25話【いや、こういう真面目な話もあるんで。一応これ領地経営ものですし。】
俺達はそれからライオード商会が来るまでの数日間、街道整備のクエストに明け暮れた。
「だいぶ片付いてきたな。」
「せやなぁ…、まぁ主に仕事こなしとるんは大将なんやけどな。
う~ん…片づけるそばから魔物も地面掘り返したりそこら辺の木倒したりして来よるから、完璧とまではいかんけど少なくとも前よりはだいぶマシになったんちゃうの?」
俺の横に立ってキースが感慨深そうに腕組みをしている。
「ま、後から荒らされた部分はわざと残してあるってのもあるけどな。」
「まぁ、今にして思えばわざわざ残しとかんでも勝手に荒れていきよるから結局は商隊到着の当日まで作業は必要やろ・・・ってかその後もずっとやな。」
「その内そういうのも、どうにかしないとだなぁ…いつまでも俺が出張って街道整備し続けるわけにもいかんし、商隊到着した後は今みたいに補助金貰う言い訳も立たなくなるし…。」
街道整備の相談をしながらこれから先の事を思案する。
ライオード商会が到着するのはいよいよ明日だ。
「まぁでもこれで一段落だな。」
「というか大将…あんた人使い荒いで…商隊がどの辺まで来てるか確認して来いとか…」
「いやいや俺らの中だとお前が一番の適任だろ。身軽だし偵察慣れしてるし。ってかそれやっとかないと日程ズレて空ぶったら無駄になる。」
そこまで入念に確認させたのも大事な大事な仕込みのためだ。
ライオード商会の到着予定日前後3日程を街道整備のクエストで埋めるなんて事、今の領主府の経済状況では難しい。
今回は俺が受ける側じゃなくて依頼する側だからな。
金使って冒険者を雇う事になる。
しかも、依頼出してみたものの人が集まりませんでした、ではまずいので多少色をつけてある。
何かと痛い出費なのだ。
だから予想される到着予定日をピンポイントに予測し、そこにやってる振りのアピールをぶつける必要があるわけだ。
商隊の旅程が大幅に遅れるような大きな障害が残っていないか最後の街道の点検を終えてその日は帰宅した。
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アイゼンベルク領の領都を出立して、早くも一週間近くが経つ。
道中の村々へ立ち寄りながら商品の販売や仕入れ、補給を済ませ、我々は予定通りアルヴァルト領へと向かっている。
ここからアルヴァルト領との境を越えれば、旅は途端に過酷になる。
かろうじて集落と呼べる程度の家屋の集まりが転々と存在するだけで、街道もまともに整備されているとは言い難い。
その上、魔物の出没も多く、場合によっては通行そのものに苦労することすらある。
普通に考えれば、わざわざこのような僻地まで商売に出向く意味など無いようにも思えるだろう。
だが、この土地にも商売を続けるだけの理由はある。
まず、魔物の数こそ多いものの、その大半は比較的危険度の低い種だ。 もちろん護衛なしで旅をするなど論外だが、低級の冒険者を中心とした護衛でも十分対応出来る範囲に収まることが多い。
そして魔物が多いという事は、同時に冒険者の仕事も多いという事でもある。
討伐を始めとしたクエストには奨励金も出るため、日々の糧を得る事だけを考えるのであれば、駆け出しの冒険者にとって決して悪い土地ではないのだろう。
冒険者が集まれば、当然ながら装備やポーション、食料や酒といった物も必要になる。
元々暮らしている領民達の生活物資も含め、この土地には小さいながらも確実な需要が存在している。
とはいえ、それだけでわざわざ遠方から商人を呼び込めるほど魅力的な市場というわけでもない。
そこで大きいのが、この土地へ出入りする商人に対する税の優遇措置だ。
つい先日までこの土地を治めていたアイゼンベルク伯爵は、行商人達がアルヴァルト領を避けてしまわぬよう、他の地域よりも商売にかかる税を低く設定していた。
そのため、一度この土地の商圏へ深く入り込んでしまえば、規模こそ小さいものの商売そのものの利率は悪くない。
もちろん、我々ライオード商会以外にも個人の行商人が出入りしている。
彼らは我々が常に運ぶほどでもない商品や、一時的に不足している物資などを少量持ち込み、小さな利益を拾って商売をしている。
個人で身軽に動く者だからこそ成り立つ商売なのだろう。
逆に、中途半端に規模の大きい商会にとってはこの土地は非常に扱いづらい。
人員を揃え、馬車を出し、護衛まで雇った上でこの小さな市場へ新たに入り込んだところで、大きな利益は期待出来ない。
その上、主要な商圏には既に我々ライオード商会が入り込んでいる。
大きな利益も望めない土地に、新たに多額の金を投じてまで参入する理由が無いのだ。
一方で我々は事情が違う。
長年この土地へ出入りし、既に取引相手も物流経路も確保している。
危険な土地とはいえ、その危険も長年の経験によってある程度は把握出来ている。
