ付けないような雰囲気を醸し出すようになったヘリオス。

 自分の言葉も気持ちも、彼女に届いているわけではないと知っているから、なるべく自分が他の女性と会ったりするところを見せたくないのだ。

 この公演は、セレーネが好んでよく来る場所だと言う。

 公園と言っても、芝生の上にベンチが二つという規模の小さな広場と言った方が正しいのかもしれない。

 ベンチに座って、セレーネは、ヘリオスの隣でランチボックスを開く。


「作ったのか?」


「私ではなく、いーちゃんです。外に出かける時は持たせてくれるんですよ。私、お料理がどうしても苦手で、いーちゃんみたいにてきぱきとお料理が出来ないんですよ。でも、私はいーちゃんが作ってくれるお料理、好きです。とっても美味しいですし。母の料理も好きですよ、もちろん」


 そう言って、セレーネはヘリオスにランチボックスを差し出した。

 その中にはサンドウィッチが数種類入っていた。

 ハムサンド、玉子サンド、照り焼きチキン玉子サンド、ポテトサラダサンド、コロッケサンドの五種類だ。


「一緒にいかがですか?」


 優しく、天使のように微笑む(ヘリオスには少なくとも天使のように見えた)セレーネ。

 目の前に差し出されているランチボックスは、あの妹であるイェソドの手作り。

 一瞬、ヘリオスの脳裏に不安がよぎった。

 恐らく、イェソドはヘリオスの事を未だによくは思っていない。

 なら、今日も一緒に出かけるのを見られているのだから、一緒にこのランチボックスに入ったサンドウィッチが食べるのも予想済みだろう。

 もし何か盛られていたら、セレーネを責める事は出来ないし、その前に目の前の彼女に心配をかけてしまうだろう。

 そうなると、彼女の提案を断るしかない。


「食べませんか?」


 セレーネの表情が不安に曇る。

 彼女としては善意なのだろうが、ヘリオスとしては複雑な気分になる。

 しかし、ヘリオスの目の前にいる天使(セレーネ)に悲しんでもらいたくはない。

 そんな表情を見せられては、断る事は出来ず。


「……貰う、一つな」


 食べる選択をした。

 ランチボックスから無難に定番どころの玉子サンドを貰うことにした。

 それを手に取ると、セレーネの表情はすぐに明るくなった。

 ヘリオスが口に運ぶ、咀嚼して飲み込む、感想を言うまでの一連の流れを、ただじっとセレーネは見ていた。

 普通の玉子サンド、ではなかった。

 オムレツ状に焼かれた玉子がレタスとトマト一緒に挟まれていて、玉子サンドなのに、オムレツに細かく切ったソーセージやベーコン、チーズも入っているのだろうか、しっかりとした味がついている。

 しっかりとした味の玉子を中和するようにレタスとトマトが口をさっぱりさせ、自家製だというマヨネーズの酸味がいいアクセントになっている。

 ヘリオスは驚いた。

 イェソドが作ったと言うサンドウィッチの美味しさに、驚いたのだ。

 と同時に、何も盛られていなかった事にほっと胸をなでおろした。


「美味しいですか?」


「ああ、美味い。……こんな美味い玉子サンドは初めて食った」


「よかったです。いーちゃんに言ったら、きっと喜びます」


 セレーネは嬉しそうに微笑んだ。

 彼女がそう言ってから、ランチボックスから手にしたのは、ヘリオスと同じ玉子サンドだった。

 彼女はそれを頬張り、幸せそうな表情を浮かべて言った。


「やっぱりいーちゃんの作る料理は美味しいです。あ、ヘリオスさん、ポテトサラダサンドもお勧めなのですが、照り焼きチキン玉子サンドとコロッケサンドが一番お勧めです。いーちゃんが作る照り焼きチキンとコロッケが凄く美味しいんですよ」