今さらそれらを全て捨て、アルヴァルト領から手を引く理由も無い。
この土地のことを一言で言ってしまえば、どうしようもない僻地だ。
だが様々な優遇措置と、長年かけて築いてきた商圏を考えれば、あっさりと切り捨ててしまうには惜しい土地でもある。
もっとも、そんな採算の取りづらい土地へ長年商隊を送り続けられるのも、ライオード商会という大きな資本があってこそなのだろうが。
今回もいつも通りの過酷な旅になるだろう。
いくら長年の繰り返しで慣れたとは言え毎回キツイことはキツイ。
領境を過ぎてしばらく経つ。
そろそろ気を引き締めねばならない。
街道の大きく抉れた箇所に車輪を取られぬよう、荷車を引く馬を操らねばならない。
ここからもう少し行けば、街道に倒れ込むようにして大きな倒木があったはずだ。
前回の行商の際は私まで参加し、商隊の人間や護衛の冒険者にも手を借りて、どうにか馬車一台が通れる程度まで片付けた。
その後また魔物に荒らされていなければ良いのだが……。
そんな懸念を抱きながら進んでいると、どうにも様子がおかしい…。
記憶ではもう先程言った問題の地点まで来ているはずだ。
だと言うのに、街道にはみ出した倒木どころか痕跡すら無くなっていた。
長年通い慣れた一本道の街道で迷うことなどありえない。
そうなると、流石に片付けたのかとは思うが街道の問題に対し、こんなに早く対応する様な領地だっただろうか?
とも思うがそこまで考えてようやっと重大な事実に気付かされる。
思い返してみれば、領境から暫くしてからはこれといった通行の難所に出くわしていない。
馬車走行を妨げる深く抉れた地面の凹みも無ければ街道にはみ出した倒木も、時折転がっていた記憶のある大きめな岩も今回の旅程では見た覚えがなかった。
領境からアルンへの道では必ず5〜6ヶ所、いや、多い時には10箇所近く交通の難所が発生し、私達の旅の予定を狂わせるのだ。
それがどうだ、こんなに予定通りに進んだ事がかつてあっただろうか?
何かがおかしい…、何が起こっている…?
…………………新しい領主。
先日この地を治める領主が変わったと聞いた。
情報としてはまだそれだけだ。
どんな人物かすら分からないが、この状況を見れば自ずと、そこと繋がる。
ただ、問題はこのやる気がいったいいつまで続くかだろう…。
一時的に街道の整備をしたところで結局はイタチごっこだ。
問題はこの状態を維持出来るかということ。
ルーターボアは木の根や地中の虫を漁る際、邪魔な木まで力任せに押し倒す。
そして、それによって出来た倒木や朽木の周囲には虫や小動物も集まりやすいため、同じ場所を繰り返し荒らすことも珍しくない。
最初は就任直後という事で張り切っているのかもしれないがこれが一生続くとわかれば領主が身銭を切って整備し続けるなど土台無理な話になるだろう。
とは言え、ここの新任領主にやる気があることは実に結構なことだ。
出来ればこのまま我々ライオード商会の利益に繋がるような領地改革にでも着手してくれれば…というのは欲張り過ぎなのだろうな。
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そして、そのまま数時間馬車を走らせアルンまでもう一息という辺りで土木作業に精を出している冒険者達と出くわす。
やはり今回の領主は街道の整備に力を入れているらしい。
数ある問題の中で、よりにもよって真っ先に街道の整備へ手を付けるとは……。
少なくとも今までの領主はそうではなかった。
このアルンという、特殊な立地と経済事情を抱えた土地では、物流こそが何よりの生命線だ。
ここが死ねば、あっという間にこの領地は成り立たなくなってしまうだろう。
本来はその部分は最優先で守らなければならなかったはずなのだが…。
これまでこの土地を治めてきた者達を悪く言うつもりはない。
だが、商人である私から偉そうな事を言わせてもらえば、経済のイロハを理解していなかったと評価せざるを得ない。
我々が行商を生業とする者だから嬉しいと言うのを差し引いても、新任の領主はもしかしたら切れ者なのかもしれない。
そんな事を考えつつも作業に精を出す冒険者たちに目を向ける。
すると、一際目を引く髪色の青年がこちらを見ていた。
容姿としては目立たないが、この辺りでは見かける事のない真っ黒な髪の色が私の目を引いた。
するとその青年もこちらに目を向けたようで目が合う。
青年はこちらを睨む訳でもなく、かと言って愛想を振りまくような笑顔も見せず、ひたすらにこちらを観察するような視線を送ってきた。
少しの間私達二人は目が合っていたがやがて青年の方から軽く会釈をすると、何事も無かったかのように作業に戻って行った。
その姿を見送った私も特にそれ以上何かを思うこともなくあと僅かとなったアルンへの道程に気持ちを引き締め手綱を握るのだった。