 そう言ってヘリオスは勧められるがままに、照り焼きチキン玉子サンドとコロッケサンドも食べてみることにした。

 確かに、照り焼きチキンも市販のものよりは格段に美味しいし、コロッケも同じだ。

 コロッケは甘めで、ソースは少し辛めの味付け。

 照り焼きチキンはしっかりとした甘辛の味付けで、食欲がさらに湧いてしまいそうだった。

 最初の警戒心はどこへやら、ヘリオスはランチボックスのサンドウィッチを美味しく頂いていた。

 一方のセレーネはヘリオスの食べるスピードも、ランチボックスから消えて行くサンドウィッチも気にせずに、自分が食べているサンドウィッチをマイペースに食べていた。

 セレーネとこうして毎日過ごすのも、もう一ヶ月が経とうとしている。

 最初の頃も警戒心のない彼女で、それは今現在も変わっていない。

 多分、ヘリオスが言った言葉すらも、未だに意味がわかっていないのだろう。

 正直、ヘリオス自身はもどかしかった。

 早く彼女を手に入れたいのに、当の本人はヘリオスに対してどんな気持ちで接しているのか、全くわからない。

 かと言って、それを聞く勇気が、なぜかヘリオスには出なかった。

 単純に、こんなに一人の女性に虜になる事が、今まで一度もなかったからだ。

 穏やかな口調も、柔らかい笑顔も、自分に接する感覚も。

 そして、自分がこんなにも穏やかな気持ちに、安心した気持ちになれるのも。

 後にも先にもセレーネが初めてだった。

 今の自分が幸せだと思えるのが、不思議だ。

 まだ、セレーネを自分のものにしたわけではないのに、そう思える。

 今まで、色んな女性と接してきたのは確かだ。

 その時のヘリオスと言えば、どこかぎらぎらとした雰囲気を醸し出して、いかにも遊び人という感じだった。

 そうなりたくてなっていたわけでは決してない。

 けれど、周囲から見れば、明らかにそうなる。

 ただ、街中でセレーネを見て、公園で初めてしっかりと出会った瞬間、そんな自分はどこかへ行ってしまった。

 今は落ち着いてしまっている。

 ただ、セレーネを自分のモノにしたい、それだけで。

 気づいた事は、自分があまりにも不器用だという事だ。

 確かに、不器用で口もいい方ではないのは自分でもわかっているが、恋愛に関してもこんなに不器用だとは思っていなかった。

 相手がセレーネだからだろうか、とも何度か考えたが、自分が不器用だから、という事もあるのかもしれないと感じていた。


「ヘリオスさん?」


 ふと、セレーネに顔を覗きこまれる。

 その声と彼女の不安そうな表情で現実に引き戻される。


「難しい顔をされて、どうかされましたか?」


 問いかけられる。

 セレーネの事を考えていた、自分の不器用を考えていた、そんな事はっきり言えるはずがなく。


「……なんもねえよ」


「本当ですか?」


「お前が心配するような事じゃねえよ」


 そう言って、じっと見つめられるのも恥ずかしくて、ぷいと顔を背けた。

 その先に見つけたのは、ヘリオスの隣にいつの間にいたのか、猫が一匹、眠っていた。


「っ!」


 びくり、と身体を強張らせた。

 実は、ヘリオスは動物が大の苦手なのだ。

 傍に来られる事もそうだが、触るのはもっと無理。

 別の意味で心拍数が上がり、冷や汗が溢れてくる。

 一瞬にして逃げ出したい、そんな衝動に駆られた。


「どうかしましたか?」


 背後からセレーネに問いかけられる。

 その声にもびくりとしてしまう。


「……な、なんでも、ねえよ」


 動揺を隠すように、けれど隠し切れていない声で、ヘリオスが言った。

 その向こう側を覗きこむように見たセレーネが、言った。


「ヘリオスさん、猫、お嫌いなんですか?」


 すぐにばれた。

 恥ずかしくなって、顔が赤くなるのがわかる。

 それは隠そうとしても隠せない。

 強がってはみたかったがどうも叶わない。

 恥ずかしい、とんでもなく恥ずかしい。

 心の底からそう思った。

 正直、動物にはいい経験が全くもってない。

 幼い頃、猫に手を引っ掻かれ、近所の家の中型犬に手を噛まれ、散歩中の大型犬に追いかけられた経験もある。

 だから、動物に対しては敵対心というか、トラウマが強いのだ。

 けれど、彼女の前で肯定する事が恥ずかしいと思う自分がいる。

 ただ、完全にばれている今、どう隠そうか、それも出来ない。

 空気を読む事を知らない猫――三毛猫らしい――は、ヘリオスの傍から当然去る事はない。

 恐らくここは、この三毛猫の日向ぼっこポジションなのだろう。

 早く去ってほしい、いなくなってほしい。

 心の中でそう思って念じても、三毛猫には届くはずはない。

 正直、身体が硬直状態のまま、三毛猫を見つめる羽目になっているのだから。


「ヘリオスさん、大丈夫ですか?」


「……」


 その問いかけには答えられなかった。

 自分が今、どんな表情をしているのか、想像すらしたくなかった。

 すると、セレーネは言った。


「引っ掻いたり噛みついたり、害はありませんよ」


 フォローでもなんでもなかった。


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